経済・企業 ビジネスに効くデータサイエンス
「江戸時代の平均寿命は30歳」はなぜ「江戸時代の人は30代で死ぬ」ではないのか=松本健太郎(データサイエンティスト&マーケター)
なぜ平均寿命は伸び続けているのか?
日本人の平均寿命が上昇し続けています。
昭和22年には50歳代でしたが、約70年が経過して、平成27年には男性80.75歳、女性86.99歳にまで伸びています。
上記の図は、厚生労働省「平成29年簡易生命表の概況」から作成したものです。目盛りが40歳から始まっている点留意してください。
戦後すぐ、一気に平均寿命は伸びて、以降5年で1歳〜2歳ほど伸びています。このペースでいけば、もしかしたら2050年には平均寿命100歳も夢じゃないかもしれません。
ちなみに、この傾向は世界的に見ても同じです。同じ資料元にて、主要国の平均寿命の年次推移が発表されています。
なぜ平均寿命が伸び続けているのでしょうか。
衛生面の改善? 医療の発展? 文明の進化・発展? その全てだとは思うのですが、ここは逆に発想を変えて違う点に着目したいと思います。
時間の経過と共に平均寿命が上がっているのであれば、逆に、もっと昔…例えば江戸時代は今より平均寿命は短かったと想定されますが、果たしてどの程度だったのでしょう。今より若い年齢で亡くなっていたのでしょうか。
明治以前は短命だったのか?
江戸時代以前の平均寿命を知るのに良い本があります。
『寿命図鑑』という可愛い本の中に、人間の有史以来における寿命の推移が掲載されています。本がめちゃ素敵なので、お母さんもぜひお子様にすすめて上げて下さい。
この本のデータによると、という前置きになりますが、以下のような推移を見せています。
なんと昔は10代20代が平均寿命だった、という衝撃的な事実!江戸時代ですら30代でした。
みんな30代には亡くなってしまっていたのですかねぇ…。
昔の人は体が弱かったのでしょうか? それとも、人間は急に長寿へと進化し始めているのでしょうか?
「平均寿命」の認識が違う説
実は、平均寿命の数え方にヒントが隠されています。そもそも論ですが、「平均寿命」の定義について認識を合わせておきましょう。
平均寿命とは「この年に亡くなった人の平均年齢」ではありません。「0歳児の平均余命」という意味です。(えぇっ!?という声が聞こえてきそう)
詳細はwikipediaを見て頂ければ、詳しい計算方法なども記載されています。なんでいつ死ぬか分からないのに平均余命がわかるのとかも、ここでわかるはず。
例として、厚生労働省「平成29年簡易生命表の概況」をあげます。各年代の平均余命は以下のように推移しています。
60歳男性の平均余命は、23.72歳です。
ではおよそ83〜84歳で皆死ぬかと言えばそんなことはなく、85歳の平均余命は6.26歳、90歳の平均余命は4.25歳と続きます。
つまり、平均余命とは「この年まで生きられた人は、平均ここまで生きられる」みたいな捉え方をすればよいのです。その時代の人生の長さを伺い知れますね。
江戸時代の平均寿命と60代平均余命が乖離している理由
だとすると、江戸時代における大人の平均余命は何年なのでしょうか。残念ながら当時の完全な統計データは計測されておらず、これだという数字が存在しません。
そもそもこうした平均余命を正確に計測し始めたのは明治以降なのです。国外ですら、17世紀後半にジョン・グラントに発明された政治算術によって18世紀以降に広まっている最中です。
江戸時代当時において生命表とは「最新のデータサイエンス」のようなものと言えるかもしれません。
そんな中、立命館大学の長澤克重先生が当時のデータを元に書かれた「19世紀初期の庶民の生命表-狐禅寺村の人口・民政資料による-」は、かなりよく調べられています。
60歳の平均余命は、男性14.3歳、女性13.3歳だそうです。(表3「狐禅寺村の生命表データ」参照下さい)
ちなみに一般社団法人北奥多摩薬剤師会でも、「江戸時代の60歳の日本人の平均余命がほぼ14歳」と紹介されています(おそらく「江戸病草紙」からの引用でしょう)。
現在の半分ではあるものの、長生きしている人は現在くらいに長生きするんだなという印象です。
考えてみれば、画狂老人卍こと葛飾北斎はおそらく88歳、島津義弘85歳、毛利元就74歳、徳川家康73歳…良いもん食ってるし衛生環境もいいんでしょうけど…。
今も江戸時代も、長く生きる人は長く生きています。
