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お金ではなく「時間」をやりとりする新たな経済の誕生? 日本が発祥、スペインで目下流行中の「時間銀行」とはどういうものか

    シャビエルさん(左端)の指導で揚げ物を習う、パブロさん(中央奥左)ら「ポン・ダル・ディモニ」時間銀行メンバー。7カ国の出身者が集まっている(撮影=篠田有史)
    シャビエルさん(左端)の指導で揚げ物を習う、パブロさん(中央奥左)ら「ポン・ダル・ディモニ」時間銀行メンバー。7カ国の出身者が集まっている(撮影=篠田有史)

    「私たちの時間銀行では、多様な文化背景を持つ平均年齢40歳前後のメンバーが、時間とサービスのやり取りをしています」

     そう話すのは、カタルーニャ州ジローナにある「ポン・ダル・ディモニ」時間銀行の運営管理者の一人、元電話会社技術者のパブロ・リドイさん(60)だ。彼らの時間銀行には890人のメンバーがおり、大半の人が独自のウェブサイトに自分の時間預金口座を持っている。各メンバーの連絡先と提供できるサービスもサイトに掲載されているので、サービスは直接頼んでもいいし、パブロさんのような運営管理者を通して依頼してもいい。

     昨年5月、パブロさんに誘われ、コミュニティーセンター内の無料で使える調理室を訪れると、黒いエプロンの男性シャビエルさん(69)を囲み、12人が揚げ物とサラダとデザートを作っていた。シャビエルさんが「市販のホットケーキミックスを使うと簡単さ」と言うと、「これなら私にもできそう」などとおしゃべりをしながら、皆が手を動かす。「簡単料理レッスン」だ。

     生徒は皆で、講師にレッスン料「計2時間半」と材料費1人約250円相当を払い、できあがった料理をワイン片手に共に味わう。「ここには異なる経歴の人が集っています」と、パブロさん。講師のシャビエルさんは船会社に勤めた後、マリーナの食堂で働いた経験をここで生かしている。「私はパブロに時間と引き換えに、ブログ作成を教わったよ」。

     時間銀行を通して生まれたつながりは、いろんな場面で頼りになるようだ。

    時間を預金する

     通常、私たちはなにかサービスを必要とする場合、お金を払って手に入れる。だが、時間銀行では、金銭のやりとりはない。サービスを提供した人は、お金の代わりに時間をもらうのだ。AさんがBさんに1時間ピアノを教えたら、Aさんはレッスン料として「1時間」の「時間預金」を手にする。その預金を使って、今度は自分が必要なサービスを、時間銀行のメンバーに依頼できる。

     重要なのは、このやり取りがAさんとBさんの間だけでなく、仕組みに同意して参加する人々のグループ内で、多方向的に行われる点だ。Aさんは、ピアノを教えて得た「1時間」を、例えばCさんにパエリア作りを習うために使うこともできる。子ども好きのBさんは、Dさんの娘のベビーシッターをして「2時間」受け取り、それでCさんにパーティー料理を頼むことも。Cさんは「3時間」の預金の一部を使って、Eさんに愛犬の散歩を頼み……と、お金抜きで人のつながりが築かれていく。

     システムを説明しよう。基本的には、まず同じ地域や学校など、近い所にいる者同士で「〇〇時間銀行」というグループを作る。その中で運営管理の担当者(事務局)を数人決め、彼らを通じて時間銀行に、自分が人に提供できるサービス──「英会話」「パソコンの修理」「買い物の代行」など──を登録。必要な時にサービスを頼んだり、頼まれたりするのだ。その際、依頼した人はかかった時間を提供者に支払い、提供者はそれを「時間預金」として、自分がサービスを頼む際に利用する。メンバー間で何か頼む時は、頼るばかりで申し訳ない、と思う必要がない。時間で返すか、いずれ自分が依頼に応えることで、「持ちつ持たれつ」になるからだ。

    親戚のようになる

     スペインでは、時間銀行は約20年前に始まった。家事や子育て、仕事など、いくつもの役割を担う女性の負担を減らすために役立つ、と考えられたからだ。2008年のリーマン・ショック以降は、都市部を中心に、さまざまな職種・階層の人が関わる形で広がりを見せる。経済危機に直面し、既存の資本主義社会にはびこる競争主義や拝金主義に疑問を抱いた都市住民が、異なる生き方を求めて取り組みはじめたケースも多い。

    マドリードのプエルタ・デル・ソル広場。緊急事態宣言下は人もまばらだった(Bloomberg)
    マドリードのプエルタ・デル・ソル広場。緊急事態宣言下は人もまばらだった(Bloomberg)

