国際・政治エコノミストリポート

バイデン優勢だが激戦区次第で逆転も……直前に迫った大統領選挙の結果次第で「アメリカ全土が大混乱」の衝撃

世界最大の政治イベントである米国大統領選挙で、選挙戦本番となる秋に入ると、選挙情勢の潮目を変えるような「サプライズ(驚き)」が度々起きてきた。

近年を振り返っても、「セプテンバー(9月)・サプライズ」や「オクトーバー(10月)・サプライズ)」があった。

前回2016年の大統領選では、民主党候補のヒラリー・クリントン氏が国務長官時代に私用メールを使っていたことに絡み、連邦捜査局(FBI)が捜査を再開すると10月末に公表。

投票日11日前の出来事でクリントン氏は大打撃を受けた。

バラク・オバマ前大統領(民主党)とジョン・マケイン上院議員が争った08年選挙では、9月15日に米大手投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻。

当時、大統領在任期間以上にリベラル色が濃かったオバマ氏には、ウォール街に厳格な態度で臨むとの期待が追い風になった。

「神のみぞ知る」状況

今回の20年選挙では、再選を狙うドナルド・トランプ大統領(共和党)が、投票日(11月3日)の1カ月前の10月2日、世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスに感染したと公表し、治療のために入院するという超弩級(ちょうどきゅう)のサプライズが起きた。

トランプ氏は入院先のウォルター・リード陸軍病院(ワシントン郊外)からのビデオ映像で、「ここに来たときには気分はすぐれなかったが、いまではだいぶ良くなってきた。ただ、この2、3日間が正念場になるだろう」とのメッセージを出した。

新型コロナウイルスに感染し、ウォルター・リード陸軍病院にヘリで到着したトランプ氏(米メリーランド州) (Bloomberg)
新型コロナウイルスに感染し、ウォルター・リード陸軍病院にヘリで到着したトランプ氏(米メリーランド州) (Bloomberg)

トランプ氏の容体を世界中が注視する中で5日夕には病院を退院し、大統領専用ヘリでホワイトハウスに戻った。

2階バルコニーに上ると、マスクを外してヘリに敬礼。その場で撮影した映像で「コロナを恐れるな」とのメッセージをツイッターで発した。

現時点では、トランプ氏と大統領の座を争う民主党のジョー・バイデン前副大統領のどちらが勝利するのか予断を許さない「神のみぞ知る」状況ではないだろうか。

各種世論調査では、トランプ氏は現状ではバイデン氏にリードを許しているが、もしコロナ感染から復活して「不死身の男」であることを示すことができれば、劇的な逆転劇もあるとみている。

米国の大統領選は、有権者による投票(一般投票)の過半数を争う形ではなく、各州に割り当てられた投票人をどれだけ多く獲得するかが勝敗を決める方式になっている。

ネブラスカ州とメーン州を除くと、各州で1位になった候補者が人口などに応じて各州に割り当てられた選挙人のすべてを獲得。

過半数となる270人以上の選挙人を獲得できるかどうかが、勝敗を決める。

米政治専門サイト「リアル・クリア・ポリティクス(RCP)」によると、バイデン氏が優勢(10月12日時点、74ページ表)で推移している。

激戦州でもバイデン氏

ただ、バイデン氏もまだ270人以上の選挙人を確実に獲得するほどの勢いはなく、両候補の支持が拮抗(きっこう)する激戦州の動向が選挙戦の帰趨(きすう)を決めそうだ。

具体的には、今年の選挙の場合、ウィスコンシン(中西部)、ノースカロライナ(南東部)、フロリダ(南東部)、アリゾナ(南西部)、ペンシルベニア(東部)、ミシガン(中西部)あたりで、オハイオ(中西部)、テキサス(南部)、アイオワ(中西部)、ジョージア(南東部)、ネバダ(西部)などでも両者がしのぎを削っている。

大統領選はまさに佳境に入ったところだが、上記の11の激戦州のうち、9州でバイデン氏が優勢に選挙戦を進めている(図)。

トランプ氏は終盤戦において、各激戦州を20~30の地域に細分化し、重点地域に自ら赴き、バイデン氏の優勢をひっくり返すための選挙戦術を描いたと想像していた。

それだけにコロナに感染し、てこ入れに向けた選挙運動がしばらく休止する事態はトランプ氏にとって痛手だろう。

ただ、熱烈な「トランプ応援団」たちは、有権者の自宅を個別訪問して、投票を呼びかける運動を展開中だ。

コロナに対して慎重姿勢の有権者が多い民主党とは違う強みがある。

今回の選挙で投票の意思を持つとみられる有権者のうち、9割程度はトランプ、バイデン両氏のどちらに投じるかについて態度を決めているとされる。

ただ、前回16年大統領選挙でのトランプ氏、クリントン氏への投票総数約1億2880万票を基にすると、まだ1300万人程度は態度を決めていない可能性がある。

このため、無党派の中における共和党寄りと民主党寄りの有権者を両候補がどれだけ投票に引き込むことができるのかが焦点になりそうだ。

米国メディアがそろって「史上最悪」と酷評した両候補による初回ディベート(討論会、9月29日開催)では、優劣はつかなかったとみている。

共和党支持者は、トランプ氏にバイデン氏をどんどん揺さぶってほしかっただろうし、民主党支持者には、“いじめっ子”のようにみえたトランプ氏をうまくいなしたように映っただろう。

