なぜコロナでも株価が上がるのか 米国経済指標を読みとく=種市房子
米国では新型コロナウイルス感染拡大により3月13日、国家非常事態宣言が出された。各地で外出が制限され、生産活動もサービスも消費もストップした。
コロナ禍が米経済に与えた衝撃の大きさを強烈に印象づけたのが、4月29日に発表された米国の2020年1~3月期国内総生産(GDP)である。実質GDP成長率は前期比年率換算でマイナス4・8%の大幅減少となった。
米経済のマイナス成長は、14年1~3月期(マイナス1・1%)以来だが、今回のような大幅な下落率となると、リーマン・ショック時の08年10~12月(マイナス8・4%)以来である(図1)。
リーマン・ショックは信用不安の連鎖が金融システム全体に波及した「システミック・リスク」だったのに対し、コロナ禍はパンデミック(疫病の大流行)と、性質はまるで異なる。パンデミックによる大規模な社会の混乱は、1910年代末から流行したスペイン風邪(インフルエンザ)までさかのぼる。つまり、コロナ禍は、この100年で人類が体験したことのない未曽有の経済危機だ。
環境が激変する中、企業活動のかじ取りや投資判断を行うには、現状の把握と将来の見通しを立てることが、平時以上に重要となる。それには、冷え込んだ「経済の体温」を計る物差しとなる、さまざまな「指標」が役に立つ。この特集では、世界経済に大きな影響を与える米国の経済指標の動きから、コロナ後の動向を占う。
7~9月以降に回復
GDPは最も重要な指標の一つだ。一国の経済規模を把握するのに使われる。「成長率」は、GDPが前期比でどれだけ変化したかを示す。GDPは景気に遅れて動く遅行指数で、事後的な確認に用いられる。コロナ禍の影響分析には必須の指標である。
目を引くのが、設備投資の不振だ。1~3月期は年率マイナス8・6%だったが、実は19年4~6月期から4四半期連続のマイナス成長だ。米中貿易摩擦に加えて、原油安によりシェール関連の設備投資が既に失速していたところに、コロナ禍による生産活動停止が追い打ちをかけた。
逆に、改善した方で大きく目を引くのが年率プラス21%の住宅投資。ただし、住宅投資がGDP全体に占めるのは5%以下である上に、足元の新規住宅着工は急失速している。
マイナスの寄与度が大きかったのが、GDPの7割近くを占める個人消費だ。1~3月は年率マイナス7・6%だった。08~09年の金融危機時の最低値でもマイナス3・7%(08年10~12月)で、原油危機時の1980年4~6月(マイナス8・7%)以来の落ち込み幅だった。ここにも経済活動を人為的に突然停止したコロナショックの特殊性が見て取れる。また、物よりサービスの落ち込みが激しい。生活必需品は確保しながらも、余暇や趣味に振り向ける支出が少なかったことが分かる。
さらに、4~6月は悪化するとの推計も相次いで出ている。米議会予算局は、4~6月の成長率をマイナス38%と予測しており、市場関係者はおおむねマイナス40%程度を想定しているようだ。
ただ、5月から各州で経済活動が再開されており、4~6月を底に7~9月以降はプラス成長に転じるとの見方が大勢だ。
第一生命経済研究所の桂畑誠治主任エコノミストは「米GDPは設備投資と個人消費が多くを占めるが、今後も企業が手元資金を確保するために設備投資は抑制される。一方で、経済活動が再開されて、蒸発していた個人消費が戻る。個人消費の成長がけん引する形で7~9月以降に成長率が回復していくのでは」と予測する。
今後の米経済の成長エンジンとして頼らざるを得ない個人消費だが、その動向を示す指標が5月26日に発表された。米民間調査機関コンファレンスボードが発表する消費者信頼感指数だ。
事業環境、雇用、収入などについて尋ねるアンケートで、おおむね3000世帯から回答を得る。1985年を100として指数化する。市場では、個人消費の先行指標として重要視される。
5月分は前月比0・9ポイント増の86・6だった。同指数は、16年8月以降、3年以上100を超えるレベルで推移していたが、4月に85・7に急落。5月の速報値は絶対値こそ低いが、前月より改善し、底打ち感を印象づけた。
先行指標は改善
同指数は5月に73・7と、4月の71・8から改善したが、依然として、石油危機の起きた1980年当時の低いレベルだ。しかし、コンファレンスボード指数同様、改善したことが重要なのだ。
経済指標には、人の心理状況を指数化する「ソフトデータ」と、事実を数値化する「ハードデータ」がある。個人消費で言えば、ソフトデータに当たるのがコンファレンスボードやミシガン大学の消費者関連の指数だ。
一方、ハードデータに当たるのは全米小売売上高だ。
5月27日までに公表されたソフトデータは既に改善している。これに対して、4月の全米小売売上高(5月15日発表)は前月比マイナス16・4%と、統計開始(1992年)以来の大幅なマイナス幅を記録した。
ニッセイ基礎研究所の窪谷浩主任研究員は、「ソフトデータはハードデータに先んじて好転するケースが多い。コンファレンスボードやミシガン大学の指数が、わずかながらも好転したことは、全米小売売上高も今後、改善に向かうことを示唆している」と分析。経済活動再開が加速する6月以降に、今まで買うに買えなかった衣料品の購入や、飲食店での消費リバウンドを見込む。ただし「リバウンド幅は、コロナ前レべルの消費活動に戻るほどにはならないだろう」とも指摘する。
ダウは2万5000ドル
コンファレンスボード消費者信頼感指数などは、米株の動きに半年ほど先行する性質があると言われる。5月の米株価は、消費者マインドの経済指標改善も反映している可能性がある。
ダウ工業株30種平均は本稿執筆時点の5月26日、取引時間中に一時2万5176ドルを付けた。3月23日に付けた1万8591ドルで底を打ち、約2カ月半ぶりに2万5000ドル台に乗せた。
三井住友DSアセットマネジメントの市川雅浩シニアストラテジストは「株価はこれまでGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)に支えられてきていた。5月下旬に入り、経済活動再開や財政支出により、ボーイング、キャタピラー、アメリカン・エキスプレスなどにも買いが入ってきた」と分析する。
ただ、リーマン・ショックの際は、2008年10月の暴落の後、09年2月に二番底が来た。仮に今回も同じ動きになれば、7月の二番底が意識されることになる。米株価急落は日経平均株価の急落にもつながりうる。
市場では、感染拡大第2波や、新興国財政のデフォルト(債務不履行)がリスク要因に上がる。これらのリスクがくすぶれば、関係者のマインドを示す指数から、経済の実態を示す実数のデータへと、「経済指標の悪化」の連鎖が、再び起きる可能性がある。
(種市房子・編集部)
(本誌初出 消費者心理は底入れ 株の「先高」示唆か=種市房子 2020/6/9)