国際・政治 北朝鮮を揺るがすコロナ
独裁体制に大きな変化 北朝鮮が「金正恩個人支配」から「集団指導体制」へ移行する兆し?
北朝鮮国内での報道に史上かつてない変化が……
9年前、金正日が死去した際には、全国紙の一面トップに「金正日総書記死去――北朝鮮、集団指導体制に」との表題が載り、NHKをはじめとするテレビ各局でも「集団指導体制」への移行可能性が論じられた。
しかし、それから2年も経たない間に、軍の高位級幹部が粛清され、金正恩の叔父である張成沢(チャン・ソンテク)国防委員会副委員長は処刑された。新たな指導者は、先代がそうしてきたように、個人支配の性格を強めてきたということだ。
その後、今に至るまで、党、国家、軍の幹部は目まぐるしく入れ替わっている。頻繁な人事は、一人の人物に権力が集中しているからこそ可能なことであり、用語の定義によるとはいえ、とても「集団指導体制」には見えない。
ただ、ここにきて、北朝鮮の報道ぶりに数々の異変が見られるようになった。
金正恩以外が1面に登場する理由は?
9月1日付『労働新聞』は、党中央軍事委員会副委員長の李炳哲(リ・ビョンチョル)、党中央委員会副委員長で元内閣総理の朴奉珠(パク・ポンジュ)、前内閣総理の金才龍(キム・ジェリョン)ら複数の幹部が、それぞれ各農場における台風被害からの復旧状況を確認し、指導したことが報じられたのである。
何がおかしいかお分かりだろうか。
北朝鮮で金正恩以外が「指導」するのは前代未聞である。
これまで「唯一思想体系」「唯一領導体系」を堅持してきた同国では、三代の最高指導者以外が「指導」するなど想像もつかなかった。
幹部たちはあくまでも現地の状況を「了解」したと報じられるに過ぎない存在であった。
しかも、これらの記事は写真入りで1面トップを飾り、故人の霊前に花かごを送ったという金正恩の動静報道よりも先に報じられた。
『労働新聞』を読み続けている筆者にとっては見たことのない構図であり、大変な驚きである。
最高指導者以外の人物の活動が写真入りで1面トップに掲載されるのは、朝鮮戦争以前にしか見た覚えがない。
いずれにせよ、金正恩が各地を現地指導して、その全知全能ぶりを発揮するというやり方を大きく変えようとしている予兆である。
コロナの影響なのか、今春から金正恩が現地指導したり軍部隊を視察したりするという動静報道が激減した代わりに、党の会議が頻繁に開かれ、いわば「会議政治」の様子ばかりが目立つようになった。
「偉大なる領導者」が「司会」?
そこにも異変が見られる。
これまで党・国家の会議を数多く「指導」してきた金正恩が、6月以降は「司会」するようになったのである。
4月11日の党政治局会議や5月23日の党中央軍事委員会拡大会議の報道では、金正恩が「指導」していたが、6月7日の党政治局会議、23日の党中央軍事委員会予備会議などでは、金正恩が「司会」したことが報じられた。
金正恩が「参加」したという記述も目に付く。「司会」も「参加」も、責任の所在を明示する「指導」とは語感が異なる。
ビジュアルだともっと分かりやすい。
2月28日の党政治局拡大会議では、雛壇に金正恩1人だけが着席するという従来の形式だったが、7月2日に同じ会議が開催された際には、雛壇に常務委員全員、すなわち金正恩のほか崔龍海(チェ・リョンヘ)と朴奉珠が座っていた。
さらに、8月13日の党政治局会議では、新たに常務委員に任命された金徳訓(キム・ドックン)と李柄哲も加わり、計5人が雛壇に着席した。
党中央軍事委員会でも同様に、5月23日の拡大会議では、雛壇に金正恩1人だけだったが、7月18日の同会議では新副委員長の李炳哲が金正恩の隣に座った。
いずれの画像を見ても、金正恩の机だけが大きく、彼が圧倒的な存在であることには変わりない。
金正恩の神格化も徐々にだが着実に進んでいる。
しかし、形式的であれ、「集団指導体制」を演出するような動きが随所に、明確に見られるようになったのである。
それらは、リスクヘッジ、悪く言えば責任回避である。
これまで金正恩は一貫して人民生活の向上を掲げてきたが、非核化交渉が進まない中で経済制裁は一向に解除されないままだ。
今年が最終年度であったはずの「国家経済発展五か年戦略」も頓挫した。
金正恩体制を揺るがす「三重苦」
しかも今年に入ってから、金正恩が言うところの「二つの危機」、すなわちコロナと水害が加わり、経済制裁とあわせて「三重苦」に陥ったことが大きい。
そのような状況では、全てが金正恩の「指導」によるものとするより、幹部達にも経済の現場を「指導」させ、党中央委員会政治局や党中央軍事委員会による機関決定を重視したほうが都合が良い。金正恩一人が責任を負う形を避けているのである。
その総仕上げが来年1月に開催予定とされる第8回党大会である。8月19日付の「党中央委員会第7期第6回全員会議決定書」は、次のことを明らかにした(『労働新聞』8月20日付)。
1.朝鮮労働党第8回大会を主体110(2021)年1月に招集する。
2.朝鮮労働党第8回大会の議題は次の通りである。
1)朝鮮労働党中央委員会事業総括
2)朝鮮労働党中央検査委員会事業総括
3)朝鮮労働党規約改正について
4)朝鮮労働党中央指導機関選挙
3.朝鮮労働党第8回大会代表者選出比率は党員1,300人あたり決議権代表者1人、候補党員1,300人あたり発言権代表者1人とする。
注目すべきは、「党規約改正」が事前に議題に盛り込まれていることだ。
これまでの報道ぶりからして、党機関の大幅な再編が断行されるのは間違いない。
指摘されてきた金正恩の健康問題などが緊急性を帯びるものであれば、五か月後の党大会まで悠長に構えてはいられないだろう。
むしろ、ある程度の時間を掛けて準備し、今後の党のあり方、国家のあり方を示す場になるものと考えられる。
礒﨑敦仁(いそざき あつひと)
慶應義塾大学准教授。一九七五年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部在学中、上海師範大学で中国語を学ぶ。慶應義塾大学大学院修士課程修了後、ソウル大学大学院博士課程留学。在中国日本国大使館専門調査員、外務省第三国際情報官室専門分析員、警察大学校専門講師、東京大学非常勤講師、ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロー・ウィルソンセンター客員研究員などを歴任。総合旅行業務取扱管理者資格を保有し、日本カジノスクールでバカラ実技講師も務めた。観光、学術交流のほかKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)代表団の一員としても訪朝歴。著書に『北朝鮮と観光』(毎日新聞出版)、共著に『新版 北朝鮮入門』(東洋経済新報社、二〇一七年)、『北朝鮮と人間の安全保障』(慶應義塾大学出版会、二〇〇九年)ほか。