国際・政治東奔政走

政治家はなぜ普通の人の感覚を理解できないのか=平田崇浩(毎日新聞世論調査室長兼論説委員)

    民意をくみ取れず対応が後手に回った(大阪市北区で4月17日)
    民意をくみ取れず対応が後手に回った(大阪市北区で4月17日)

     政治と民意の乖離(かいり)があらわになっている。新型コロナウイルスの感染拡大という国家的危機に直面した今こそ、この国の民主主義が試される。政治が民意を受け止められないなら、自分たちの声を政治に伝えるすべを持たないサイレントマジョリティーの意見を正確にくみ取り、政治に突きつけるのがメディアの役割だと考える。

     私ごとで恐縮だが、この4月、毎日新聞世論調査室長に3年半ぶりに再任された。埼玉大学の松本正生教授(政治意識論)と新たな世論調査会社「社会調査研究センター」を設立するためだ。

     新会社が最初の調査を実施したのは4月8日。安倍晋三首相が東京など7都府県を対象に緊急事態宣言を発令した翌日だった。

     宣言の発令自体は「評価する」(72%)ものの、「遅すぎる」(70%)。対象地域は「もっと広げるべきだ」(58%)。所得の減った一部の低所得世帯に30万円を給付する政府方針が「妥当だ」と答えた人は22%にとどまった。

     無作為抽出した携帯・固定電話の番号に自動音声応答(オートコール)システムで世論調査への協力を依頼し、携帯の場合はショートメールで回答画面へのリンクを送る新方式の調査である。

     多数のオペレーターを動員しなければならない従来の電話調査より迅速に調査でき、スマートフォンを操る40代以下から偏りなく回答を得られるのが強みだ。携帯回答者に「今、一番困っていること」を自由に書いてもらったところ、「マスク」「仕事」「感染」「子ども」「収入」「生活」などの不安を訴える声があふれた。

    政権中枢に響かぬ「声」

     安倍政権はその後、緊急事態宣言の対象地域を全国に広げ、給付金も全国民一律10万円とした。

     自民党の岸田文雄政調会長は当初、一律10万円を主張したかに見えたが、首相に反対され、一部世帯30万円で与党をまとめ、最後にはしごをはずされた。岸田氏が一律10万円を押し通すことができていたらどうだったか。

     振り返れば外相時代、広島選出の政治家として核兵器禁止条約への参加を強く主張できなかったのが岸田氏だ。首相候補と言われながら、指導力を発揮する2回のチャンスを逃した傷は深い。

     最長政権を築いた安倍首相も民意とのズレに苦しんでいる。外出自粛で生活難にもがく国民に向けて、自身が自宅のソファで優雅にくつろぐ動画を配信した。周りの誰も止められなかったのか。

     政府が国民に外出自粛を求めてきたのは、新型コロナの感染を遅らせて、医療体制などを整える時間を稼ぐためだったはずだ。しかし、民生用マスクが足りないだけでなく、医療従事者のマスクや防護具まで不足。感染者の急増に受け入れ態勢が追いつかず、医療崩壊の危機が叫ばれている。

     2カ月以上の時間を空費したと言わざるを得ない失政だ。そんな政府から、たかが2枚のみすぼらしい布マスクをもらって喜ぶ国民ではないだろう。ところが首相は「アベノマスク」と揶揄(やゆ)されても、不良品の回収に追い込まれても、かたくなに撤回を拒んでいる。

    対コロナでも続く分断

     記者会見で、布マスクや動画への批判について質問した朝日新聞の記者に対し「御社のネットでも布マスク、3300円で販売しておられた」と反論する首相を見て、再認識したことがある。

     国民を敵と味方に分断し、敵をたたくことによって味方の支持を固める政治手法だ。自分を批判する朝日新聞は敵であり、ことあるごとに「悪夢の民主党」たたきを繰り返してきたのもそうだ。

     しかし、新型コロナ対策においては敵も味方もない。すべての国民の生命・生活を守るのが政治本来の務めだ。首相が批判した2枚3300円の布マスクは、大阪府泉大津市の繊維メーカーが技術の粋を集めた、150回洗濯できる地場産品だった。地方の現場でマスク不足と闘う民間の努力を、地方創生を掲げてきた首相が「敵」側に追いやったことになる。

     対する野党も心もとない。毎日新聞などの世論調査で立憲民主党の政党支持率が低落し、日本維新の会に抜かれるケースも出てきた。それを指摘された福山哲郎幹事長が「議員の不祥事が原因」と断定したのには驚いた。

     高井崇志衆院議員が緊急事態宣言の発令2日後、東京都内の性風俗店に行き、それが発覚して離党したのは極めてお粗末な不祥事だ。支持率低下の要因をそれのみで語るのは、立憲民主党の置かれた厳しい現状を見誤っているように思う。新型コロナ対策の2カ月に及ぶ空費を許した野党第1党への失望と考えるべきだ。

     国家的危機において与党も野党もない。立憲民主党もそう言い、新型インフルエンザ等対策特別措置法の適用を早くから唱え、一律10万円の給付も主張してきた。しかし、国民民主党などと結束して政府に具体策の実行を迫り、危機回避に全力を尽くしてきたか。

     政権側が危機に乗じ、桜を見る会の問題や検察人事への政治介入をうやむやにしようとするのを見逃せと言っているのではない。

     民意と向き合うことのできない与野党相乗りの泥舟とともに日本の民主政治は沈みゆくのか。

     世論調査の存在価値が問われる新型コロナ危機である。

    (本誌初出「民意との「ズレ」があらわに 新型コロナで試される民主政治=平田崇浩」)

    (平田崇浩・毎日新聞世論調査室長兼論説委員)

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