     日本に比べれば人付き合いが濃厚なスペインだが、都市部では一人暮らしの若者や高齢者、移民家庭など、近くに頼れる人がいない者も多い。そこへ、いきなり新型コロナウイルスのパンデミックで外出禁止となれば、孤立無援となる人も。そんな時、時間銀行が築いた関係が人を救う。

     長年スペインで時間銀行を推進するフリオ・ヒスベールさん(56)は今、時間銀行を新たな形で発展させることを目指す。「個人だけでなく、グループで時間預金口座を持って、地域の時間銀行に参加する形を試しています。名付けて、『ケア・コミュニティー(CC)』。個人として提供できるサービスは思いつかない、やれる自信がないという人もCCに入れることで、地域住民皆が支え合い、共に成長できる環境を創りたいのです」。

     フリオさんは、首都マドリードのラス・レトラス地区の時間銀行(メンバー80人)の中に、時間銀行メンバーとその隣人でメンバーではなかった人とを組み合わせたグループ=CCを複数作り、CCとして時間とサービスのやり取りをしてもらっている。

     時間銀行メンバーで、CCの一つに所属する老夫婦は、こう語る。「私たちのCCは、同じアパートに住む時間銀行仲間の大学生、一人暮らしの未亡人、シリア人難民一家と私たちの、計8人です。誰でもCCの時間預金(共有財産)を使って、ほかのCCのメンバーのサービスを受けられます」。

     例えば、シリア人一家の子どもは、別のCCのメンバーから英会話レッスンを受け、レッスン料をCCの時間預金から相手CCへ支払った。また、ほかのCCが実施したオンライン講演会にCCメンバー皆で参加し、CCの預金で相手CCに時間を払った。「CC内でも、シリア人夫妻が未亡人にスペイン語を習ったり、私たちが大学生にスマートフォンの使い方を教わり、代わりに料理を届けたりと、自然に助け合っています」。

     CCがあることで、CC内に大家族のような絆が生まれ、地域全体が「親戚の集まり」のようになったという。

    暮らしを豊かにする

    「同じスペイン語やポルトガル語を話す国々とのネットワーク作りも進んでいます」

     フリオさんを中心に今年、スペインに300近くある時間銀行の中の計30と、中南米諸国とポルトガルの時間銀行がつながって、「イベロアメリカ時間銀行協会」がつくられた。そこでは、11カ国の時間銀行運営管理者70人以上がオンラインで集まり、取り組みをシェアしている。庶民の暮らしを豊かにするツールとなる時間銀行は、コロナ禍が続く現在、その存在意義が高まっているのだ。

     感染者数では欧州最大の60万3167人。死者も英国、イタリア、フランスに次ぐ4番目の3万4人(米ジョンズ・ホプキンズ大学の発表を基にNHKが作成、9月17日現在)。スペインの人々は、この半年、厳しい状況を生きてきた。3月中旬から約3カ月続いた緊急事態宣言下では、感染リスクの高い高齢者は買い物すらはばかられた。普段以上に助け合いが必要な際に、時間銀行という相互扶助の基盤を持つ人たちは、自然に手を差し伸べあっている。「世界中どこでも、1時間は1時間。時間の価値は共通です」とフリオさん。

     共通価値を通じた人間ネットワークが今、人々の暮らしを支えている。

    (工藤律子・ジャーナリスト)


    「時間銀行」の創始者は日本人?

     スペイン語圏における時間銀行の発展に中心的な役割を果たすフリオ・ヒスベールさんによれば、世界で最初に時間銀行のような取り組みを行ったのは、実は日本人だという。1973年に大阪で、水島照子さんが「ボランティア労力銀行(現ボランティア労力ネットワーク)」を作り、女性たちが仕事や子育ての多忙な時期、介護が必要な時などに、時間を単位に助け合うネットワークを築いたことに始まる。

     そして80年代に入ると米国で、エドガー・カーン博士が「タイムダラー(後のタイムバンク)」を提案し、95年、「タイムバンクスUSA」を設立する。米国における公共サービスへの支出が削減されるなか、お金の有無に関わらず、さまざまな人が支え合うことで、誰もが安心して暮らせるコミュニティーを作ろうと考えたからだ。

     この動きは、各地域や担い手のニーズに合わせて形を変えながら、世界へ広がった。例えば米国と同様の社会状況にあった英国では、98年に時間銀行第1号が誕生。現在、全国に約280の時間銀行がある。

    (工藤律子)

    (本誌初出 スペインで広がる「時間銀行」 金銭抜きでサービスを交換=工藤律子 20201006)

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