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中国人民銀初代総裁 忘れられた偉業=田代秀敏

人民元(Bloomberg)
人民元(Bloomberg)

 中央銀行(中銀)の独立性は共産主義でも重要である。世界初の労働者政権である1871年のパリ・コミューンは、中銀であるフランス銀行を接収せず、既成の法定通貨を流通させたが、72日で壊滅した。「労働者階級は既成の国家機構を手に入れただけでは自分たちの目的のために使えない」とカール・マルクスは総括した。

 ウラジーミル・レーニンは1917年にロシア革命に成功すると、帝国ゴスバンク(中銀)を「人民銀行」に改組して財政部門の管轄下とした。その後、20年に人民銀行を廃止したが、経済は停滞した。市場メカニズムの部分的復活による経済復興のためにレーニンは、「ゴスバンク」を中銀として翌年に設立した。

 廃止から28年後、人民銀行の名称は中国で復活した。中華人民共和国の成立10カ月前の48年12月1日、中国共産党を率いる毛沢東は「中国人民銀行」を北京から南西約300キロの河北省石家荘に設立し、中国史上初の全国統一通貨「人民幣」を発行させた。

インフレ抑制の功績

 毛沢東が37年10月に革命拠点を移した陝西省延安(北京から西南約920キロ)に約5万人が集まり食料調達が問題となった。問題解決のために周恩来が39年9月に延安へ連れて来た南漢宸は、石炭会社を起業し、日本に滞在した経験があった。南漢宸は中国共産党が統治する「辺区」の財政庁長として、食料調達と並行して財政・金融を整備した。

 辺区では中華民国の法定通貨「法幣」の使用が禁止され、党設立の「辺区銀行」が発行した「辺券」の使用が強制された。激しいインフレーションの下、穀物や豚肉など基礎的食品との交換比率が固定された辺券は信認を得、辺区銀行に集まった預金を用いて党は糧食を調達できた。南漢宸が新中国建国の最大の貢献者であったことは、「革命に勝利した後、南漢宸のために碑を立てなければならない」と41年に毛沢東が述べたことからも明らかである。

 毛沢東が南漢宸と41年11月に定めた政策綱領には、徴税合理化、累進課税、財政健全化、金融機関整備に続けて「法幣を維持し、辺券を強固にして、経済の発展と財政の充実とに有利とする」方針が明記された。現在の中国共産党による「米ドルを維持し、人民幣を強固にする」戦略の原型である。

 南漢宸は、辺区銀行を統合した中国人民銀行の初代の行長(総裁)に就任し、インフレ抑制に奔走した。辺券を人民幣に交換させてデノミネーション(通貨単位切り下げ)を行い、さらに全ての銀行業務を中国人民銀行に集中し、家計・企業の余剰資金を全て中国人民銀行に預金させた。

 南漢宸は病気で54年10月に退任する前年に、人民幣の第2版の1元を第1版の1万元と交換するデノミを準備した。デノミは55年3月に実施され、物価を抗日戦争以前の30年代前半の水準に戻したのである。

 56年末に中国人民銀行の本店職員は2068人(周儀「中国人民銀行の独立性」2014年6月より)となり現在の日本銀行の本店職員2738人(20年3月末)の約76%に達した。

 しかし1958年5月に、「客観的な法則を軽視」して一気に鉄鋼生産量を2倍にすることなどを目標とした大躍進政策が始まり、中国経済は崩壊の危機に瀕(ひん)していった。その過程で本店職員は59年末までに820人へ削減された。

 文化大革命が最も激化した67年1月、南漢宸は毛沢東を信奉する紅衛兵たちから迫害され死亡した。翌月「上海コミューン」成立が宣言され19日で終焉(しゅうえん)した。68年3月に中国人民銀行への預金が凍結され、69年7月に中国人民銀行は財政部へ編入された。中国経済が混乱を極める中、中国人民銀行は財政部の出納窓口となり、本店職員は87人に削減された。

鄧小平復権で復活

 毛沢東の死後に復権した鄧小平は、77年8月に文革終了を宣言し、78年1月に中国人民銀行を復活させ、同年12月に権力を掌握した上で改革開放を宣言して中国経済の再建を開始した。

 鄧小平は84年初に中国人民銀行を中銀として純化するために商業銀行業務を分離して「中国工商銀行」を設立した。同行はニューヨーク支店をリーマン・ブラザーズが破綻した2008年9月15日からトランプタワーに構え、『フォーブス』世界上場企業ランキング第1位に13年から8年連続で君臨している。

 鄧小平は1991年初に上海を視察した際、「金融はとても重要で、近代経済の核心である」と述べた。その言葉の通り、中国人民銀行の中銀としての独立性が高まると中国経済は発展し、下がると停滞してきたのである。

(田代秀敏、シグマ・キャピタルチーフエコノミスト)

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