国際・政治

バイデン勝利で見る10のポイントと恐るべき政局運営

バイデン大統領の勝利を祝う米市民(2020年11月7日のワシントンDC)Bloomberg
バイデン大統領の勝利を祝う米市民(2020年11月7日のワシントンDC)Bloomberg

 米国大統領選挙は膠着状態が続いた末に、11月7日なってようやくジョー・バイデン元副大統領の勝利がほぼ確定、バイデン氏は勝利宣言を行った。

 女性で黒人、アジア人の血を引くカマラ・ハリス氏が副大統領に決定したことは米国でも歴史的快挙と報じられているが、この先の政局運営には様々な困難が待ち構えている。

(1)トランプは去らない

 7日付ロサンゼルス・タイムズのコラムでは「史上最悪の大統領が去ったと喜ぶのはまだ早い」として、これから考えられる事態を予測している。まず、トランプ氏が来年1月20日に素直にホワイトハウスを去るかどうか。今もいくつかの州で票の数え直しを要求するなど、まだ敗北宣言はしていない。

(2)分断は埋まらない

 そして大統領に就任したとしても、バイデン氏がまず行わなければならないのは米国で深まった分断を埋め、国民を一つにまとめる、という大仕事だ。バイデン氏は民主党の大統領候補指名演説で「我々は一つになることが出来るし、なろうとすることで米国の暗黒の時代を塗り替えることができる」と語った。しかしそれは可能なのか。

(3)進む脱炭素に投じられた反対票

 まず、今回の選挙が事前に予測されていたよりもずっと接戦になったことから考える必要がある。熱狂的なトランプ支持者はごく一部だが、その背後にいる多くの人々が政権が民主党に移ることを恐れ、トランプ氏に投票した。

 なぜならバイデン氏は総額2兆ドルにも及ぶ環境政策を目玉として挙げていた。脱炭素社会に向け、電気自動車(EV)の普及や再生可能エネルギーによる発電に注力し、そのためのインフラ整備に取り組む、という内容だ。また健康保険の見直しでよりすべての人々が加入しやすい保険制度の普及に務める、ともしている。

ロサンゼルスの投票所(撮影:土方細秩子)
ロサンゼルスの投票所(撮影:土方細秩子)

(4)法人税と富裕層への増税

 こうした政策のための資金は法人、富裕層への税率を上げることで得られることになる。またその政策は「あまりにも左派寄り」という批判もある。新内閣には労働長官にバーニー・サンダース、財務長官にエリザベス・ウォーレン両上院議員が指名される、という報道も一部にあり、本来中道派のバイデン氏だが左派の力を借りなければ選挙を乗り切れなかったのか、と不安視されている。

(5)サンダース色がにじみ出るバイデン

 サンダース氏は若者層から圧倒的な支持を得ているものの、多くの米国人は「社会主義者」として忌み嫌っている。しかしバイデン氏が掲げる政策はサンダース色が滲み出ており、同氏を取り込むことで若者層の票を留めなければ選挙を乗り切るのが困難だった、という部分もある。実際に民主党候補がバイデン氏に決定した当時、「ロシアや中国とのビジネスで富を築いた息子がいる人に投票するくらいならトランプに投票する」としていた若者も多かった。

 そして今や米国は分断だらけだ。人種問題だけではなく貧富の差、学歴の差、地域格差、世代間の断絶など、数え上げればきりがない。人種問題も単に黒人の権利運動に留まらず、黒人からも差別されるヒスパニックやアジア系、イスラム系マイノリティなど根深いものがある。バイデン大統領が誕生したからと言ってこの問題は一朝一夕に解決できるものではない。

(6)死者25万人、コロナ対策がカギ

 そしてコロナ対策。バイデン氏は勝利宣言の後、コロナ対策の独自のタスクフォースチームの立ち上げを発表したが、世界一罹患者が多く死者も25万人を超える米国で、いかに今後コロナに打ち勝っていくのか、一部の欧州のような都市封鎖を行えば反発は必至で経済的見地から大掛かりな反対運動が起こるだろう。今後の暴動にも注意が必要だ。

コロナ禍で行われた大統領選(ロサンゼルスの投票所、撮影:土方細秩子)
コロナ禍で行われた大統領選(ロサンゼルスの投票所、撮影:土方細秩子)

(7)史上最高齢の大統領の死角は息子と健康

 バイデン氏本人が抱える問題もある。息子の中国やロシアとのビジネス疑惑は今後共和党から追求が深まるだろうし、本人自身の健康問題もある。バイデン氏はこれまでコロナ感染を警戒してほとんどの選挙運動をリモートで行ってきたが、大統領に就任すればそういうわけにもいかない。高齢だけに感染リスクをいかに減らしながら執務を行うかが問題だ。さらに認知症疑惑はどこまでも拭えない。就任時に78歳というのは米国史上最高齢の大統領であり、任期を無事に全うできるのか、という不安の声は以前からある。

(8)くすぶる中西部の不満

 しかし目先の問題として、中西部に燻る不満をどう和らげていくのかが大事だ。選挙結果の図を見ると、見事なほどに米国の中央部分は赤(共和党)、東西両海岸区域は青(民主党)となっている。青の地域はニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコなどの大都市を擁し、経済力にも恵まれたところだ。一方の赤は農業や第一次産業が中心で、国の発展から取り残されつつある場所でもある。

(9)「2つの米国」をまとめるのは雇用

 2つの米国が存在する、と以前から言われてはいたが、その赤い部分の失望、今後への絶望感に政権がどう応えていくのか。赤い部分はシェールガスや原油などの生産地を含み、バイデン氏が掲げる脱炭素政策により仕事が失われる恐怖も感じている。この地域では元々失業率も高く、麻薬などの使用率、自殺率ともに高い。そこに住む人々に脱炭素時代の新しい雇用を生み出し、生産性を高めるというのは今後の重要な使命となる。

 一方で今回は民主党が大統領、上下両院で勝つ、という大勝利となった。その分政策への反対投票が少なく、国会運営はやりやすい環境でもある。すべてがうまく行けば「米国を未曾有の混乱から救い出した大統領」として歴史にその名を刻むこともできるだろう。

(10)懸念は国際紛争と対米テロ

 とりあえずは今後予想されるトランプ大統領の抵抗、票の数え直しや「郵便投票の詐欺」訴訟を乗り切り、政権を穏便に明け渡してもらうことから始める必要がある。その過程で各地で小競り合いや暴動が起きることも覚悟しなければならないだろう。国際的にはバイデン大統領の誕生は他国から好意的に受け入れられてはいるが、トランプ大統領のような強硬的態度には出ないだろう、という予測から国際的紛争や米国を狙ったテロが増える可能性もある。

 難題は山積みだし、今回の選挙では民主共和双方に新しい時代を担うべき若手政治家の台頭がない、という事実も明らかになった。この中で現実の問題に対処しつつ、将来の米国のあるべき姿を示していく、という難しい仕事を新しい政権は成し遂げなければならない。(土方細秩子)

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

4月9日号

EV失速の真相16 EV販売は企業ごとに明暗 利益を出せるのは3社程度■野辺継男20 高成長テスラに変調 HV好調のトヨタ株 5年ぶり時価総額逆転が視野に■遠藤功治22 最高益の真実 トヨタ、長期的に避けられない構造転換■中西孝樹25 中国市場 航続距離、コスト、充電性能 止まらない中国車の進化■湯 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事