経済・企業 紫外線
やっぱり本命は「イソジン」じゃなかった……「紫外線」のコロナ対策が続々実用化されているワケ
新型コロナウイルスが世界で猛威を振るい続ける中、治療薬とワクチンの開発が懸命に進められている陰で「紫外線」が注目を集めている。細菌やウイルスに対する消毒・除菌効果が紫外線にあることは以前から知られていたが、新型コロナウイルスにも有効であることが分かってきた。ワクチンが普及するまでの間、コロナ禍における公衆衛生を支える社会的基幹技術として、改めて紫外線に対する期待が高まっている。
日本で、新型コロナウイルスの殺菌に紫外線が有効であることが初めて確認されたのは今年5月27日。宮崎大学医学部が医療機器などを開発する日機装と共同実験を行った結果、同社の空間除菌消臭装置「エアロピュア」に採用されている深紫外線LED(発光ダイオード)を30秒と60秒照射したところ、新型コロナウイルスが99・9%不活化したと発表したのだ。
日機装は、2014年にノーベル物理学賞を受賞した名城大学の赤崎勇教授、名古屋大学の天野浩教授らの青色LED研究を踏まえて、高出力・小型・長寿命の深紫外線LEDの製品化に成功。深紫外線は人体に健康被害を生じさせ得るが、エアロピュアは取り込んだ空気に深紫外線LEDを照射して排出する循環型の機構を持ち、直接人体には深紫外線LEDを照射しない。
海外でも紫外線が新型コロナウイルスに有効であることを前提とした上で、社会の中で実際に利用する「社会実装」の動きが先行している。例えば、新型コロナが蔓延(まんえん)した米ニューヨークでは、紫外線を使って地下鉄車両などを消毒する試みが始まっている。ニューヨーク大都市圏交通公社(MTA)は5月19日、コロンビア大学との合同プロジェクトとして、ニューヨークの地下鉄車両とバスの一部に深紫外線ランプによる殺菌装置を導入した。
また、コロラド州の医療・健康ベンチャー企業「PUROライトニング」と共同して、夜間の無人状態での消毒実証実験も開始している。ロックダウン(都市封鎖)下のニューヨークでは、利用客の減った地下鉄車内で過ごすホームレスが急増したことから、クオモ州知事が衛生確保のために深夜の運行停止とその間の車両清掃を指示したことが背景にある。
「有害性」と「直進性」
紫外線による殺菌は、化学薬品を使ったり加熱したりといった方法とは異なり、単に紫外線を照射するだけなので簡単に利用できる。脂肪やたんぱく質に紫外線を浴びせると変質を起こしたりすることはあるが、基本的に消毒したい物にほとんど変化を与えないのが特徴だ。ただ、紫外線を社会実装する上では、紫外線の有する「有害性」と「直進性」という限界に直面する。
深紫外線には殺菌やウイルスのDNAを破壊する力があるが、それは同時に人間の皮膚や眼球などの組織を傷付ける可能性があることを意味している。また、紫外線の透過率は素材によって異なるが、固体に対する殺菌効果が認められるのは原則として照射した物の表面に限られる。立体物を殺菌するには、対象となる立体物を移動させるか、紫外線照射の光源を移動させる必要がある。
しかし、こうした二つの限界を克服しようとする動きが今、広がっている。紫外線の「有害性」については、ウシオ電機が今年4月、米コロンビア大学と協力し、波長222ナノメートルの紫外線照射装置を使って、新型コロナウイルスへの効果を確かめる実験を開始。6月2日には、米照明器具大手アキュイティ・ブランズ社に紫外線照射モジュール「Care222」を供給し、今秋をめどに殺菌消毒器具を製品化する予定と発表した。
ウシオ電機と共同研究を行っていたコロンビア大学放射線研究センター所長のデービッド・ブレナー教授らは6月24日、こうした実証実験の結果についての論文を発表。ウシオ電機製の深紫外線ランプ(波長222ナノメートル、出力12ワット)を、エアロゾル(空気中に浮遊する微細な粒子)中の「人コロナウイルス」に低量照射したところ、99・9%が不活化したという。
また、人体への規制暴露限界値以下で照射した場合を検討したところ、人コロナウイルスに深紫外線を8分照射すると、90%までを不活化したという。これは、11分照射すれば95%、16分で99%、25分で99・9%を不活性化できることになる。そして、この実験結果は、ゲノムサイズが類似している新型コロナウイルスでも期待できるということである。
「皮膚がん発症せず」
ブレナー教授らは既に17年の段階で、マウスを使った実験で222ナノメートルの深紫外線が哺乳類の皮膚に影響を及ぼさないという論文を発表している。ブレナー教授らの研究によれば、222ナノメートルの深紫外線は皮膚を透過できる深度が浅く、皮膚の角質層など人体の細胞質を通過できない。しかし、ウイルスや細菌に照射すれば殺菌することができるというのだ。
