『時代の「見えない危機」を読む 迷走する市場の着地点はどこか』 評者・上川孝夫
著者 黒瀬浩一(りそなアセットマネジメント チーフ・ストラテジスト) 慶応義塾大学出版会 2700円
短・中・長波の3層構造で金融情勢を読む
平成時代の30年は「失われた30年」とも言われるが、この時代に金融業界に身を置き、幾多の荒波を経験してきた著者が、自らの体験をもとに執筆した現代経済・金融論である。本書で著者が強調するのは、「歴史は繰り返す」ということだ。したがって、歴史に学ぶことは、「見えない危機」を見る力を培い、将来を見通す力にもつながる。
著者によれば、金融情勢の判断には、歴史家ブローデルの提唱した短波、中波、長波という3層構造が適用できるという。これに年金運用などにかかわった自身の経験を重ねて、短波は3年程度で繰り返される在庫循環や日々の材料、中波はおおむね10年1サイクルの景気循環、そして長波は第二次大戦後では米国の覇権の安定性、資本と労働の力関係という二つがポイントになるとしている。
何よりも人々の関心を引くのは、なぜバブルや金融危機は繰り返すのか、という中波にかかわる問題だろう。その重要な要因として、経済学者ミンスキーの「金融不安定仮説」を取り上げている。金融市場は本来不安定で、債務が増加し、バブルが破裂する瞬間は「ミンスキー・モーメント」として知られる。この暴走を未然に防止するのが「よい市場」だが、それには時代が変化するたびに、ルールを作り変える必要がある。米国の例として、独占を禁止した1890年の反トラスト法や、銀行と証券を分離した1933年の銀行法などが紹介されている。
長波で見ると、戦後米国の覇権が安定した時期は、世界経済も安定し、株価が上昇した。しかし、ベトナム戦争の時のような覇権の動揺期は、そうではなかった。ここでは米経済学者のキンドルバーガーが主張した「覇権安定論」が援用される。一方、資本と労働の力関係では、1980年代のレーガン革命から、労働より資本が優遇される状況が続き、株式市場にはよき時代となった。しかしグローバル化は所得格差を生み、トランプ政権の誕生につながる。これに米中の覇権争いが加わって、長波も再び変化していく可能性がある。翻って平成時代の日本経済は、よい市場、よいルール、そして「外に開かれた」よい組織を実現できなかった。株主資本主義やグローバル化の行き過ぎに対する反省から、各国では独自の資本主義を模索する局面に入っている。また疫病に加えて、気候変動のリスクが、新たな時代の「景気後退のニューフェーズ」になり得ると読む。将来の展望にも触れた渾身(こんしん)の力作である。
(上川孝夫・横浜国立大学名誉教授)
くろせ・こういち 1964年生まれ。慶応義塾大学卒業後、大和銀行(現りそな銀行)入行。香港の証券投資現地法人、公益財団法人国際金融情報センター勤務等を経て現職。衛星放送のマーケット動向解説等も手がける。