経済・企業2020年の経営者

利益の柱である航空エンジン事業に大ダメージを受けたIHI コロナの傷を埋めるカギは「脱炭素」ビジネスである理由を井手博IHI社長が語る

Interviewer 藤枝克治(本誌編集長) Photo 武市 公孝 東京都の本社で
Interviewer 藤枝克治(本誌編集長) Photo 武市 公孝 東京都の本社で

航空依存を脱して事業の柱を増やす

 Interviewer 藤枝克治(本誌編集長)

── 新型コロナウイルスの影響は、主力事業の航空機エンジンで顕著です。現状と今後の見通しは。

井手 世界的な航空旅客の落ち込みにより、航空機エンジンや交換部品の受注、販売が影響を受けています。昨年度だと航空・宇宙分野の営業利益が連結営業利益の66%を占めています。航空機エンジンの保守・整備は、飛行時間や便数に応じて増えるので、短距離の国内線が部分的に戻っても、国際線の便数が回復しないと厳しい状況は続きます。

 航空機エンジンの開発・製造は、米ゼネラル・エレクトリック(GE)、米プラット・アンド・ホイットニー(P&W)、英ロールスロイスの3社を中核に、エンジンごとに各メーカーが参加する国際的な協業体制で行われている。日本ではIHI、三菱重工業、川崎重工業の3社が参入している。

── 航空・宇宙は今年度4~6月期に47億円の営業赤字でした。年間で黒字にできますか。

井手 そこは不透明でいま精査中です。ただ、当社が手掛けるエンジンは最新型が多く、航空需要が回復すれば、部品交換などの需要の回復も早いと考えています。航空会社も燃費性能など効率がよい最新機種から稼働させるでしょうから。

ターボは中国で回復

── 世界の自動車販売が落ち込む中で、もう一つの主要製品のターボチャージャー(動力性能を上げる装置)はどうですか。

井手 販売数が最も多い中国で最初にコロナの感染が拡大したので、ターボの生産、販売がかなり落ち込むのではと3月ごろに予想していました。ところが、中国での生産は想定以上に早く戻り、影響は思ったより小さく済みました。欧米の需要も機種によってはよくなっていて、航空エンジンに比べると戻りが早い感触です。

── とはいえ航空エンジンの利益に依存する「一本足打法」を変える必要がありませんか。

井手 航空エンジンが当社の中核事業との認識は変わりませんが、よりバランスの取れた事業ポートフォリオに変えていくことが必要です。産業機械、(発電プラントなど)エネルギー、(橋梁(きょうりょう)など)社会基盤などの分野はコロナの影響をさほど受けていません。コロナ後の社会や世界を見据えて、当社の事業構造を見直して、今後、有望な市場に当社が持っている技術を投入していきます。航空機という強い柱に、今3本くらいある中規模もしくは小規模の事業をもう少し太い柱に育てる必要があると考えています。

石炭火力は進化する

── 具体的には。

井手 テーマは「脱CO2(二酸化炭素)」「国土強靱(きょうじん)化」「省人化」の三つです。国内では近年、水害対策が課題になっています。当社は水門の製造から据え付け、保守を行う日本のトップメーカーです。今後は衛星を利用して、自然災害の兆候を捉えて被害拡大を未然に防ぐビジネスも考えられます。

 長大橋の架設技術では世界をリードしています。明石海峡大橋や、トルコ、ベトナムなどで橋を架けており、マイクロ単位の精緻な施工や耐震などで高い技術を持っています。新設だけでなく、保守・管理についても長い経験があるので力を入れていきます。

── CO2排出が問題視される石炭火力の発電用ボイラーを手掛けています。どう対応しますか。

井手 老朽化した石炭火力の運転を30年度までに廃止する方針を政府が打ち出したことで、電力会社も対象となる発電所の運転を継続するのは難しくなります。ただし、最新の石炭火力は発電効率が48%で、老朽設備に比べて7%程度効率が高く、CO2の排出量に大きな違いがあります。石炭にアンモニアを混ぜて燃焼させる技術開発も進めています。アンモニアは燃焼時にCO2を出しません。CO2をできるだけ出さないようにして進化させた石炭火力を使い続けることは可能だと思います。

── 海流を利用した発電にも取り組んでいます。

井手 NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)と開発に取り組んでいます。発電機を回す動力を得る海流は、日本では黒潮が流れる地域に限られますが、一つの選択肢として有効だと考えています。

── 祖業の造船事業は、持ち分法適用会社のジャパンマリンユナイテッド(横浜市)が担っていますが、国内首位の今治造船(愛媛県今治市)が11月に30%出資する予定です。

井手 株主(IHIの出資比率は約32%の予定)としての責任を持って支援していくスタンスは明確です。船舶への燃料補給の陸上施設の建設など、連携できることは取り組んでいきます。(2020年の経営者)

(構成=浜田健太郎・編集部)

(本誌初出 航空依存を脱して事業の柱を増やす 井手博 IHI社長 20200915)

横顔

Q これまでに「ピンチ」だった場面は

A マレーシアの石炭火力入札で、契約直前まで行きながら競合が値段を下げて交渉がさらに2カ月くらい続きました。最終的に採算を少し割って契約を取りました。

Q 「好きな本」は

A 土光敏夫さん(旧石川島播磨重工業初代社長)に関連した本です。大先輩が打ち立てた経営のダイナミズムは学ぶべきことが多いです。

Q 休日の過ごし方

A 散歩したり読書して過ごしています。


 ■人物略歴

いで・ひろし

 1961年生まれ。京都府立朱雀高校卒業、慶応義塾大学商学部卒業。1983年4月石川島播磨重工業(現IHI)入社。2017年4月執行役員、19年4月常務執行役員を経て20年6月から現職。京都府出身。59歳。


事業内容:総合重工業メーカー

本社所在地:東京都江東区

設立:1889年1月

資本金:1071億円

従業員数:7741人(20年3月末)

業績(20年3月期、連結)

 売上高:1兆3865億円

 営業利益:607億円

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