投資・運用どうする? 実家の空き家&老朽マンション

ルポ(滋賀県野洲市) “廃虚マンション”の後始末

マンションが老朽化すればさまざまな問題が噴出する
マンションが老朽化すればさまざまな問題が噴出する

 今にも崩れ落ちそうだった面影はまったく失せていた。“廃虚”化していた滋賀県野洲(やす)市の区分所有マンション「美和コーポ」を今年7月下旬に訪ねると、現場はコンクリートと砂利面のみ。ところどころに雑草が生い茂るだけで、文字通りの更地になっていた。しかし、当面の崩壊の危機は回避されても、所有者には重い“ツケ”がのしかかっている。(空き家&老朽マンション)

解体される前の美和コーポ。壁が崩落するなど危険な状態だった(2019年5月)
解体される前の美和コーポ。壁が崩落するなど危険な状態だった(2019年5月)

 琵琶湖の南東部に広がる滋賀県野洲市。琵琶湖へ注ぐ野洲川に近い一角に美和コーポは建っていた。鉄骨3階建て(9戸)の建物で、10年ほど前から住人は不在に。管理組合はなく建物の維持・管理がほとんどされないまま、3階の手すりが外れてぶら下がったりする状態になった。2018年6月に発生した大阪府北部地震で外壁が崩れ落ち、台風の被害も加わって中の家具も飛散していた。

 18年8月には、天井梁(はり)の吹き付け材などから人体に有害なレベルのアスベストを検出。市は事態を重く見て、所有者に自主解体を求める説明会を開いたが、所有者9人のうち出席したのは7人。連絡先不明の法人所有者と呼びかけに応じない個人1人は欠席した。7人は建て替えに賛成するが、残る所有者2人の同意が得られず、建て替えは頓挫した。

工費は当初の倍に

 区分所有法では、建物を建て替えるには、区分所有者数と議決権(占有面積)のいずれも5分の4の賛成が必要。美和コーポの場合、5分の4を上回るには8人の賛成が必要になる。このまま美和コーポを放置できないと考えた市は昨年9月、空き家対策特別措置法に基づき、美和コーポを倒壊の恐れがある危険な建物として「特定空き家」に指定。市が行政代執行で解体に着手し、今年6月末に終わったばかりだ。

 解体後の現場の南西には一戸建ての民家が建ち、交通量の多い県道に面している。もし美和コーポが倒壊していたら、と思うと、背筋が寒くなる。近所に住む60代男性に話を聞くと、「数十年前から苦情を入れ続けて、ようやく一安心できた」と胸をなでおろした。それでも、あまりに長い期間にわたって恐怖を感じさせられたことへの怒りも強く、「実害が出たらどうするつもりだったのか」と憤る。

 解体は終わったものの、問題はむしろこれからだ。行政代執行に伴う解体費用は野洲市が負担したが、これを所有者から回収しなければならない。それも、昨年5月の時点で解体費用を5000万~6000万円と見込んでいたが、解体直前の見積もりでは約9000万円に。さらに、実際に解体工事をしてみると崩落部分の状況が想定以上にひどいことが判明した。

 解体費用は結局、工期を3カ月延長したり、別の工法を採用したことなどで、1億1800万円にまで膨れ上がった。市は7月31日付で各所有者に納付命令書を送付したが、1所有者当たりでは約1300万円となり、所有者の1人である70代男性は「右から左へとすぐに払える金額ではない。分割払いなどを市に相談するしかない」と頭を抱える。

 さらに追い打ちをかけるのが、行方不明の法人所有者の存在だ。美和コーポの登記上は、京都府綾部市に所在する法人名義になっているが、野洲市によればその後、法人は京都府亀岡市に移転して商号も変更。野洲市の担当者が亀岡市の所在地や代表者の住所などを訪ねたが、まったく別の会社が存在していたり代表者は実際に住んでいなかったりして、現在も所在をつかめていないという。

解体工事が終了した美和コーポ跡地。きれいに整地され、更地の状態になったが……(2020年7月)
解体工事が終了した美和コーポ跡地。きれいに整地され、更地の状態になったが……(2020年7月)

“逃げ得”許す現状

 この所有者の所在が判明していれば、特定空き家に指定される前に建て替えできた可能性はあるが、所有者の70代男性は、「さまざまな手を講じて居場所を突き止めようとしたが、それもかなわなかった」と振り返る。今なお連絡が取れず、結果として費用を請求することが難しくなっている現状は、言わば“逃げ得”を許している状況だ。

 逃げ得の問題には市も頭を悩ませる。美和コーポの行政代執行を担当する野洲市住宅課は「土地を売って解体費用を回収する方法も考えられるが、さらなる手間や費用がかかり、解体費用を回収できる金額で売れる保証もない」と吐露する。公費で解体している以上、所有者から全額回収できなければ他の納税者の負担となってしまうが、具体的な解決策がなかなか見いだせないでいる。

 美和コーポの問題は、決して人ごとではない。全国に美和コーポの“予備軍”とも言える老朽マンションは数多く存在している。国土交通省によれば、築40年超のマンションは18年末時点で81・4万戸だったのが、28年末には197・8万戸、38年末には366・8万戸へと大幅に増加する見込みだ(図1)。バブル期前後に建てられたマンションが今後、続々と老朽化していくことになる。

 老朽マンション問題に詳しいNPO法人「空家・空地管理センター」の上田真一代表理事は、「所有者が亡くなった後、相続人が相続放棄したり相続しても住居が別にあったりして、管理が放置状態のマンションが全国で多く見られる」と指摘する。これらのマンションの中には、外壁のひび割れや剥落などが出ているものもあり、このままの状況で老朽化が進めば、第2、第3の美和コーポが出かねない。

手遅れになる前に

 所在不明の所有者がいるマンションも、もはや珍しくはない。国土交通省の「マンション総合調査」(18年度)によると、所在不明や連絡先が不通の住戸があるマンションは全体の3・9%を占めている。この傾向はマンションの築年数が古くなればなるほど高くなり、1979年以前に建てられたマンションでは実に13・7%にも達している(図2)。

 政府も老朽マンション問題に本腰を入れている。今年6月には国会で、マンションの建て替え要件を緩和するマンション建て替え円滑化法と、地方自治体にマンション管理組合に対して指導・助言などを可能にするマンション管理適正化法の改正法が成立。老朽化したマンションが管理不全となるのを未然に防ぐ狙いで、21年以降に順次施行される見込みだ。

 マンション建て替え円滑化法では、これまで耐震性不足が認定された場合のみ、所有者の5分の4の同意で敷地売却が可能だったが、今回の改正では外壁が剥落したりするなど危険なマンションに対しても同じ枠組みで売却を可能に。また、建て替え時には容積率を上乗せする特例も適用する。また、危険なマンションを含む団地でも、敷地所有者の5分の4以上の同意で敷地分割を可能とする制度を創設した。

 ただ、こうした法改正はいずれも、マンションが管理不全に陥って美和コーポのような事態になるのを未然に防ぐ狙い。“廃虚”化してしまった後の法制度はまだ整備されていない状態で、手遅れになればマンションの所有者はおろかその相続人や近隣住民、自治体など、誰一人として幸せにならない結末を迎える。まずは老朽マンションの所有者自身が管理のあり方などを見直し、放置することだけは避けなければならない。

(白鳥達哉・編集部)

(本誌初出 老朽マンション編 ルポ 行政代執行で“廃虚”解体 1人に「1300万円」請求=白鳥達哉 20200825)

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