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「上級国民」たちがコロナ対策そっちのけで「東京オリンピック」にこだわっていたワケ(後編):新国立競技場の「利権話」に「萩生田文科相」が果たした役割=後藤逸郎
(「前編」より続く)
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「新国立競技場」はマンション建て替え費用を「都に出させるため」の計画?!
森元首相以外にも、新国立競技場と神宮外苑の再開発に関与した政治家の応接録が存在する。
森元首相に連なる文教族で、安倍晋三首相の側近である萩生田光一文科相だ。
当時浪人中だった萩生田が2012(平成24)年2月28日、安井技監に示した「国立霞ヶ丘競技場周辺整備イメージ図」だ。
A4カラー1枚には、岸記念体育会館の文言はない。だが、同体育会館の神宮外苑建設のためには欠かせない霞ヶ丘アパートと外苑ハウスの移転を前提とした施設整備がすでに記されている。
このイメージ図は都が作成したものではなく、萩生田が安井技監に渡したものだ。イメージ図の右上には「萩生田氏より」と手書きで書き込まれている。
建築設計会社の日建設計が作ったものとして萩生田は安井技監に説明したが、日建はイメージ図の作成を否定している。
森元首相が岸記念体育会館の神宮外苑移転を促す発言をした半年近く前に、イメージ図が存在することは、一帯の再開発が周到に計画されてきたことを補強する。
とはいえ、そのために、都営アパートと民間マンションを移転するというのは無理筋に思える。
だが、この無理筋こそ、東京オリンピック開催を起爆剤に新国立競技場建設を可能にさせたメカニズムだ。
関係者から入手した外苑ハウス管理組合の内部文書には、無理筋をつなぐ政治家への働きかけが記されている。
2012(平成24)年2月15日の定例理事会は、理事8人のほか、前節で名前の挙がった日建設計など2つの建築設計会社幹部が出席して開かれたとある。
建て替えの状況が報告され、「持てる300%の容積率を使うためには近隣地権者との共同開発を考えざるを得ない。そして、最も有力な近隣地権者は霞ヶ丘都営住宅、つまり東京都であり、共同開発の許認可権も東京都が握っています。しかもその東京都がオリンピックの招致、ラグビー世界選手権開催を通じて外苑地区の環境整備に乗り出しているのです。キーワードはまさに東京都なのです」との説明が記されている。
そして、2011(平成23)年3月、7月、9月、11月に行なった都など関係方面とのやりとりが記されている。
3月段階で、都の外郭団体である公益財団法人東京都防災・建築まちづくりセンターからUR都市機構に対し、外苑ハウスを巻き込んだ大規模開発の可能性を非公式に打診したが、外苑ハウス自体は「理事会内部での意見の不統一から、むしろ引いた状態」だった。7月以降は、「都に対する積極的なアプローチを始めたのですが、今度は東京都の方の熱が冷めていました」と、建て替え計画は暗礁に乗り上げていた。
しかし、「ここで事態は起死回生とも言える奇蹟的な展開となりました。新しく選任された新理事の一人が『知人が前衆院議員で石原知事と太いパイプがあるから、知事と直接会ってお願いしましょう。』と言い出したのです」と、驚くべき記述がある。さらに、「この前衆院議員は文科省政務官時代に2016年オリンピック招致のための環境整備に関わった方で、霞ヶ丘の国立競技場周辺の整備計画にも明るい方でした」と続く。
当時、この条件を満たしたのは、都議から衆院議員に転身し、落選して浪人中の萩生田だ。萩生田が都の安井技監に神宮外苑再開発イメージ図を示したのは、外苑ハウス理事会で名前が挙がった約半年後にあたる。
