投資・運用どうする? 実家の空き家&老朽マンション

法的リスク&コスト 解説 空き家にしない・持たない相続術と回避策=吉口直希

奈良県王寺町による行政代執行で解体が決まった空き家=2020年6月
奈良県王寺町による行政代執行で解体が決まった空き家=2020年6月

「父よりも前の代の相続から遺産分割せずに放置している地方の不動産が存在する。自分の代で何とか解決したい」「売却もできず空き家状態になっている地方の物件を所有しているが、このまま放置しても大丈夫か」──。筆者の事務所にはこのような相談が寄せられることが少なくない。(空き家&老朽マンション)

 空き家を所有している場合、固定資産税が課税され毎年の支出を余儀なくされるという目に見えるデメリットには気づきやすいが、実はそれ以外にもさまざまな法的リスクを負っている。そのため、空き家を所有している場合、こうした潜在的な法的リスクを認識した上で、事前に対策をしておくことが重要になる。

 まず、空き家を含めて建物を所有している場合、民法717条で定められる「工作物責任」を負うリスクを有している。要は、土地上に存在する危険な物によって他人に損害を及ぼせば、その所有者または占有者がその損害を賠償しなければならないということだ。例えば、空き家が倒壊して通行人にけがをさせたり、隣の建物に損害を与えたりすれば、空き家の所有者は被害者に対して損害賠償を行わなければならない。

 仮に、建物の倒壊などによって通行人に後遺症が残るけがをさせてしまったり、死亡させたりした場合、被害者の年齢や収入にもよるが、空き家の所有者は1億円を超える金額の損害賠償を求められることもありうる。また、空き家の管理の著しい不備によって火災が発生し、それによって他人を死亡させたりけがをさせたりした場合も、同様に高額な損害賠償責任を負うことになる。

 こうした損害賠償リスクの他にも、空き家を放置すれば隣地と訴訟になるリスクもある。例えば、空き家の土地上の樹木の枝が隣地に越境してしまった場合や、台風などの自然災害で空き家の一部や樹木などが倒壊する危険がある場合、隣地の所有者は所有権に基づく樹木の枝の切除の請求や倒壊の予防措置を求めることができる。これらの請求は所有権に基づく請求であるため、空き家所有者の過失の有無は関係ない。

 空き家の所有者が遠方に住んでいることも珍しくないが、隣地の所有者から訴訟を提起されれば、空き家の所在地を管轄する裁判所に出廷しなければならないこともありうる。裁判は平日の日中に行われるため、自分の代わりに弁護士に出廷を依頼すれば、当然ながら弁護士費用の支出も余儀なくされる。つまり、法的リスクを抱えているということは、潜在的なコストも発生しているということだ。

「共有」にしない

 それでは、空き家の所有に伴う法的リスクを避けるには、どのような対策を講じておくべきだろうか。

 空き家状態に至るにはさまざまな理由があるが、相続などによって共有者が多数存在してしまい、空き家の処分について共有者間の合意形成が難しいことが理由になっているケースも多い。現行法では土地や建物などの共有物は共有者全員の同意がないと処分できず、 相続を繰り返して共有者の数が膨れ上がればさらに合意形成は難しくなる。ただ、一共有者に過ぎなくとも、空き家所有に伴う法的リスクは等しく負っている。

 まず、共有状態にしないための事前措置として有効なのは遺言書の作成だ。遺言書が存在しない場合は、相続財産を巡って相続人による遺産分割が必要になるが、遺産分割協議の結果、相続人の誰も不動産の取得を希望せず、かつ売却が困難な不動産であれば、最終的には共有状態のままになってしまうことが多い。そこで、遺言書を作成しておけば、不動産の所有者は単独で引き継ぐ人を指定することができる。

 次に、共有不動産の共有関係から免れる事後措置としては、「相続放棄」や「持ち分放棄」の方法がある。相続放棄とは相続開始を知ってから3カ月以内に家庭裁判所に申し立てを行う手続きだ。相続放棄をした場合は、被相続人(亡くなった人)の死亡時にさかのぼって相続人ではなかったことになるため、相続の発生による共有不動産の取得を免れることができる。

 もっとも、ここで注意しなければならないのは、法定相続人が相続放棄をしたとしても一切の責任を免れるわけではないということだ。民法940条では、相続放棄をした法定相続人は、他に相続する人が空き家を含む遺産の管理を開始するまでは、相続放棄後も遺産から生じた責任を負い続けることを定めている。

 それでは、法定相続人全員が相続放棄すれば、空き家の所有権は誰に帰属することになるのだろうか。この場合、相続人が存在しないことになり、相続人の遺産は形式上、「相続財産法人」と呼ばれる法人のものになる。その上で、「相続財産管理人」と呼ばれる人が相続財産を管理した上で、最終的には相続財産は国庫に帰属することになる。

 この方法は一見、誰も取得を望まない不動産を国に“押し付ける”ことが可能なように思える。しかし、相続財産管理人を選任する手続きは自動的に進行するものではなく、利害関係人が家庭裁判所に申し立てをする必要がある。また、申し立てにあたっては、数十万円から100万円程度の予納金の納付も求められる。この手続きをしなければ、相続放棄をしたとしても管理責任は負い続けなければならない。

「持ち分放棄」で離脱

 取得を望まないにもかかわらず、共有状態に至ってしまった場合の対策方法としては、「共有持ち分放棄」という方法がある。所有権の放棄は現行法上認められないが、持ち分権の放棄については認められている(民法255条)。したがって、不動産にかかわりたくない共有者は、持ち分を放棄することによって共有状態から離脱することができる。

 持ち分放棄を行った場合、放棄した持ち分は他の共有者に帰属することになるが、単独で所有している人は所有権の放棄は認められない。そのため、共有者が次々に持ち分を放棄していけば、この不動産が最後まで放棄しなかった人の単独所有となるため、共有者の誰も所有を望まない不動産については、持ち分の放棄はいわば“早い者勝ち”となる。

 注意しなければならないのは、持ち分放棄を行うことによる他の共有者との関係である。通常、持ち分の放棄をする場合は、他の持ち分権者に対して放棄の意思表示をする。空き家は親族間で共有することが多いことを考えると、持ち分の放棄は他の共有者である親族にも知られることになる。何ら解決方法も示さずに放棄をしたりすると、共有者の他の親族との関係が悪くなることもありうる。

 相続人の間で空き家の他にも遺産分割をしなければならない場合は、共有持ち分放棄を行うにあたり、こうした点に考慮が必要な場面も出てくる。このように、一度不動産の共有状態が生じてしまえば、所有権の放棄が認められていない現行法上、共有状態を解消するのは容易ではないことが少なくない。専門家に相談して早めに対策を講じておくことをお勧めしたい。

(吉口直希・吉口総合法律事務所弁護士)

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