経済・企業

三菱重工の「国産ジェット凍結」より“ボーイング・ショック”のほうがヤバい理由

試験飛行で名古屋空港を離陸する三菱航空機の三菱スペースジェット(MSJ)=2020年3月18日、兵藤公治撮影
試験飛行で名古屋空港を離陸する三菱航空機の三菱スペースジェット(MSJ)=2020年3月18日、兵藤公治撮影

 10月22日、共同通信社から「国産ジェット旅客機の開発、事実上凍結へ」という記事が配信され、一部のメディアを中心に波紋が拡がったが、冷静に考えれば驚くことではない。三菱航空機と三菱重工業による日本初の大型民間ジェット機「三菱スペースジェット(MSJ、旧名MRJ)」の開発は、すでに今年の春先から事実上の凍結状態にあるからだ。10月29日に決算会見を行った三菱重工は開発費や人員を大幅に削減すると発表したが、完全撤退には言及しなかった。むしろ最大の懸念材料は、MSJではなく、三菱重工の収益源になっているボーイング向け機体部品の大幅な減産だ。

 三菱重工はボーイング777と777Xの後部胴体・尾翼・出入口ドアを最盛期には107機、787の主翼を2019年度には166機分納入したが、今年度はそれぞれ35機、100機に減少し、今後もさらに減少していく。

 ボーイング自体、大型機の777と777Xを21年に月産5機から2機まで引き下げる。中型機の787も20年内に同14機から10機まで落とし、21年はさらに6機へと減らす計画だ。この影響は、三菱重工業1社にとどまらず日本の航空機産業全体に及ぶ。

航空産業が集積する愛知、岐阜、兵庫、栃木そして東京

図1 ボーイング787の日本メーカー担当部位(出所:武蔵情報開発)
図1 ボーイング787の日本メーカー担当部位(出所:武蔵情報開発)

 図1は787の日本メーカー担当表とその図解だ。航空機の比率が高いのは三菱重工業、川崎重工、SUBARUの3社とジャムコ、住友精密、ナブテスコなどだが、これら図示した大手企業の傘下には愛知や岐阜を中心に3次下請け、4次下請けが存在する。

 全国に広げると、航空機の製造に直接関連する事業所数は約740社に及び、このうち三菱重工、川重、SUBARUの主力工場が集中する愛知県に110社、全体の15%が集中する。さらに川重の工場がある岐阜と兵庫、SUBARUの拠点がある栃木、これにエンジンのIHIと電子系部品が集中するIHIの東京も含めると上位5都県で全体の半分を占める。

 つまり中部地方、関西地方、東京にまで影響が広がるということだ。

 中小企業とは言え、これらの企業は、航空機部品事業所としては規模が大きく、大型部品の切削や組み立てなどに従事し、航空機専業度も高い。他の産業に切り替えることでしのぐことが難しいのだ。その影響を考えただけでも、ボーイング減産の衝撃はMSJ凍結どころの騒ぎでは済まない。早急に大規模な金融支援を行う必要があろう。

防衛需要の減少を補ってきた民間機の部品生産を直撃

 図2は日本の航空機産業の生産規模を防衛と民間に分けた推移とグラフだ。

図2 日本の航空機生産額の推移
図2 日本の航空機生産額の推移

 これを見れば、日本の航空関連産業が、防衛庁向けの航空機需要の尻すぼみを民間の航空機の大幅な伸びでカバーしてきたことがわかる。

 航空機の製造には100万点の部品が必要で、自動車産業(同30万点)以上に裾野が広い。

 自動車の世界では、トヨタ自動車はおろか日本の自動車メーカー9社の合計時価総額を超えた米テスラの急成長や、アマゾンなどテック企業の自動車進出、中国の新興自動車メーカーの電気自動車(EV)参入など「覇権の交代」すら視野に入る構造転換の波が押し寄せている。

 日本政府もこの動きに危機感を持ち、航空産業を次世代の主力産業に育てようと国や愛知県は各種の補助金や人材育成などで航空産業の育成に力を入れてきた。

 そこにボーイング・ショックで民間部門の需要が場合によっては半減するのである。打撃は計り知れない。

ドリームリフターに搬入されるボーイング787の主翼(三菱重工業製)=愛知県常滑市の中部空港で2020年2月12日、兵藤公治撮影
ドリームリフターに搬入されるボーイング787の主翼(三菱重工業製)=愛知県常滑市の中部空港で2020年2月12日、兵藤公治撮影

 問題は市場が早期に回復する見通しが立っていないことだ。IATA(国際航空輸送協会)は、今年の世界全体の旅客輸送量が昨年比で66%も減少、来年もコロナ禍前の74%水準に止まる見通しを発表。23年からようやく回復し始め、本格回復は24年という見通しだが、あと3年は厳しい状態が続くことになる。

それでも三菱ジェットに未来はある

 一方、以前から問題となっていたMSJはこれまで苦難の連続だった。15年に初飛行に成功したが、初体験ばかりの開発は苦難の連続で、17年から19年までの3年間における設計変更と改良は900カ所を超えた。

 それでも試験機4機を投入した米ワシントン州モーゼスレイクでの試験飛行は3900時間に達し、設計変更を織り込んだ最終試験機(旧称10号機)も今年3月に初飛行に成功するなど、型式認証(TC)取得へ向けた開発は最終フェーズに入っていた。それだけにコロナ禍の打撃は大きい。

 米国での試験飛行は、ワシントン州からの活動中止命令により、1機も飛べない状況にあるからだ。需要先のエアライン業界は前述したとおり最悪の状況にある。

 運航停止、とくに、収益源の国際線の停止はエアラインの致命傷になり、3月以降倒産または休業に追い込まれたエアラインは、各国を代表するフラッグ・キャリアも含め19社にも及ぶ。

 残るエアラインも青息吐息だ。今年1-9月における米大手3社(アメリカン、デルタ、ユナイテッド)の総収入は前年同期比62%も減少し、235億ドル(約2兆5000億円)もの巨額赤字を計上した。

 コロナ禍により身動きが取れなくなった三菱重工業は、既存の試験機を保管する一方、仕掛りの試験機および量産準備機の製造を中止する。当面は膨大な試験データの解析に集中し、開発費は18~20年度の3700億円から、21~23年度は200億円までへらし、3000人の配置転換も行うと決めた。

コロナで高まる小型機志向はMSJの好機

 ただし、まったく明るい展望がないわけではない。

 コロナ禍を契機に高まる小型機指向、さらにはライバルのエンブラエル社の迷走--などが復活を後押しするはずだ。

 三菱重工も「(ボーイングの)減産に伴い売上減の影響はあるものの、中長期的には需要は回復すると想定している。一層の改善、効率化を進め損益影響を最小限にとどめていく」(広報部)という。

 この世界的危機を耐え忍べば好機が訪れる。航空機の開発はもともと20年単位で考える業界であることを忘れてはなるまい。

(杉山勝彦・武蔵情報開発代表/編集部)

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