ではなぜ、江戸時代の平均寿命が32歳〜44歳だと言われていたのでしょうか。理由は単純で、昔は乳幼児が若くして死んでいたからです。
1998年に発表された人口動態統計100年の年次推移からデータをグラフ化してみました。1899年以降の新生児・乳幼児死亡数の推移がわかります。また戦中・戦後の混乱で約3年分データが欠落していることもわかります。
ちなみに、産まれてすぐから28日間を新生児(※母子健康法で定義されている期間)、新生児期を含む1歳未満までは乳児と呼びます。
死亡率(人口千対数)は以下のような推移です。こちらの方が人口増減の影響を受けないので分かりやすいでしょう。
1918年に死亡率が上昇しているのはスペイン風邪によるものと考えられます。数字は200近くを占めています。乳幼児の約20%が亡くなるとか…無念すぎるし、残酷すぎる。
新生児は生後28日以内でありながら、生後1年以内の乳幼児の死亡数・死亡率の約半分を占めます。「赤ちゃんは生まれて直ぐ亡くなってしまう」時代だったとわかります。
こうしてみると、人類は「赤ちゃんは早くに亡くなってしまう」という現実と戦い、1920年以降にようやく勝ち始め、戦後は一貫して勝利したと言えるのです。
医療の勝利です。現場の皆さん、ありがとうございます。お疲れ様です。
ちょっと考えれば、あまりに早く亡くなってしまう人がいれば平均「寿命」を押し下げてしまうと分かりますし、実際の当時の死亡年齢平均とは大きくかけ離れているとも分かるはず…。長澤先生論文でも、1歳の平均余命は5歳より短かったですものね。
大奥なんて、当時は子供がばんばん死んじゃうから、そのための"数を稼ぐための制度"ですもんね…。
というわけで、江戸時代の平均寿命が30代〜40代なのは、新生児・乳児の死亡者数を含んでいるからです。例えば10歳の平均余命となると、長澤先生論文によれば男性52.4歳、女性50.6歳だそうです。
みんな30代で死んじゃう、というのは大いなる誤解でした。
「余命延長」こそ最大のフロンティア
第1回〜第22回完全生命表による男女別平均余命は以下の通りです。
衛生、医療、福祉等の発達により、0歳代だけでなく、各年代の平均余命はこの100年で約2倍に伸びました。2015年現在は80歳が1つの寿命の山のようですね。
65歳の平均余命はこの50年で5年単位で0.6歳〜1歳程度伸びています。このペースで進めば、35年後の2050年には25歳程度にはなっていそうですね。
一方で90歳の平均余命をみると、余命の伸びが非常に鈍化しています。このペースなら35年後でも、せいぜい5歳か6歳程度なのでしょう。
どんどん長生きしている人は増えているけれど(だからこそ年代が若いほど平均余命が伸びている)、人体の寿命自体が大幅に伸びていっている感はなさそうです。
見方を変えると、人間の寿命自体を根本的に伸ばすようなバイオテクノロジーが絶好のチャンスなのではないでしょうか。
不老不死とまでは言わないものの、90歳の平均余命が30歳くらいになるようなバイオテクノロジーが生まれれば歴史が変わりそうです。
僕たちは無意識の間に「人間は長生きになっている」と考えていましたが、それは微妙に間違っていて「すぐに死ななくなった」というのが正解なのでしょう。
つまり、長生きになるための可能性は、実はまだまだ秘めているのではないでしょうか。
松本健太郎(まつもと・けんたろう)
1984年生まれ。データサイエンティスト。
龍谷大学法学部卒業後、データサイエンスの重要性を痛感し、多摩大学大学院で統計学・データサイエンスを〝学び直し〟。デジタルマーケティングや消費者インサイトの分析業務を中心にさまざまなデータ分析を担当するほか、日経ビジネスオンライン、ITmedia、週刊東洋経済など各種媒体にAI・データサイエンス・マーケティングに関する記事を執筆、テレビ番組の企画出演も多数。SNSを通じた情報発信には定評があり、noteで活躍しているオピニオンリーダーの知見をシェアする「日経COMEMO」メンバーとしても活躍中。
2020年7月に新刊『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』(毎日新聞出版)を刊行予定。
著書に『データサイエンス「超」入門』(毎日新聞出版)『誤解だらけの人工知能』『なぜ「つい買ってしまう」のか』(光文社新書) 『グラフをつくる前に読む本』(技術評論社)など多数。