「ファーウェイがスマホ撤退」の真相……アメリカの規制で半導体を確保できず新スマホの供給も微妙な情勢に
米中対立、その最前線に立たされているのが中国通信機器・端末大手の華為技術(ファーウェイ)だ。
新時代の基幹テクノロジーである5G通信において、通信キャリア向けの基地局とコンシューマー向けのスマートフォンにおいて、いずれも世界トップのシェアを持つ中国を代表するテクノロジー企業だが、米国の厳しい制裁によって存亡の危機に立たされている。
米商務省は2019年5月15日、ファーウェイ及び関連企業を「エンティティーリスト」に掲載した。
同リストに掲載されると、米輸出管理規則(EAR)に基づき、一部の規制品目についてはファーウェイに販売することが禁止される。
日本など第三国の企業であっても米国の部品や技術を一定以上含む商品は同様に販売が禁止される。
ファーウェイの製品がいかにハイクオリティだとはいえ、それは半導体をはじめとする米国企業の部品やソフトウェアがあってのもの。
絶体絶命かに思われたが、ファーウェイは「スペアタイヤ」戦略を宣言した。
米国から半導体供給が断ち切られる日がくると予想して、子会社の半導体設計企業ハイシリコンに準備させていたとして、猛烈な勢いで代替品となる半導体を作り始めた。
ソフトウェアでは、スマートフォンのOSであるグーグルのアンドロイドが供給されないことがネックとなったが、ファーウェイは代替する独自OS「ハーモニー」の開発を宣言した。
半導体が入手不可能
半導体もスマートフォンOSも一朝一夕で作れるものではない。
エンティティーリスト掲載は本来ならば致命的な打撃となるはずだったが、今回は様相が違うのではないか。
ファーウェイは全世界に18万人の社員を擁し、しかもその過半数がエンジニアだ。
その圧倒的な人材を生かすことができれば、米国に依存しない製品を作れるのではないかとの観測も広がった。
実際、ファーウェイの売上は19年に8383億元(約13・1兆円)と前年の7212億元(約11・3兆円)から大きく伸ばしている。
ところが潮目が変わったのは20年5月のこと。
米国は追加制裁を発表した。ターゲットとなったのはファウンドリー(半導体受託製造)世界最大手のTSMC(台湾積体電路製造)だ。
ハイシリコンは優れた設計能力を持つが、設計だけでは絵に描いた餅でしかない。
スマートフォンや基地局の高性能な半導体の量産を、ファーウェイはTSMCに依存してきたが、このボトルネックが狙われた。
TSMC以外では同等に近い製造技術を持つファウンドリーはサムスンしかないが、米国が圧力を強めている以上、やはり受注は難しい。
米国の制裁をはねのける切り札だった自社設計の半導体が作れなくなったファーウェイだが、この時点ではまだ楽観的だった。
というのも20年5月の規制では汎用部品の購入は認められるとなっていたためだ。
パソコンならばインテルやAMDのCPU、スマートフォンならばクアルコムやメディアテックのSoC(システム・オン・チップ=一つのチップでさまざまなシステムを実現する集積回路)という汎用品を使うのは、どの企業もやっている一般的な手法だ。
独自設計の半導体という差別化のカードを失うのは痛手だが、汎用品を使っても他社と五分の競争になるだけ。
半導体以外の部分で競争すればまだ勝ち目はある。
ところがファーウェイにとって最後の頼みの綱となる汎用品の購入も20年8月の規制で禁止された。
さらに米企業製のEDA(電子設計自動化)ツールを使って設計された半導体も禁止対象とされたため、ソニーのイメージセンサー、キオクシア(旧東芝メモリー)のメモリも販売禁止となった。
EDAツールは米企業によって寡占されているために、論理的にはほぼすべての半導体が入手不可能となった。
ファーウェイはさまざまなプロダクトを手がけているが、半導体なくして作れる製品などほとんどない。
もはや打つ手はないのではないか……。
理屈の上では確かにこのとおりなのだが、現実は複雑怪奇だ。
規制対象でも、米政府が認めれば、ファーウェイの輸出販売は可能だ。
