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経済・企業 ビジネスに効くデータサイエンス

ベーシックインカムの金額はいくらなら実現可能なのか=松本健太郎

以前から社会保障政策としてベーシックインカムが注目されていましたが、新型コロナを受けて「社会的権利」としても注目され始めています。

給付額はどのくらいと考えるべきか?

ベーシックインカムを「政府による購買力の支援」だと捉えた場合、給付額はいくらぐらいがいいでしょうか。参考になるのは、生活に必要な物が購入できる最低限の収入を表す「貧困線」と呼ばれる統計指標です。

そもそも貧困線とは、衣食住について必要最低限の要求水準を下回る絶対的貧困と、その国の所得分布の下位一定水準を下回る相対的貧困の2つに分かれます。

厚生労働省は相対的貧困率の計算方法として「等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の中央値の半分」と定義しています。ただし、相対的貧困率の算出を目的とした統計は無く、したがって国の統一見解はありません。

一般的に引用されるのは国民生活基礎調査です。このデータによると、平成28年度の相対的貧困率は15.6%で前回16.1%を僅かながら下回っています。

図1
図1

一方で、全国消費実態調査のデータを参考にすると、平成26年度の相対的貧困率は9.9%で大きく異なります。

ちなみに、この違いについては調査を行う厚生労働省、総務省ともに頭を痛めていて、共同研究を行いその結果を「相対的貧困率等に関する調査分析結果について」として報告しています。

図2
図2

では、この貧困線を基準に、およそ6割程度の給付をすると考えてみましょう。実際には、限界消費性向も踏まえて「給付が購買力の向上を担うか」などの検証が必要だとは思いますが。

両方のデータを参考に考えると、相対的貧困線は122万〜132万となります。仮に中間の127万を基準に考えると、年間76.2万、月間6.35万が国庫から給付される計算となります。

総務省統計局の人口推計によると、日本における日本人の人口は令和2年5月時点で1億2590万います。

前回取り上げたベーシックインカム提唱者のパリース・フィリップ・ヴァンに準拠すれば、子どもでもベーシックインカムは給付の対象とすべきだと私は考えます。したがって、もし現時点でベーシックインカムを導入するとなると、年間で約96兆を確保する必要になります。

約96兆の財源をどのように確保するのか?

ベーシックインカムの性質は「新たな社会保障」であり、社会保険・社会福祉・公的補助・保健医療から成る社会保障体系の大きな再編が必要だと考えます。

国立社会保障・人口問題研究所によると、2017年度における年金、医療、介護などの社会保障給付費は120兆2443億円でした。

最たる見直し対象は年金関連です。そもそも年金とは「継続的に給付される定期金」です。給付対象の制限などありますが、ベーシックインカムに似ていなくもありません。筆者は「年金からベーシックインカムへの衣替え」案を考えています。

そこで、まずは年金の会計帳簿である年金特別会計を見てみましょう。

年金特別会計|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/wp/yosan/kaiji/nenkin01.html

各年金勘定のうち、国民年金と厚生年金の保険料収入、児童手当(子ども・子育て支援)の事業主拠出金は、平成30年度決算によると合計約33兆円になります。一般会計からの受入は約13兆円、その他積立金やGPIF納付金など細かい収入が約6兆円あります。

もし年金をベーシックインカムの原資とする場合、これら保険を廃止したうえで、個人負担分は所得税、事業主負担分は法人税の税率を上げることで確保するべきでしょう。或いは、ベーシックインカム税を設けても良いかもしれません。

それでも約44兆円が不足します。各勘定の積立金を使っても焼け石に水です。その他にどのような財源が考えられるでしょう。

社会保障給付の中でも、国民健康保険、後期高齢者医療制度において患者負担額を「全世帯原則3割負担」に変更して約5兆円の財源が考えられます。

加えて、公務員等共済組合のうち年金給付分6兆円、雇用保険約2.4兆円、生活保護約2.8兆円、社会福祉費のうち個人への給付等約0.5兆円、年金基金や共済組合への国庫負担分約0.5兆円が考えられます。

さらに相続税・贈与税の負担割合をバブル期並みに引き上げ約2兆円、新たに市場規模約28兆のパチンコ・パチスロ・公営ギャンブルに10%の利用税を設けて、規模が多少縮小すると考えて約2兆円も考えられます。

加えて、ベーシックインカムを給付されずとも十分に購買力を持つ所得者層(仮に等価可処分所得の中央値の2倍とします)を想定して、所得税の税率を上げます。

なぜならベーシックインカムの原点は購買力の向上ですから、給付された分だけ貯蓄に回っては意味が無いからです。1999年に実施されて大批判を受けた地域振興券の二の舞は踏めません。

