経済・企業新型コロナ総点検

「アビガン」などコロナ治療薬とワクチンは本当に効果があるのか=野村広之進/都築伸弥

抗インフルエンザ薬「アビガン」は有効性が示唆されている (Bloomberg)
抗インフルエンザ薬「アビガン」は有効性が示唆されている (Bloomberg)

 新型コロナウイルスの治療と予防方法の開発が急務となっている。ウイルスに感染後は治療薬が使われるのに対して、感染や重症化を予防するために使われるのがワクチンだ。治療薬はさらに、既存の治療薬(抗インフルエンザ薬など)を新型コロナに使用するドラッグリポジショニングと呼ばれる方法と、全く新しい薬を開発する二つの方法がある。しかし、後者は時間がかかるため、現在報道されている治療薬はほぼ全て前者になる。前者のアプローチであれば、年内に正式承認され流通することも可能と考えられるが、元々、新型コロナに対して開発された薬ではないため、実際にどの程度の効果が見られるかが焦点になる。

 一方、ワクチンは基本的に新しい開発が必要になり、現在、最も進んでいるものでもフェーズ1試験(人に投与する最初の試験)が開始されたばかりだ。臨床試験はフェーズ1〜3の3段階からなり、少人数の健康な人に投与するフェーズ1、中規模のフェーズ2、そして大規模試験のフェーズ3に進む。このような緊急時でも最低2回の臨床試験を求められる可能性が高く、実際に国民全体に行き渡るまで2年は必要となるだろう。

治療薬は二つが有望

(注)Pはフェーズの略。開発状況は一部みずほ証券の予想(4月20日時点)を含む (出所)みずほ証券エクイティ調査部作成
(注)Pはフェーズの略。開発状況は一部みずほ証券の予想(4月20日時点)を含む (出所)みずほ証券エクイティ調査部作成

 治療薬で当初期待されていたのはアビガン、レムデシビル、カレトラ、ヒドロキシクロロキンの四つだった(表1)。しかしカレトラは有効性が示せず、ヒドロキシクロロキンも効果に対し副作用が大きかったため、現時点で残るのはアビガンとレムデシビルになる。

 アビガンは、過去の動物実験で胎児に対して奇形性を与える危険がみられたために通常は使用しないが、新型インフルエンザなどが流行した際、現行の薬が効かなかった場合に備えて備蓄されていた薬だ。現在は新型コロナの治療薬として適応追加のため、日本国内でフェーズ3試験、米国でフェーズ2試験が進行中で、共に6月末に終了予定。既に国内で多くの重症患者に臨床研究として投与されており、有効性が示唆されている。国内のフェーズ3試験で有効性が示されれば年内の正式承認が見込まれる。

 レムデシビルは、元々、エボラ出血熱を対象としたフェーズ3試験で既存薬との有意差を示せず、臨床試験が中断されていた。現在は新型コロナへの国際共同フェーズ3試験を開始しており、年内の試験終了を予定している。日本国内の3カ所の病院もこの試験に参加している。途中の結果が良好なら米国での承認が可能とみられ、日本でも特例承認により5月にも承認される可能性がある。他にも、膵(すい)炎を対象として使用されているカモスタット、ナファモスタットの日本での臨床研究が予定されている。

 ワクチンは、病気の感染を事実上防げるものと、重症化を予防するものの二つに分けることができる。例えば、麻疹(はしか)はワクチンを接種すれば、基本的に生涯ずっと麻疹にかからないが、インフルエンザなどはワクチンを接種していても重症化が防止されるだけでインフルエンザにかからないわけではない。

ワクチンは「重症化予防」

 新型コロナのワクチンは、感染は予防できず重症化を予防する後者のタイプとなる可能性が高い。通常のワクチンは体の中にウイルスに対する抗体ができ、ウイルスの体内への侵入や体内での増殖を防ぐ。しかし新型コロナウイルスは喉や肺の粘膜上皮といった空気に触れる体外の細胞で増えるという特徴がある。つまり抗体が体内にあってもウイルスは体外に多く存在する状態になる。このためワクチンの役割としては、体外で増えたウイルスのうち一部体内に侵入してきたウイルスを撃退することにより重症化を防ぐ、という効果にとどまる。

 さらに懸念されるのは、ウイルスの変異である。大きく変異した場合、それに対応する新しいワクチンを開発し再接種しなければならない可能性が高い。インフルエンザで毎年接種する種類が異なるのはこの変異のためだ。新型コロナウイルスの場合、現状で変異のスピードはインフルエンザ以上ではないが、これだけ多くの人が感染し、治療薬のための臨床試験も進んでいることを考えれば、変異株が今後出現する可能性は高いだろう。

(注)Pはフェーズの略。開発状況は一部みずほ証券の予想(4月20日時点)を含む (出所)みずほ証券エクイティ調査部作成
(注)Pはフェーズの略。開発状況は一部みずほ証券の予想(4月20日時点)を含む (出所)みずほ証券エクイティ調査部作成

 報道や政治家の発言を見ると、ワクチンがすぐにできるかのように表現されることもあるが、実際の難易度は高い。現在、新型コロナに対して80本近くのワクチン候補が開発中だが、人間に投与するフェーズ1試験が開始されたものは僅か5本にとどまり、それ以外のワクチンは動物試験かそれ以前の段階にある(表2)。これまで開発から認可までが最短であったおたふくかぜのワクチンでも約4年かかっている。今回も非常時とはいえ2年程度の時間をみる必要がある。

 ワクチンは治療薬と違って健康な人に大規模に接種するため安全性の確保が極めて重要になるが、SARSのワクチン開発時には動物試験で抗体依存性感度増強(ADE)と呼ばれる現象がみられており、細心の注意が必要だ。ADEが起こるとワクチンを打った患者の方が、打っていない患者より重症化するという、最悪な状態を招く。ウイルスでは他にもデング熱や猫コロナウイルスでADEが確認されている。

 また、臨床試験の過程で多くの薬剤が投与されると、薬剤への耐性を持つ新たな変異株の出現確率が高まることも懸念され、ワクチン開発をより難しくする可能性がある。ワクチン開発はスピードと同時に、慎重に慎重を重ねる必要がある。

(本誌初出「治療と予防 治療薬は年内承認へ ワクチン完成は2年後=野村広之進/都築伸弥」)

(野村広之進・都築伸弥)

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