どんな企業が許可を申請したか、どの申請が認められ、なにが却下されたのか。
こうした情報はいずれも非公開のため、全体像は明らかとはなっていないが、19年の規制以後、相当数の米企業が許可を得ていることが明らかとなった。
20年8月の規制以後もインテル、AMDが得た模様だ。
また、焦点のTSMCも最先端技術を使わないケースに関しては、ファーウェイ向けの受託製造が認可されたと報じられている。
なにせファーウェイは世界的な大企業であり、半導体の大口購入者だ。
この優良顧客を失えばその傷は米企業をも傷つけるものとなるだけに、米半導体業界からは規制に反対する声が上がっている。
段階的に強化され息の根を止めるまでに強化された規制と、エンティティーリスト掲載企業に対しては異例とも言える輸出許可の承認。
この騒動はどこに着地するのだろうか。答えはファーウェイが抱える事業ごとに異なってくる。
ファーウェイは自社の事業を
①携帯基地局などのキャリア向け事業、
②サーバーなどを企業向けに販売するエンタープライズ事業、
③スマートフォンなどのコンシューマー事業
――に大別している。
このうち短期的には大きな問題はなさそうなのがキャリア向け事業だ。
ファーウェイ自慢の5G基地局の中核部品はTSMCで作られたチップセットだが、すでに数年分の備蓄があると言われている。
スマートフォンやパソコンとは異なり、基地局のCPUは毎年仕様が変わるものではないため、部品の十分な備蓄が可能だったとみられる。
エンタープライズ事業では、一番重要なCPUについてはインテル、AMDに輸出許可が出ている。
ファーウェイ独自開発のCPU「クンポン」の量産ができなくなることは痛手だが、事業の継続は可能だろう。
ソフトで生き延びる?
問題はスマートフォンだ。
米クアルコムはトランプ政権に輸出許可を働きかけていたと報じられているし、台湾メディアテックは申請したことを公表している。
また日本のソニー、キオクシアも許可を申請したことが報じられた。
それでも米政権の姿勢はいまだ明らかではないが、いかに業界団体からの要請があってもスマートフォン向けの許可は出さないとの見方も根強い。
スマートフォン向けの部品が認可されるかどうかは現時点では未知数だが、仮に許可が下りなかった場合にはファーウェイのスマートフォン事業はほぼストップせざるを得ない。
規制発効前にTSMCが駆け込みで量産した、“最後”の自社製SoCの「Kirin1000」だが、業界関係者のリークによると、約800万台分しか確保できなかったという。
ファーウェイは毎年、最新型のSoCを開発し、複数のフラッグシップ機に搭載しているが、800万台では今秋発売予定のMate40の製造量にも満たない。
機種発表前から、品薄による転売価格高騰が噂されているほどだ。
ファーウェイの3大事業のうち、コンシューマー部門は近年飛躍的に売上を伸ばしており、全体の過半数を占めるにいたった。
それだけに大打撃だが、ファーウェイの全事業がストップするわけではない点は注目に値する。
日米のサプライヤーも、輸出管理規則に従ったうえで、なおかつファーウェイという大口顧客を逃さない、粘り腰の取り組みを続けているわけだ。
まもなく行われる米大統領選もにらんで、めだった動きを見せない同社だが、たとえバイデン新大統領が誕生したとしても、米国の対中強硬姿勢に大きな転換はないとも指摘されているが、ともあれ新大統領の方針を見定めたうえでアクションを起こすものとみられる。
すでにスマートフォンのサブブランド「Honor」の売却が取り沙汰されている。
またアンドロイドに代替するOS「ハーモニー」については、IoT(モノのインターネット)家電やコネクテッドカーを統合するOSとしてさらに開発を進めていく中長期プランを発表している。
万が一、半導体の供給が完全に断たれたとしても、ソフトウェア企業として生き延びる……そんな未来まで見えてきた。
(高口康太・ジャーナリスト)
(本誌初出 ファーウェイがスマホ撤退ならソニーや旧東芝メモリにも大逆風 20201103)