トランプ氏のコロナ感染により10月15日に開催予定だった2回目ディベートは中止に。

最後3回目は同22日の予定だが開催の可否は本稿執筆時点(日本時間10月12日)では不透明だ。

最高裁判事死去の波紋

トランプ氏のコロナ感染という衝撃的なニュースで印象が薄れた格好になったが、ルース・ベイダー・ギンズバーグ連邦最高裁判事が9月18日に87歳で死去したことは、今回の選挙戦におけるもう一つのサプライズだった。

最高裁判事は任期や定年がない終身制で、人工妊娠中絶といった米国の世論を二分するような社会問題に判断を下す役割を担う。米国社会において大統領を凌駕(りょうが)する影響力を持つ。

トランプ大統領は9月26日、故ギンズバーグ連邦最高裁判事の後任にバレット連邦高裁判事(右)の指名をホワイトハウスで発表した (Bloomberg)
トランプ大統領は9月26日、故ギンズバーグ連邦最高裁判事の後任にバレット連邦高裁判事(右)の指名をホワイトハウスで発表した (Bloomberg)

公共ラジオNPRによると、ギンズバーグ氏の孫が、死去の数日前に、「次期大統領が選出される前に私の後任が指名されないことを切実に願う」と聞いたという。

トランプ大統領は、リベラル派を代表する存在だったギンズバーグ氏の訃報に際して、「彼女は素晴らしい女性だった」と報道陣に述べた。

だが、元判事が孫に残したとされる言葉を聞き入れることなく、9月26日には後任判事に保守派の女性、エイミー・バレット連邦高裁判事を指名した。

バレット氏の承認には議会上院(定数100)の過半数の賛成票を得る必要がある。

現在の上院は共和党が53議席、民主党は47議席(独立系の会派含む)の分布だ。

そのうち、メーン州選出の上院議員で11月に改選を控えるスーザン・コリンズ氏(共和党)など2人が、大統領選挙後に指名を行うべきとの考えを示しているが、共和党内で同調者が続く様子はない。

バレット氏の指名に民主党側は強く反発しているが、共和党が多数派の上院でバレット氏が承認されそうな情勢だ。

最高裁で決着も

バレット氏がギンズバーグ氏の後任に就任すると、最高裁は6人が保守派、3人がリベラル派での構成になる。

バレット氏を含めトランプ氏が指名した3人の最高裁判事は、40歳代後半から50歳代半ばのいずれも保守派。

今後、米国の司法は、数十年間は保守派の支配が決定的になることが現実味を帯びてきた。

9月に死去したギンズバーグ連邦最高裁判事の追悼式に出席するバイデン氏夫妻(ワシントンで) (Bloomberg)
9月に死去したギンズバーグ連邦最高裁判事の追悼式に出席するバイデン氏夫妻(ワシントンで) (Bloomberg)

米国における保守とリベラルの分極化が激しくなることで、従来に増してリベラルに傾斜する民主党支持層が危機感を募らせていることは間違いない。

バイデン氏は、穏健な中道派らしく、これまで支持層の熱狂を鼓舞するような力強い選挙戦を展開してこなかった。

保守派判事の後任指名を懸念する支持層に呼応し、選挙戦終盤に向けたエネルギーに転嫁するような底力をバイデン氏が発揮するかどうかが問われることになるだろう。

そして、現職大統領が感染する未曽有のコロナ禍のもとで行われる大統領選は、郵送投票が多くなることが予想され、そのことが選挙情勢を一段と不透明にしている。

郵送投票の開票では、本人確認などに時間が掛かるため、今回は投票日の11月3日にはどちらが当選するのか判明しない可能性が高いのではないか。

思い起こされるのが、00年の大統領選(投票日11月7日)である。共和党のブッシュ(息子)候補と、民主党のゴア候補が争い、大統領を選出する最終的な選挙人の数を左右したフロリダ州での開票を巡って、両陣営の法廷闘争となった。

最終的には、537票差でブッシュ氏勝利とした開票結果の再集計を命じるフロリダ州最高裁の判決を、連邦最高裁が同年12月12日に破棄・差し戻した。

翌日にゴア氏は敗北宣言し決着した。

今回の選挙でも、連邦最高裁が次期大統領の最終的な決定者となるような事態が再来した場合は、激しくなる一方の米国社会の分極・分断化による亀裂が、修復困難なほどに広がる可能性が否定できない。

そして、最終的には平和的に政権が移行した00年大統領選とは様相が異なり、全米各地で制御不可能なほどの混乱が広がることを筆者は危惧している。

(前嶋和弘・上智大学総合グローバル学部教授)

(本誌初出 直前大予想 トランプ氏のコロナ感染 最高裁判事死去で大混迷=前嶋和弘 20201027)

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

8月9日・16日合併号

世界経済 ’22年下期総予測第1部 世界経済&国際政治14 米国は景気後退「回避」も 世界が差し掛かる大転機 ■斎藤 信世/白鳥 達哉17 米ドル高 20年ぶり高値の「ドル指数」 特徴的な非資源国の通貨安 ■野地 慎18 米長短金利の逆転 過去6回はすべて景気後退 発生から平均で1年半後 ■市川 雅 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事