ウシオ電機と神戸大学大学院医学研究科は今年3月、222ナノメートルの深紫外線を反復照射しても皮膚がんが発症しないことを世界で初めて実証し、ヒトの皮膚や目にも安全であるとも報告している。新型コロナウイルスは空中に漂うエアロゾル中で少なくとも3時間は生存するとされており、人体に影響のない深紫外線で空中浮遊ウイルスを不活化できれば、世界中の新型コロナウイルス感染防止の需要に応えることになろう。
ライバルも登場している。フロリダ州のLED照明企業ライトニング・サイエンスの子会社ヘルスも既に深紫外線を使った商品を展開。同社の「クレンズポータル」は出入り口に設置する金属探知ゲート類似の形状で20秒間、深紫外線を浴びせるというものだ。実際にニューヨークのカップケーキチェーン店、マグノリア・ベーカリーが導入を始めている。
深紫外線の「直進性」の課題を克服するイノベーションは、ロボットやドローンを使う形で盛んになっている。デンマークのブルー・オーシャン・ロボティクス社は18年、殺菌効果が高いとされる波長254ナノメートルの紫外線ランプを利用しつつ、各種センサーを内蔵し完全無人状態で利用できる自律走行型ロボット「UVD」を開発。子会社UVDロボットを通じ、病院での殺菌需要を狙っている。
UVDは10分間の紫外線照射で99・99%の殺菌効果をうたい、充電から殺菌スケジュールの管理までスマートフォンのアプリで遠隔管理できるという。すでに中国・武漢市の病院が2000台発注したと伝えられている。米半導体大手マイクロンテクノロジーも紫外線ロボットのコンテストを開催するなど開発を本格化、日本のテルモも米ゼネックス製の紫外線照射ロボット「ライトストライク」の独占販売権を取得し日本市場への展開を狙う。
ロボットで無人殺菌
また、茨城県つくば市のロボットベンチャー、Doogも今年6月、深紫外線照射自動巡回ロボットを使った実証実験をつくば市庁舎内で開始した。さらに、ドローンを使った製品では、米カンザス州のデジタル・エアロラス社が紫外線ランプを積んで無人殺菌を行うドローン「Aertos 120─UVC」を開発するなど、取り組みが広がっている。
逆に「直進性」を逆手にとった商品も開発されている。大分市のエネフォレストが開発した「エアロシールド」は、壁の高いところに設置するエアコンのような形状の紫外線照射装置だ。ルーバー(仕切り板)を使って253・7ナノメートルの深紫外線を部屋の上部のみに水平照射し、自然対流する空気を減菌。すでにJR東日本やJR西日本、大分市役所に導入されたほか、東京ドームも60台以上の設置を予定している。
いずれにせよ、「紫外線の照射光源をロボティクスやドローン技術によって自律的に移動させる」というイノベーションは既に多くの企業によって実用化が始まっている。今後は、人体への悪影響を排除したうえで、紫外線をいかに活用するかという点で、深紫外線が開発競争の焦点となるに違いない。その社会実装が実現すれば、紫外線はコロナ禍の文明を救う救世主となるだけでなく、ポスト・コロナにおける公衆衛生の守護神にもなりうる。
(北島純・社会情報大学院大学特任教授)
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紫外線(ultra-violet radiation : UV)は、可視光線より波長が短く、エックス線より長い光。紫外線は更に、波長によってUV─A(315~400ナノメートル、ナノは10億分の1)、UV─B(280~315ナノメートル)、UV─C(100~280ナノメートル)の三つに分類されている(国際照明委員会に準拠)。また、UV─BやUV─Cを含む波長の短い紫外線は「深紫外線」と呼ばれることが多い。
地表に到達する太陽光に含まれているのはUV─A(約5~6%)とUV─B(約0.2%)である。UV─Cは地球を取り巻くオゾン層に吸収されて地表には届かない。紫外線に、細菌に対する強い殺菌効果があることが知られるようになったのは、英シュルーズベリー出身の公衆衛生専門家ダウンズとブラントが1877年、「太陽光がバクテリア(細菌)の成長を妨げる」という検証結果を発表したことが一つのきっかけだ。
紫外線のうちUV─Aにはほとんど消毒効果はないが、大量に浴びると、肌のメラニン色素に作用してシミ・しわ・たるみや日焼けの原因となることが知られている。UV─Bは、皮膚に吸収されると体内でビタミンD3を形成し、骨や歯の成長を助ける効果があるものの、過度に浴びれば日焼けや皮膚がんの原因となる。
また、UV─Cは強い殺菌力を持つ半面、皮膚がんや白内障を生じさせるなど、人体に照射すると有害性が強い。そのため、UV─Cを照射している間は、人体への暴露がないように注意する必要がある。
(北島純・社会情報大学院大学特任教授)
(本誌初出 新型コロナウイルスを殺菌 深紫外線の技術開発が活発化=北島純 20200825)