国際・政治東奔政走

「菅」「今井」「麻生」「二階」そして「公明党」まで……安倍政権が「コロナ対策そっちのけ」で権力闘争に明け暮れる理由=伊藤智永(毎日新聞編集委員・論説委員)

    安倍晋三首相の表情に浮かんだ疲労の色は無力感からか(首相官邸で4月7日)(Bloomberg)
    安倍晋三首相の表情に浮かんだ疲労の色は無力感からか(首相官邸で4月7日)(Bloomberg)

     政権の混迷は見た目以上に重症だ。コロナ危機が進むにつれ、官邸、内閣、与党のいずれにも安倍晋三首相のコントロールが利かなくなりつつある。何を判断するにも、常に自らの「名誉ある辞め時」がちらつく。その迷いを見透かされているからだ。

    「混乱を招いてしまったことについては私自身の責任であり、国民に心からおわびを申し上げたい」。新型コロナウイルス感染症対策の給付金を、1世帯当たり30万円から国民1人当たり10万円に急きょ変更すると表明した4月17日の記者会見。陳謝した安倍晋三首相の顔は疲労の色が濃かった。当然だろう。10日前に閣議決定したばかりの今年度補正予算案を組み替えなければならない政治的失態は、その責任者が他の閣僚だったなら本来、更迭に値する。だが、安倍首相が覚えた疲れは、責任の重圧感より、政権内の亀裂が手に負えなくなっているという無力感の方が大きいだろう。

     給付金の唐突な方針転換は、公明党の山口那津男代表から予想外の突き上げを受けてのまされた。「支持率も下がっている。国民の信頼がないと乗り切れない。これは要望や申し入れではない。政治決断をお願いしたい」。言葉にこそ出さないまでも、対応次第では「倒閣」も辞さないかのような強硬姿勢にたじろぎ、屈した。

     安倍首相は元々、公明党が苦手だ。多分頭の片隅に、結局はどこまでも自民党に付いてくる「下駄の雪」という侮りがある。いつも冷静沈着、論理明晰(めいせき)な山口氏はとりわけ苦手だ。そのため、自分は気の合う一部公明党議員との個人的な付き合いでお茶を濁し、連立与党としての調整は、菅義偉官房長官と二階俊博自民党幹事長に丸投げしてきた。しかし、パイプは働かなくなっていた。「ポスト安倍」を巡る思惑のずれが、政権運営をつまずかせるほどの亀裂を生じさせているからだ。

    菅氏と首相側近の暗闘

     昨年、「令和おじさん」ブームで「ポスト安倍」候補に浮上した菅氏を、首相側近たちは深刻に警戒し、政権寄りのメディアも使った「菅包囲網」で激しく攻め立てた。首相本人の真意はどうあれ、側近たちと菅氏の官邸内の対立は外から見える以上に険しい。コロナ危機対応で、今井尚哉首相秘書官を中心とする「官邸官僚」が、経済産業省に企画を練らせて霞が関全体に指示を出す体制はさらに露骨になり、菅氏は多くの意思決定から外された。

     側近たちは来年9月の自民党総裁任期切れをにらみ、あわよくば「総裁4選」か「任期延長」に期待したが、長年の政権担当に疲れた安倍首相は「今の任期限り」の意思が固い。次善の策として「東京五輪後勇退=岸田文雄自民党政調会長に政権禅譲」のレール敷設に期待をかけた。もちろん、岸田政権でも自分たちの既得権を継続させたい底意がある。

     全国民に10万円の給付案は、野党が言い出し、与党にも同調論はあったのに、麻生太郎副総理兼財務相が「リーマン・ショックで現金を配ったけど役に立たなかった」と麻生政権時の失敗を持ち出して反対し、収入の減った世帯に限る代わり20万円にする案を、30万円に引き上げて決着させた。官邸が30万円を持ち出したのは岸田氏であるように演出したのも、「岸田禅譲」に弾みを付けたい魂胆だったが、いかにもあざとく、「安倍4選」を広言してきた二階氏は当然おもしろくない。30万円への悪評判を察した二階氏が「一律10万円」をぶつけ、公明党が首相を突き上げる呼び水をまいたのも、元はといえば首相側近たちの下手な小細工が原因だった。

     こうした迷走のいきさつで、麻生氏が何度も首相の足を引っ張っているのも見逃せない。リーマンとコロナでは危機の意味も展開も違うのに、「俺の時はだめだった」と拙い経験則を持ち出す姿は、「安倍首相が感染したら、この人が首相代理か」と国民心理を暗くさせるが、麻生氏周辺には「いざとなれば本人はやる気満々」とのささやき声がさんざめく。閣内の宿敵だった菅氏が落ち目になるのを見て、じっとしていられないのかもしれない。長期政権を支える「屋台骨」と言われてきた面々が、一様に「心ここにあらず」では危機対応もヘチマもない。「国難の今、ポスト安倍とか政局とか言っている時ではない」という非難は正論だが、その最中も「コロナ後の自分はどうなる」との打算抜きには判断も決断も行動もしないのは、政治の業と言うべきか。

     思えばコロナ政局の転機は、五輪延期の決定だった。

    壊れ始めた禅譲計画

     中止が回避された時、森喜朗大会組織委員会会長は周囲に「これで4選になるぞ」とささやいた。安倍首相が国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長と電話会談に臨む前、森氏は首相に「2年程度延ばしては」と促したが、首相は「1年」と明言。総裁任期を念頭に「五輪後勇退→岸田禅譲」にこだわったのだ。もし来年も開けないとなれば、そう決まった時点で任期前の退陣に追い込まれる可能性もある。森氏は「賭けに出たな」と見た。だが、給付金政策の混乱で、官邸の「ピエロ」となった岸田氏は信望を失い、禅譲計画は壊れ始めた。安倍首相は「名誉ある辞め時」を失いつつある。

    (本誌〈深まる政権内の亀裂 消えゆく「名誉ある辞め時」〉)

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