テクノロジー

統一QRコードがうまく行かない本当の理由

    MPM方式はコード決済サービスごとにQRコードを掲示する必要がある(筆者撮影)
    MPM方式はコード決済サービスごとにQRコードを掲示する必要がある(筆者撮影)

     キャッシュレス決済を簡便化する目的で始まった「統一QRコード」事業だが、利用者の少なさや事業者との思惑の違いなど、課題は山積している。

     QRコード、またはバーコードを使ってスマートフォンで決済を行う「コード決済」は近年、乱立と過当競争の波にさらされている。各種還元を謳(うた)う大型キャンペーンで、利用者に恩恵を与えつつ、一方でサービスの多さからくる複雑性が混乱を呼んでいる。

     より深刻なのは、コード決済を導入する小売店だ。利用者の利便性を考えれば20近くの競合があるコード決済サービスすべてと契約する必要があり、対応QRコードが契約した数だけレジまわりに並ぶことになる。これは、控えめに言っても非常に効率が悪いと言わざるを得ないだろう。

     この問題を解決すべく登場したのが、統一QRコード・バーコード事業「JPQR」だ。総務省と経済産業省の二つの省庁に加え、多数の法人・団体の会員で構成される一般社団法人キャッシュレス推進協議会が規格策定に参加する。

    各サービスのQRコードを一つに統一できる「JPQR」(筆者撮影)
    各サービスのQRコードを一つに統一できる「JPQR」(筆者撮影)

     コード決済には、顧客提示型(CPM)と店舗提示型(MPM)という2種類の方式がある。CPMは、利用者が自身のスマホ画面にQRコードやバーコードを表示し、それを店舗側が読み取ることで決済する。MPMはあらかじめ店舗側が、主に紙に印刷したQRコード(静的QRコード)を掲示し、利用者がスマホのカメラで読み込んだ上で支払う金額を入力し、店員にその都度確認してもらうという方式だ。決済サービスごとにQRコードを用意する必要があり、掲示場所の確保などに課題がある半面、専用設備を導入する必要がなくコストがほとんどかからないため、特に中小の店舗で好まれて導入されている。

     JPQRではCPMとMPMの両方式に対応するが、特に重要となるのがMPM方式で、JPQRであればレジまわりのQRコードを一つに統一できる。そのため、サービスの数だけ印刷物を並べずに済み、非常に簡素になる。利用者も自分が使いたい決済のアプリを立ち上げてJPQRのコードを読み込むだけでいいので、手間がない。また、JPQRでは同決済を導入する店舗支援として、一度の申請で、同時に複数の決済事業者との加盟店契約が可能な仕組みも提案しており、この点での簡便さも大きな特徴としている。

     昨年8月には岩手、長野、和歌山、福岡の4県で実証実験が始まり、後に栃木も加え、2019年度中に計1万2000店舗で先行導入された。今年6月22日には一般申請が開始され、全国へ拡大することになった。

    進まない周知

     一見メリットしかないようにも思えるJPQRだが、その前途は多難だ。7月中旬の総務省の発表によれば、加盟店の申し込み件数は、わずか900件にとどまっている。総務省の担当者は「申し込みがインターネット経由のみという受け身姿勢が一因にはある。今後は全国の商工会議所などを通じて広くJPQRを周知し、利用拡大に努めていく」という。

     全国展開は開始されたばかりだが、先行導入地域ではすでに1年近く利用が続いており、さまざまな課題が見えつつある。

    JPQRを先行導入した諏訪園(筆者撮影)
    JPQRを先行導入した諏訪園(筆者撮影)

     和歌山市内で茶屋を営む諏訪園は、実証実験開始初日にJPQR運用を始めた店舗の一つだが、導入から半年ほど経過した昨年12月に取材したところ、「導入初日は関係者が多く集まり試していたが、それ以降は両手で数えるほどしか利用されていない。サービスごとに売上金が別々に計上され、管理画面が異なるのも不便」という。

     コード決済サービスごとに入金にかかる日数や、入金手数料が無料になる条件などが違うという課題もある。たとえば、決済回数の少なかったコード決済サービスから売り上げを入金してもらおうとすると、入金手数料のコストのほうが高くなる可能性もあるのだ。

    諏訪園で掲示されているJPQRコード。すべてのコード決済サービスに対応しているわけではない(筆者撮影)
    諏訪園で掲示されているJPQRコード。すべてのコード決済サービスに対応しているわけではない(筆者撮影)

     また、現時点で18のコード決済サービスがMPM方式でのJPQR参加を表明しているが、必ずしもすべてがJPQR導入店舗で利用できるとは限らない。どのコード決済サービスと契約するか、あるいは利用可能かは店舗側の判断に委ねられるため、利用者はその都度JPQRのコードに付与された利用可能サービスのシールを確認する必要がある点には注意が必要だ。

