経済・企業バフェットvs商社

投資の天才と日本的経営の攻防=浜田健太郎/柳沢亮

好物のアイスクリームを食べながら2019年次総会に臨んだバフェット(米ネブラスカ州オマハ) (Bloomberg)
好物のアイスクリームを食べながら2019年次総会に臨んだバフェット(米ネブラスカ州オマハ) (Bloomberg)

 <第1部 神様の研究編>

「歓迎と緊張の両面がある」──。商社の業界団体、日本貿易会の小林健会長(三菱商事会長)は9月23日の記者会見で、バフェット率いる米投資会社バークシャー・ハサウェイが日本の5大商社(伊藤忠商事、三菱商事、三井物産、住友商事、丸紅)に5%超出資したことの感想を語った。8月31日(日本時間)、バークシャーが5大商社への出資を発表すると各社の株価は急騰した。(バフェットvs商社)

 小林氏は、「日本の総合商社は、株価という点では全般的に低評価だったが、(バフェットが)将来の成長率が高かろうということで投資をしてきた」と受け止める。その一方で、「出資比率は10%を超えないと言っているが、どういう形になるか、予断は許さない」と述べ、戸惑いの様子をにじませた。

投資体制に変化の兆候

 なぜ、バフェットが初の本格的な対日投資に踏み切ったのか。なぜ、5大商社だったのか。

 そこでバフェットの狙いを推理できる人物に当たった。その数少ない日本人の1人が、マネックス証券の岡元兵八郎チーフ・外国株コンサルタントだ。同氏は、1990年代に米投資銀行ソロモン・ブラザーズ(現シティグループ)のニューヨーク本社で勤務。その当時、バフェットは、米財務省証券の不正入札問題に絡み経営危機に陥っていたソロモンの親会社の暫定会長を務めていた。本社エレベーターで2人きりになるなど、バフェットを身近に感じてきた岡元氏はカリスマ投資家の動向をずっと追ってきたという。

 今回の商社への投資について、岡元氏は「バークシャー内での投資手法の変化によるもの」と指摘する。バフェットは今年90歳を迎え、長年の盟友である副会長のチャーリー・マンガーはさらに年長の96歳、両者が第一線で活躍できる年月は限られている。

 岡元氏は、「バークシャーは、10年くらい前から若手のファンドマネジャーを採用しており、マンガー副会長との2人体制ではなくて、世代交代が始まっている。従来のバフェットさんの手法と100%同じではない」と推察する。「割安株を買うという基本は変わらないと思うが、(物色対象の)視点が広がっている」とみる。

 バークシャーは今年8月にカナダ金鉱山大手バリック・ゴールド株購入が判明。金利が付かない貴金属への投資にはバフェットはかねて否定的で、配当がある鉱山会社株への投資とはいえ、バフェット流の変化をうかがわせた。

 9月には、クラウド技術を活用したビッグデータの保管・分析を手掛ける米スノーフレイクによるニューヨーク証券取引所での新規株式公開(IPO)にバークシャーが投資することも明らかになった。バフェットは16年にアップル株に投資、以前のハイテク嫌いという側面は薄れていたとはいえ、世界一有名な企業であるアップルと、ニッチ(すき間)分野の新興ハイテク企業とは大きな落差がある。これもバークシャー内部での投資手法の変化を感じさせる。

資源権益も魅力か

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 長年、バフェットを観察してきた楽天証券の窪田真之チーフ・ストラテジストは、「バフェットと総合商社の投資手法は似ている」と指摘する。

「バークシャーは鉄道やコカ・コーラなど急成長はしないが、長年にわたってゆっくり成長する銘柄を好んできた。総合商社も安定的にキャッシュフローを伸ばしていくビジネスを増やしている。丸紅は海外で発電事業を増やし、伊藤忠と三菱商事はコンビニに注力。投資先で赤字が続いた場合、スパッと撤退する。組織的なノウハウが確立していることに、共通点を見いだして投資したのではないか」

 窪田氏は、コロナ禍が収束して世界の経済活動が正常化の段階に進むことにより、「2021年は世界景気が回復する可能性が高く、景気循環株の商社にはプラスだろうという筋書きをバフェットも考えただろう」とみる。

 5大商社が持つ資源権益もバフェットには魅力的に映った可能性がある。今年5月の株主総会でバフェットはインフレへの懸念に言及している。インフレ発生経路を特定するのは困難としても、インフレと資源価格には高い相関関係があることは否定できない。経済活動が正常化し、資源需要が回復すれば、コロナ禍で急落した資源価格が上向き、関連ビジネスの比率が高い三菱商事や三井物産の業績にはプラスに働く。

 一方で、バフェットの商社買いかぶりを指摘する声もある。

 三井物産OBである日本総合研究所の寺島実郎会長は「総合商社は歴史的に新産業のフロントランナーとして、日本への水先案内人の役割を果たしてきた。コロナ禍でデジタルトランスフォーメーション(DX)という大きな変革の渦中で、バフェットは総合商社の商機とみたのだと思う。しかし、選択と集中を進めた今の総合商社には総合力が失われつつある。バフェットは過大評価ではないか」と語る。

経営陣と緊張

 バークシャーは、多くの日本企業の経営者が警戒する「アクティビスト(物言う株主)とは一線を画する「パッシブ(受け身で静かな)」の投資家とみられている。とはいえ、その強大な影響力をいつどのような形で行使するかは、予断を許さない。

 三菱UFJ信託銀行の芳賀沼千里チーフストラテジストは、将来的な波乱のシナリオを想定する必要性を指摘する。

「株主総会で、経営側が反対するアクティビストの提案に、バークシャーが賛成に回るような事態が起これば、経営陣との緊張間が一気に増す。将来、商社同士の合併・再編を促すような提案が起きてもおかしくはない。とはいえ、商社を経由して経営陣と株主のいい意味での緊張感の高まりは大いに歓迎すべきだ」

(浜田健太郎・編集部)

(柳沢亮・編集部)

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