内部文書は行間に踊るような喜びを込めて続く。「この方が『石原知事に会いたければ何時でもセットアップするが、国立競技場の周辺整備に関連して外苑ハウスの再生をという話なら、東京都都市整備局のトップと会った方がより実務的でベターなのではないか?』と言って実務者レベルの会談をセットして下さったのです」
こうして9月、11月には「都市整備局トップ」と会い、建て替えに向けての助言を受け、管理組合のための「コンサル候補企業のリストを渡されました」としている。「今にして思えば外苑ハウスは、タイムアウトになる直前に(略)無下にノーと言い難いチャンネルを通して東京都にアプローチしたことになります」と自己分析している。
管理組合の内部文書を裏打ちするのが、前述の都の内部文書「岸記念体育会館に係る今後の方向性について(V2・V4レクメモ)」だ。副知事が「外苑ハウスの地権者は動いても良いと言っているのか?」と問い、安井技監が「そのように言っている」と回答している。
外苑ハウスはその後、「THE COURT 神宮外苑」として2020(令和2)年春の完成予定だ。ウェブで「新国立競技場の目の前、世界が注目する再開発エリア唯一のレジデンス」と謳う。地上23階建て、総戸数は409戸(販売戸数183戸、外苑ハウス住民ら事業協力者は226戸)あり、外苑ハウスから容積率は大きく増えた。
外苑ハウスマンション建替組合は「取材はお受けできません」としている。
「東京オリンピック」は「上級国民が下級国民を食う仕組み」なのか?
森元首相と萩生田文科相の応接メモ、副知事への説明記録は、神宮外苑再開発に政治家が関与し、都が入念に調整したことを示している。
2012(平成24)年5月15日付けの「神宮外苑地区の再整備に係る報告について」と題した別の応接メモは、その証拠のひとつだ。面談時間は午後5時から20分間。先に述べた森元首相との面談後にあたる。
安井技監は、都市づくり政策部長を伴い、「都議会のドン」と呼ばれた内田茂都議(当時)に面会した。
資料を基に説明を受けた内田は「了解」と応じたうえで、この件を説明する自民党都議を2名に限定することや、地元都議への説明は時期を待つこと、その際に自分に相談することなど、事細かな指示を出している実態が記されていた。
行政が都市開発を行う時、必ず政治家が動き、得をする利害関係者が現れる。それらすべてを今回はオリンピックの大義が覆い隠した──というのが、神宮外苑再開発を巡る実態だ。それをよしとしない意見は、都に届けられていた。
都が2016(平成28)年5月12日に決裁した内部文書「東京都市計画地区計画の変更に係る原案に対する意見書について」によると、外苑ハウスの建替に伴い不適切な政治家の働きかけがあるとする外苑ハウス居住者からの意見書が提出された。
添付資料には、萩生田の政治資金収支報告書と、萩生田が外苑ハウス建て替えに紹介した不動産業者が、萩生田の選挙区内の業者であり、個人献金をしているという事実が記載されていた。
萩生田事務所は応接メモの内容を認めた上で、「意見交換の1種だった」と答えた。
また、外苑ハウスに関しては、支援者からの依頼を受けて外苑ハウスの相談に乗り、都側と折衝した事実を認めたうえで、「当時は落選中で何の職務権限もなく、都に働きかけをしていない。相談後、外苑ハウス側からお礼もされていません」と話した。
森元首相は、神宮外苑再開発を巡る自身の行動について、組織委員会を通じ、「国立競技場の整備に関する事業は、東京2020組織委員会会長としてお答えする立場にはございませんので、回答は差し控えさせていただきます」と、事実確認を拒否した。
(文春新書『オリンピック・マネー』より抜粋)
■後藤逸郎(ごとう・いつろう)
ジャーナリスト。1965 年、富山県生まれ。金沢大学法学部卒業後、1990 年、毎日新聞社入社。姫路支局、和歌山支局、大阪本社経済部、東京本社経済部、大阪本社経済部次長、週刊エコノミスト編集次長、特別報道グループ編集委員などを経て、地方部エリア編集委員を最後に退職。