高所得者には「どうせ給付しても使い切れないでしょう?」という理由で、ベーシックインカム分を回収しましょう。

平成30年度国民生活基礎調査によると、所得の中央値の2倍である846万以上は全体の約16%になります。これで約11.8兆円になります。

図3
図3

それでも約33兆円で、14兆円ほど足りません。恐らくもう少し細かく見ると各種手当て・控除・補助金の廃止に伴う役所の改廃によりもう少し財源は出るでしょうが、1兆円にも届かないでしょう。

より財源を確保するために、例えば介護保険や医療保険の国庫負担全廃という過激な意見もあるようですが、私は反対です。現金給付などの現金サービスの統合はあっても、現物サービスにかかる費用まで自己負担というのは、単なる財源探しゲームの気がします。

年金代替案の場合、他に考えられる財源案としては2つあります。

1つは、国税だけではなく、地方への分担も見据えたベーシックインカム制度の構築です。

実は先ほど挙げた社会保障の大半は、国と地方で負担額を分けています。国庫負担の割合は、例えば生活保護であれば75%、児童手当であれば66%などです。本来、社会保障は国と地方が分担して成立する仕組みともいえます。

そうなると、地方交付税、国庫支出金まで含めた制度設計が必要になるので、すいません…個人としては調査の限界を感じてしまいました。

もう1つは、毎月給付されるベーシックインカムを有効期限付き電子マネーとして支給して、強制的に使わざる得ない環境にすることで、消費税・法人税の底上げを期待します。電子決済普及の大きなキッカケになりますし、国内総生産のうち横ばいが続いている家計部門を押し上げるはずです。

ただし、1999年の地域振興券問題に見られたように、給付された電子マネーは使うけど、その分だけ貯蓄に回してしまうとあまり意味がありません。

一刻も早いベーシックインカムテストを

私はベーシックインカム提唱派閥の中でも、いわゆる「シリコンバレー派」になります。人工知能やロボットなどの浸透で雇用は劇的に減少せざるを得ず、大量失業は避けられないので、賃金とは別にベーシックインカムが必要だと考えています。

一方で、そのような時代が2〜3年以内に訪れるとも思っていません。恐らく2030年代後半〜2040年代、今から20年後でしょう。したがって、その時代にベーシックインカムが定着している必要があると考えます。

だからこそ、今すぐにでも対応を始めて、地方レベルでの試験を始めるべきだと考えます。

なぜなら、国・地方に跨った複雑な税体系を整理統合して20年後に着実に運営するには、5年の制度設計、5年の試運転、5年の法改正のやり取り、5年の着実な運営、結構な時間を要する印象です。ちなみに後期高齢者医療制度は、政策課題として提言があってから法案成立まで約7年を要しました。

もう1つ、年金特別会計を読むと、この10年で保険料収入は微増のため給付費を賄えず、一般会計からの負担は増大する一方です。導入が遅れるほど、単なる机上の空論で終わってしまいます。

ただ、年金からベーシックインカムへの衣替えとなると、高齢者からの反発は必死です。実現性は低いかな…。あくまで思考実験として受け止めていただければ幸いです。

「財源はどうするんだ!」

これがベーシックインカム導入反対派のもっとも説得力のある反論になるでしょう。考えてみると、たった1つの租税を変えれば良いわけではなく、大幅な組み替え工事が必要になりそうな話です。

ただし、財源が浮かばない=ベーシックインカムの意味がないと同義ではありません。何かしら欠けたピースを埋めなければ前に進まないのは事実ですが、すなわちベーシックインカムは無意味とならないよう議論を重ねていく必要があるのでしょう。

松本健太郎(まつもと・けんたろう)

1984年生まれ。データサイエンティスト。

龍谷大学法学部卒業後、データサイエンスの重要性を痛感し、多摩大学大学院で統計学・データサイエンスを〝学び直し〟。デジタルマーケティングや消費者インサイトの分析業務を中心にさまざまなデータ分析を担当するほか、日経ビジネスオンライン、ITmedia、週刊東洋経済など各種媒体にAI・データサイエンス・マーケティングに関する記事を執筆、テレビ番組の企画出演も多数。SNSを通じた情報発信には定評があり、noteで活躍しているオピニオンリーダーの知見をシェアする「日経COMEMO」メンバーとしても活躍中。

2020年7月に新刊『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』(毎日新聞出版)を刊行予定。

著書に『データサイエンス「超」入門』(毎日新聞出版)『誤解だらけの人工知能』『なぜ「つい買ってしまう」のか』(光文社新書) 『グラフをつくる前に読む本』(技術評論社)など多

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