国際・政治

フィアットクライスラーと韓国・現代自動車の合併を目論む米政権がおびえる中国の影--背後にある米中ハイテク覇権めぐる攻防

    世界4位になるはずの米伊FCAと仏PSA Bloomberg
    世界4位になるはずの米伊FCAと仏PSA Bloomberg

     伊米連合の自動車大手FCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)は昨年末、プジョーを傘下に持つ仏自動車グループのPSAと対等合併すると発表した。これに対し、米政府は合併を阻止し、FCAと韓国の現代自動車との経営統合を模索している。その背景には、PSAとの関係が深い中国・東風汽車集団への警戒、華為技術(ファーウェイ)の排除など、対中強硬論がある。FCAとPSA経営統合はいまや、米中ハイテク覇権をめぐる攻防の象徴的な存在となっている。

    ・・・・・・この記事は8月28日に公開した『フィアットクライスラーと韓国・現代自動車の合併を目論む米政権、大統領選の劣勢から起死回生を狙う』の記事を加筆し、再構成したものです。・・・・・・

    大統領選を意識した再編劇

     ワシントンに本拠を置くキャピトル・インテリジェンス・グループ(CIG)が信頼できる政府高官から聞いた情報によると、自動車業界の再編シナリオはトランプ大統領の意向を強く反映したものという。FCAが発表した2020年第2四半期(4~6月期)の最終損益は10億4800万ユーロ(約1300億円)の赤字(前年同期は46億5200万ユーロの黒字)だった。また、現代自の20年4~6月期の連結純利益は前年同期比62%減の3770億ウォン(約340億円)にとどまった。

     両社とも厳しい経営環境に置かれ、新型コロナウイルスによる不況が長引けば、人員削減や工場閉鎖なども具体化しかねない。FCA傘下のクライスラーは、かつては米自動車大手3社「ビッグ3」の一角として、米国の経済や雇用に大きな役割を果たしてきた。

    ドナルド・トランプ米大統領=西田進一郎撮影
    ドナルド・トランプ米大統領=西田進一郎撮影

     トランプ大統領は、米国で暮らし向きが悪くなっている労働者や中産階級の支持を得て当選しただけに、クライスラーの再建や自動車産業の再編に積極的だとアピールできれば、雇用創出にもつながり、11月3日の大統領選に有利に働く。

    国家安全保障にかかわるCFIUSが動いたワケ

     しかし、トランプ政権の思惑とは裏腹に、FCAは昨秋、仏自動車グループのPSAと合併すると発表した。米政権が描く米韓の再編シナリオは幻に終わったと思われたが、FCAと現代自との合併実現に向け、対米外国投資委員会(CFIUS)がいまも合併阻止に向けた活動を続けている。

     CFIUSとは、米国企業や事業への外国からの直接投資が国家安全保障にどのような影響を及ぼすかを審査・規制する財務省主導の省庁間委員会だ。国家安全保障上にかかわる買収案件などを阻止する役割を担う。国防総省、国務省、商務省を含めた16の省庁の代表者と国土安全保障省で構成され、財務長官が議長を務める。1975年、当時のジェラルド・フォード大統領が大統領令を発動し、発足した。

    PSA株を保有する中国2位の東風汽車

     CFIUSがPSAとFCAの経営統合に難色を示す最大の理由は、中国第2の自動車大手、東風汽車がPSAに出資しているからだ。ムニューシン財務長官がCFIUSの議長を務めるものの、この件に関しては、トランプ大統領の長男であるドン・ジュニア氏と、対中強硬派で知られるピーター・ナバロ大統領補佐官(通商担当)が中心的な役割を演じている。

    2019年の上海自動車ショーでプラグインのハイブリッド車を発表した東風汽車(Bloomberg)
    2019年の上海自動車ショーでプラグインのハイブリッド車を発表した東風汽車(Bloomberg)

     ブルームバーグ・ニュースは19年12月18日、東風汽車が保有するPSA株式約12%の一部を放出し、持ち分を4.5%に低下させることが判明したと報じた。東風汽車が出資比率を自ら引き下げた理由は、米企業に中国資本が入ることを嫌うCFIUSから規制の対象外にしたい、との狙いがあったとみられる。東風汽車はその後、新型コロナウイルスの感染拡大で同社の株価が暴落したため、今年4月にPSA株式の売却計画を見直すと発表した。ただ、詳細については公表していない。

    ファーウェイの技術を使ったPSAのコネクテッドカー

     米自動車会社の技術や知的財産が中国側に流出する可能性も指摘される。ゼネラルモーターズ(GM)は17年11月、欧州の自動車部門オペルをPSAに売却したことから、PSA傘下の独オペル(現在はPSAのドイツ現地法人)を通じてGMの技術が流出することを危惧している。FCAとPSAの合併には、GMの技術流出が絡んでいるので、CFIUSも見逃せないと判断したのではないか。

     より注目されるのは、PSAの自動車工場の生産ラインに中国の通信機器大手、ファーウェイが深くかかわっている事実だ。PSAは18年4月末、独ハノーバーで開催された産業見本市で、PSAの車両をベースにしたコネクテッドカーを公開した。その際、通信回線の高速化などでファーウェイの技術力を導入することを明らかにした。

    世界最大級の家電IT見本市「CES」に出展した中国の通信機器大手・華為技術(ファーウェイ)のブース=米ネバダ州ラスベガスで2020年1月、中井正裕撮影
    世界最大級の家電IT見本市「CES」に出展した中国の通信機器大手・華為技術(ファーウェイ)のブース=米ネバダ州ラスベガスで2020年1月、中井正裕撮影

     米国が安全保障上の脅威とみて排除したファーウェイと関係が深いPSAがFCAと合併すれば、FCAが製造したスマートカーに入ったファーウェイの通信デバイスを通じて、FCAカーを利用する米国人の情報が中国側に筒抜けとなる恐れがある。

     こうした状況下、FCAとPSAは今年7月15日、合併後の新会社の名称を「ステランティス」(STELLANTIS)に決定したことを明らかにした。両社は21年第1四半期に合併作業を完了するとしている。合併すれば、世界市場における新車販売台数でフォルクスワーゲングループなどに次いで、世界4位の自動車グループに躍り出る。

     ただ、合併まですんなりと辿り着くとは限らない。PSAが実質的に中国の影響下にある以上、米国は今後もFCAとの合併を阻止し、現代自との経営統合を推進するとみられるからだ。FCAとPSAの合併問題は、米中ハイテク戦争の最前線となっている。

    (ピーター・セムラー:キャピトル・インテリジェンス・グループ(CIG)オーナー兼最高編集責任者/阿部直哉・CIG東京特派員)

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