     一方でこうした状況に対し、入金手数料を無料とする条件の引き下げや、以前はサービスごとに存在していた管理画面を資産管理ツールのマネーフォワードに統一するなどで改善を進めている。また、現在はすべてのコード決済サービスに対応しているわけではないが、「準備ができしだい対応する」(総務省担当者)としている。地方都市では利用が少なく、売り上げが細かく分散するという問題は依然として残っているが、利用店舗からの不満の声を受けて改善していく試みは評価できるだろう。

    個別契約を優先

     JPQRの全国展開発表後、サービス各社の加盟店手数料が公開され、大きな話題になった(表)。

     ペイペイは個別契約時、21年9月までは決済手数料を無料にしており、多くの加盟店を引きつけている。同社では21年9月以降の個別契約時の手数料については明言していないが、関係者の間では、ペイペイでの決済回数が規定に達するなどの「条件付き」で、引き続き無料にするとうわさされている。

     一方でJPQR経由で契約を申し込んだ場合は、1・99%から2・59%の手数料が段階的に適用、21年10月以降は3・24%まで引き上げられる。つまり「JPQR経由で申し込むと手数料をとるが、個別契約なら免除する」ことで、個別契約へ誘導する狙いだ。

     ペイペイはソフトバンクグループの総力を結集し、全国へ大規模な営業部隊を展開して加盟店開拓を行っている。結果的にJPQRを通じて他社に相乗りされるよりは、独自契約を重視したいという考えなのだろう。コード決済シェアで5割から6割を占めると言われるペイペイだが、それだけに利用者の誘導効果も高く、周囲に与える影響は決して小さくない。

     総務省担当者の話にもあるように、JPQRは認知そのものが不足しており、テレビCMやキャンペーンを通じて全国的に知名度のあるペイペイほど、小売店や利用者には知られていない。ペイペイの加盟店数は今年5月時点で220万店を突破。同社によれば日本全国の小売店数は約550万店とのことで、最終的に100%に近い水準到達が目標となる。一方、JPQRは現状では非常にスローペースで、ペイペイの1%程度の水準にとどまっている。この差を埋めるのは容易ではない上、利用者が「ペイペイさえあれば十分」と考えて加盟店の個別契約が進めば、今後さらにペイペイとそれ以外での差は広がっていくだろう。

    現状打破の手数料開示

     中小小売りを対象とした加盟店開拓で苦戦し、事業者の取り組み具合に差も出ているJPQRだが、希望の一つは江崎グリコが提供するオフィスグリコだ。

     東名阪に福岡を加えた4都市圏で、事務所設置型の菓子販売サービスを行うオフィスグリコは、従来の現金販売に加え、昨年よりペイペイとラインペイに対応し、それぞれのサービスについて、据え付けのQRコードを読み込むことで支払いが可能になった。さらに一部ではd払いとメルペイなどの導入テストも行っており(2社のコードは共通)、今後も利用動向を見ながら対応サービスを増やしていく可能性を示唆している。7月には霞が関限定でJPQRのテストも開始した。

    オフィスグリコのようなオフィス内での販売サービスは、JPQRの希望となる可能性がある(筆者撮影)
    オフィスグリコのようなオフィス内での販売サービスは、JPQRの希望となる可能性がある(筆者撮影)

     江崎グリコの担当者は、「世間でキャッシュレス決済が増えるのと同様のペースで、オフィスグリコでのコード決済利用も広がっている。JPQR導入はあくまで試験的なものだが、今後コード決済が増えたときに一つのQRコードで済むのは利便性向上の上で有利だ。これを全国展開するか、すでに導入しているサービス以外にも増やすかは、手数料や固定費を見ながら、ビジネスでの有益性を考えて判断する」としている。

     なお、同担当者によれば詳細は公開できないが、JPQRを通じてペイペイで決済を行った場合でも、公に表示されている手数料とは異なるという。もともと同社はペイペイとの個別契約を交わした上で手数料無料で決済を利用しており、これがJPQRでのペイペイとの契約にも影響しているというわけだ。大手加盟店ほど利用状況を鑑みて手数料の個別交渉が可能であり、一様ではないことを示している。

     JPQRが具体的な手数料を公開して加盟店募集を行った背景には、クレジットカード業界で常態化している「加盟店手数料を外部公開しない」という習慣に真っ向から立ち向かうという狙いがある。手数料は業態によって大きく異なり、利用回数が多くて交渉能力もある大手小売りほど低い決済手数料を勝ち取る傾向があり、料率も1%から10%程度まで非常に幅広い。

     手数料をあらかじめ明示することで現状の打破を狙ったJPQRではあるが、一方で交渉による手数料の引き下げという習慣は続いているわけで、状況を覆すのはなかなかままならないものだ。

    (鈴木淳也・モバイル決済ジャーナリスト)

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    この記事は本誌9月1日号『1年間で導入わずか900件 統一QRコード事業の苦難=鈴木淳也』を加筆したものです。

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