経済・企業注目の特集

「本社の言うことは聞かなくていい。責任は私が取る」11年ぶり悲願の首位奪還を果たしたキリンビール 布施孝之社長が見せたリーダーシップ

「麒麟がくる」オリジナルデザイン商品のパネルを持ってPRする(左から)キリンビールの阿久津勝己・京滋支社長、玉置貴一・滋賀工場長、三日月大造知事、キリンビバレッジの武田桂一・京滋支社長=県庁で2019年12月25日午後4時18分、成松秋穂撮影
「麒麟がくる」オリジナルデザイン商品のパネルを持ってPRする(左から)キリンビールの阿久津勝己・京滋支社長、玉置貴一・滋賀工場長、三日月大造知事、キリンビバレッジの武田桂一・京滋支社長=県庁で2019年12月25日午後4時18分、成松秋穂撮影

 キリンビールは今年上半期(1〜6月)のビール類(ビール、発泡酒、第3のビール)商戦で、11年ぶりにシェア(市場占有率)トップをアサヒビールから奪還した。新型コロナウイルス禍で巣ごもり需要が加速し、第3のビール「本麒麟」を伸ばしたことなどが要因だが、それだけではない。“万年負け組”に甘んじていた名門企業で、バラバラだった組織をコロナという「有事」の中で一丸にする変革が実った結果でもある。

「自分たちがテレワークをしている間もコロナに負けず毎日出社し、ありがとうございます」

 4月7日の緊急事態宣言後、キリンの若手営業社員は、生産(工場)や物流部門の仲間に感謝を伝えたいと部内で提案した。賛同した営業社員は、インターネットの寄せ書きサービスでメッセージを送った。首都圏だけで500通。宣言下でキリンの営業社員は一切の外回りを禁じられており、出社を求められた生産や物流部門に対して内発的に生まれた「感謝の輪」だった。

「平時ではなく、『有事』で発露した社員の意識は本物だ。数年前は(部門を超えた感謝など)考えられなかった」と話すのは布施孝之社長。営業出身の布施氏が社長に就任した2015年1月、「社内は他責であふれていた」という。

 キリンは09年にも9年ぶりに首位に立った。前年から同社大阪支社長を務めていた布施氏は、08年末に50人を超す部下に指示を出す。「本社の言うことは聞かなくていい。責任は私が取る。ただし、来年リニューアルするビール『一番搾り』に注力せよ」。

 大阪支社は躍進し、首位奪還に貢献した。しかし、翌年にはアサヒが再逆転。「本社の戦略がブレたため。一番搾りが好調なのに、同じビールの『ラガー』も強化せよと無茶な指示があった」。アサヒの首位は、いわば“敵失”。気がつけばキリンは、他責が横行する内向きの会社に固まってしまった。

「次の一手を示せ」

 布施氏が社長として社内改革したのは18年から。「お客様のことを一番に考える組織風土を目指す」というシンプルなもの。ただし、投資する商品ブランドの選択と集中を行いながら、イオンなどから第3のビールのプライベートブランド(PB)受託生産も本格化させた。

 今年の上半期、PB向けが前年から約1割伸びるなど、キリンはシェア37・6%(推計)を獲得し、34・2%(同)のアサヒを抜いた。社長就任後、54回の社員との対話集会で、トップが「このままでは赤字転落もある」と地道に現実を訴え続けたことで、社員の意識を変えられた面もあろう。

 もっとも、首位奪還はアサヒが「スーパードライ」に頼り切りという“敵失”も大きい。キリンに求められるのは、在宅勤務などコロナにより一変したライフスタイルへの対応であり、食文化への新たな価値の提供だ。

 シェア競争だけに終始するのではなく、クラフトビール事業も展開し、他責から抜け出したキリンにしかできない“次の一手”を示す必要がある。コロナ収束が読めない中で、難しいかじ取りが試されている。

(永井隆・ジャーナリスト)

(本誌初出 11年ぶり首位奪還 キリンがアサヒを抜いたワケ 「他責」を排した地道な改革=永井隆 20200825)

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