経済・企業 コロナ再編
フィアットクライスラーと韓国・現代自動車の合併を目論む米政権、大統領選の劣勢から起死回生を狙う
米大統領選挙戦を控え、トランプ政権が水面下で自動車業界の再編に乗り出していることが分かった。伊米連合の自動車大手FCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)と韓国の現代自動車を経営統合させるというシナリオだ。
動いたのは対米外国投資委員会CFIUS
ワシントンに本拠を置くキャピトル・インテリジェンス・グループ(CIG)が信頼できる政府高官から聞いた情報によると、今回の再編シナリオは対米外国投資委員会(CFIUS)で練られたという。CFIUSとは、米国企業や事業への外国からの直接投資が米国家安全保障にどのような影響を及ぼすかを審査・規制する財務省主導の省庁間委員会だ。
再編シナリオの動きはトランプ大統領の意向を強く反映したものだ。FCAが発表した20年第2四半期(4~6月期)の最終損益は10億4800万ユーロ(約1300億円)の赤字(前年同期は46億5200万ユーロの黒字)だった。また、現代自の20年4~6月期の連結純利益は前年同期比62%減の3770億ウォン(約340億円)にとどまった。
両社とも厳しい経営環境に置かれ、新型コロナによる不況が長引けば、人員削減や工場閉鎖なども具体化しかねない。FCA傘下のクライスラーは、かつては米自動車大手3社「ビッグ3」の一角として、米国の経済や雇用に大きな役割を果たしてきた。
大統領選のアピール材料
トランプ大統領は、米国で暮らし向きが悪くなっている労働者や中産階級の支持を得て当選しただけに、クライスラーの再建や自動車産業の再編に積極的だとアピールできれば選挙に有利に働く。
しかし、トランプ政権の思惑とは裏腹に、FCAは昨秋、プジョーを傘下に持つ仏自動車グループのPSAと合併すると発表。米政権が描く米韓の再編シナリオは幻に終わったと思われたが、FCAと現代自との合併実現に向け、米政権はいまも活動を続けているという。
トランプ政権が目論む自動車業界の再編シナリオについて、ニューヨーク在住の証券アナリストは「合併するかどうかは企業同士で判断するもの。国家安全保障にかかわる企業合併で政治が介入してくるケースは珍しくないものの、CFIUS主導による再編は聞いたことがない」と指摘する。
CFIUSは本来、国家安全保障上にかかわる買収案件などを阻止する役割を果たす。国防総省、国務省、商務省を含めた16の省庁の代表者と国土安全保障省で構成され、財務長官が議長を務める。1975年、当時のジェラルド・フォード大統領が大統領令を発動し、発足した。
現在、運営はムニューシン財務長官がリード役を務めるはずだが、この件に関しては、トランプ大統領の長男であるドン・ジュニア氏と、ピーター・ナバロ大統領補佐官(通商担当)主導で進められているという。
同証券アナリストは、「大統領の息子やナバロ大統領補佐官が関わっているとすれば、合併による雇用創出の実績を有権者にアピールしたいトランプ氏が敢えて側近を配置したと思われても仕方ない」と解説する。
日産も加わるシナリオ
再編に、日産自動車が加わるというシナリオも浮上している。ただ、現時点ではあくまでも構想の一部とされる。
FCAとPSAは今年7月15日、合併後の新会社の名称を「ステランティス」(STELLANTIS)に決定したことを明らかにした。両社は21年第1四半期に合併作業を完了するとしている。合併すれば、世界市場における新車販売台数でフォルクスワーゲングループなどに次いで、世界第4位の自動車グループに躍り出る。
こうした動きを踏まえると、いまのところFCAとPSAとの経営統合が破談する可能性は低い。かといって、大統領選挙にかかわる世論調査で劣勢に立たされるトランプ陣営が、起死回生を狙った再建シナリオを簡単にはあきらめないとの見方も否定できないだろう。
(ピーター・セムラー:キャピトル・インテリジェンス・グループ(CIG)最高編集責任者/阿部直哉・CIG東京特派員)