「半分以上が売れ残る」アパレル業界が直面する絶望的状況=松下久美(ファッションビジネスジャーナリスト)
5月15日、上場企業で今年初めて倒産したのが、かつてのアパレルの雄・レナウンだった。従来型のビジネスモデルから脱却できず、長く続いてきた経営不振にコロナがダメを押した形だ。
経済が悪化する中で、「ユニクロ」「ジーユー」を擁するファーストリテイリングや「無印良品」の良品計画、しまむら、ワークマン、西松屋チェーンなど、生活者に寄り添った、低価格・高収益・ローコストのSPA(製造小売り)は、強さを発揮することになるだろう。逆にアパレル企業は、大手も中小も、何が起きてもおかしくない状況だ。(リモート経済)
年間100万トンを廃棄
アパレルが生き残りに向けて取り組むべき課題は多い。「売り上げ至上主義から利益追求型への転換」「百貨店依存からの脱却」「セールありきの過剰生産・値引き販売をやめ、適正数量生産・適正価格販売」「EC(電子商取引)の強化」「デジタルマーケティングの強化」「顧客とのつながり(エンゲージメント)の構築」、そして、「サステナビリティ(持続性)への取り組み強化」など。
ただし、指摘したことのほとんどが、コロナ以前からの課題である。コロナによって変革スピードが加速され人々の価値観も大きく変わった。自分が生きていくうえで本当に大切なものは何なのか、企業・ブランドがどうあるべきかを見直す契機にもなったはずだ。
それは、サステナビリティやESG(環境・社会・企業統治)経営の重要性にも通じることだ。近年、大型台風、集中豪雨、洪水、猛暑、暖冬、大寒波など、気候変動による被害が世界規模で拡大している。昨秋にはニューヨークで国連気候行動サミットが開かれ、世界各国でデモが広がった。今年1月にスイスで行われた世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)のテーマも「気候変動」だった。
とくにファッション・アパレル業界は、過剰生産・大量廃棄や温暖化物質の排出などにより、石油業界に次ぐ2番目に環境負荷が大きい業界だ。日本でも年間29億着が供給されるが、半分以上の15億着が売れ残り、約100万トンが廃棄されている。
こうした課題解決に向けた動きがある。アルマーニやドリス・ヴァン・ノッテンなどの著名デザイナーが中心となり、ファッションのスローダウンと、シーズンの適正化、過剰生産の廃止などを世界に呼び掛けている。たとえば、ウィメンズアパレルは、これまで6月から販売していた秋冬物は8月~翌年1月に、春夏シーズンは2~7月に変更するなど、実際の季節に合わせる方向だ。
また、年間に4~6回行っていたコレクションを2回にして、無駄を省き、創造性を向上。残りをデジタルファッションショーとして配信するなどの動きもある。
マイデザイン機能
国内大手も変革に動き出した。
英バーバリー社とのライセンスが2015年6月に切れ、“バーバリーショック”がいまだに尾を引く三陽商会は、三井物産出身で「ザ・ノース・フェイス」を柱にゴールドウインを立て直した大江伸治氏が社長に就任。早速、売り上げ至上主義からの脱却、セールに頼らない適正価格での販売、百貨店依存をやめ直営店やECの比率を引き上げる方針を打ち出した。
オンワードホールディングスは前期、700店舗の閉店と早期退職優遇制度により予定を2割上回る413人の本部人員が退社。今期も700店の大量閉店を行う予定だ。光明は、経済産業省出身でIT企業社長経験もある保元道宣社長が陣頭指揮を執るECだ。D2C(ダイレクト・ツー・カスタマー)型のパーソナルオーダースーツ「カシヤマ・ザ・スマートテーラー」やEC専門ブランドなども立ち上げている。
18年再上場を果たしたワールドは、古着の買い取り・販売や、バッグのサブスクリプション(定額制)サービス、オフプライスストア、ファンドビジネスなど事業領域を拡大する一方で、コンサルティングファーム出身の新社長を抜てきし、経営改革を進めている。
ビフォーコロナ時代にすでに、メガバンクのような、お堅い仕事の代表である銀行さえも服装の自由化・カジュアル化が進んできた。コロナによって商談や集合研修、集団説明会、面接などもオンラインシフトが進んでいる。アフターコロナにはカジュアル化が加速し、スーツの着用率はぐっと下がる。
百貨店で販売される中堅級スーツや紳士服専門店チェーンの既製スーツは、よほどのブランディングやマーケティング、新しい売り方をしなければ、縮小せざるを得ないだろう。
スーツのニーズも趣味と実用、高額と低価格に二極化する。スーツ好きや服にこだわりのあるエグゼクティブ層は、職人系の高級オーダーメードスーツやデザイナーズのブランド系スーツを愛用し続けるだろう。ここに憧れる層も一定数は生まれてくる。
アスレジャー
一方で、低価格でもストレッチ性や機能性などに富んだラクチンスーツや、D2C型のパーソナルオーダースーツなどで十分という層も増えそうだ。
また、スポーツウエアはコロナを機に売り上げを伸ばしたり、健闘しているブランドが多い。生活サイクルの乱れや運動不足の解消に、家の中でヨガやワークアウトをしたり、ランニングを新たに始める人々も増えている。日常着としても着られるアスレジャー(アスレチックとレジャーを掛け合わせた造語)ファッションは、特に広がっている。
トリンプやワコールなどのインナーブランドも、自粛中、自粛明けともに売れ行きが好調だ。締め付けの少ないノンワイヤーのものや、ヨガやジョギング用のスポーツ系ブラジャー、美バストづくりや良質な眠りに良いとされる睡眠時専用ブラジャーなどが人気だ。
今後は、「密な状態」を避けるため、屋外のキャンプやバーベキューなどアウトドアの娯楽が増えると予想される。アウトドア人気はここ数年の潮流でもある。
矢野経済研究所によると、16~19年に、アウトドア市場は18%成長した。アスレジャー同様、アウトドアブランドのウエアやシューズを普段使いするライフスタイル分野は同期間に43%伸びている。自然回帰やデジタルデトックス(デジタル機器の使用自粛)、健康志向の高まり、一度装備をそろえれば安く楽しめる点などが人気の秘訣(ひけつ)だ。
ステイホーム期間に社会現象になった人気ゲーム「あつまれ どうぶつの森」のマイデザイン機能で服を提供するブランドも増えている。SNS(交流サイト)を使った動画コマースを始めた企業もある。人々の興味関心が集まるツールに対応するなど柔軟な発想と機敏な行動力も必要とされる。
ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は「着飾るよりも、自分にとって快適な服、自分が本当に格好よく思える服、そういう服を買われる方が非常に増えてくると思う」と語る。
(松下久美・ファッションビジネスジャーナリスト)
(本誌初出 アパレル 過剰生産・大量廃棄の終焉 求められる持続性やESG=松下久美 2020・6・30)