教養・歴史

「日本のインターネット産業の先駆者」IIJ鈴木幸一会長はなぜクラシック音楽祭「東京・春・音楽祭」に私財をつぎこんでいるのか? 名経営者とクラシックの知られざる接点をさぐる

    「東京・春・音楽祭」のロビーで出迎える鈴木幸一氏 写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:大倉英揮)
    「東京・春・音楽祭」のロビーで出迎える鈴木幸一氏 写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:大倉英揮)

    東京・上野で毎年桜の季節に開催される「東京・春・音楽祭」。

    クラシック音楽ファンの心をくすぐるラインナップで、同時期開催の「ラフォルジュルネ」に勝るという評価も数多い。

    同音楽祭の実行委員長を務めるのは、日本のインターネットサービスの草分けである株式会社IIJ会長の鈴木幸一氏だ。

    「経営者はアートや教養に通じているべき」と言われるようになったが、日本の財界人の中で、芸術に造詣が深く、直接支援活動をしている人物はまだまだ数少ないのが実情だ。

    そんな中、鈴木幸一氏の活動は異色とも言える。

    鈴木氏と親交が深く、同音楽祭についても助言しているという、元東京藝術大学特任教授の瀧井敬子氏が、鈴木幸一氏とクラシック音楽の関わりについて語る。

    「日本のインターネット産業の先駆者」のもうひとつの顔

    インターネットイニシアティブ(IIJ)会長兼CEO、鈴木幸一氏は第35回「毎日経済人賞」を受賞されている。

    5年前の2015年のことである。

    4年後の2019年3月17日付『毎日新聞』の日曜版(別冊)の連載コーナー「仕事の現場」は、鈴木幸一氏の千代田区にあるオフィスを記者が訪れ、近況を取材したものである。

    大きなカラー写真の氏は黒のタートル・ネックを着て、無造作に机の上に左肘をつき、無表情である。

    眼鏡の奥の目は笑っていない。

    「日本のインターネット産業の先駆者」は、「毎日10件以上の会議や面会をこなすが、執務中はたいていタートルネックのセーターとジーンズというカジュアルなスタイル。その姿は、米アップル社の創業者、スティーブ・ジョブズ氏と重なる」と記事にはある。

    IIJの鈴木幸一会長=東京都千代田区で2019年2月26日、佐々木順一撮影
    IIJの鈴木幸一会長=東京都千代田区で2019年2月26日、佐々木順一撮影

    私が知っている鈴木幸一氏は違う。

    「東京・春・音楽祭」というクラシック音楽フェスティヴァルの実行委員長として、これまで何度もお目にかかっているが、仕立てのよいシックなスーツに身をつつみ、洒落なネクタイを締め、その表情は和やか、少年のような目をしておられる。

    「東京・春・音楽祭」の本番では、開場後、開演までのひととき、鈴木氏にひとことご挨拶をしたいという来場者が列をなす。

    企業のトップらしきご夫妻もいれば、いかにも音楽会慣れをしている一般人もいる。

    その誰をも分け隔てすることなく、鈴木氏は満面の笑みで、心のこもった絵顔で迎えられる。

    「今日もまたご盛会ですなあ。おめでとうございます」

    と挨拶する常連には、

    「きょうのソプラノは、とびっきりですよ」と自慢して、期待をもたせられる。 

     私も「東京・春・音楽祭」で、鈴木氏と開演前に短く言葉を交わすことを楽しみしている1人である。

    マレク・ヤノフスキ氏と談笑する鈴木氏 2016年の記者会見にて(写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:飯田耕治)
    マレク・ヤノフスキ氏と談笑する鈴木氏 2016年の記者会見にて(写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:飯田耕治)

    「小学生でワーグナーを蓄音機で聴いていた」少年が出張先で音楽祭に出会う

    さて、私が鈴木幸一氏に初めてお目にかかったのは、2006年の初夏ではなかったかと思う。14年の前のことである。

    その頃の私は、鈴木氏とは全く面識がなく、何をされている方も知らなかった。

    知人の2人の音楽関係者が、ある日突然、どうしても会ってほしい方がいるので、時間の都合をつけてほしいと頼んできた。

    何事だろうと思った。

    相手は実業界の大物で、クラシック音楽が大好きな、変人だが、素晴らしい夢をもっている。

    上野に興味がある人だから、会ってほしい。

    ともかく会ってほしいの1点ばりで、理由を訊いても、あやふやで要領が得なかった。

    指定された銀座の料理屋に行くと、上品な白髪の紳士がそこにはおられた。

    型通りのご挨拶をして、名刺を交換したので、そこで初めて、その方がインターネットイニシアティブ(IIJ)社長(当時)兼CEOの鈴木幸一氏であることがわかった。

    ちょうど前の会合を終えたばかりで、少しお酒が入っておられたが、鈴木氏は昔を懐かしむかのように、チェコでの思い出を訥々と話し出された。

    若い頃、鈴木幸一氏がプラハで仕事をされたとき、当時のチェコはソ連監視下にあって、「空気まで重く沈殿」していた。

    予定の仕事は無事終えて、帰国しようとしていると、

    「あと2日でプラハの春音楽祭が始まるのに帰るのですか、今のプラハではこの音楽祭だけが市民の心のよりどころなのに」

    とひきとめる強い呼びかけがあった。

    当時のプラハ市民にとって、音楽はたった1つの心の救いであった。

    鈴木幸一氏はシューベルトに4、5歳で憧れ、小学生でワーグナーを蓄音機で聴いていたという、音楽鑑賞に関しては、普通でなく早熟な子供であった。

    だから、そのようなチェコ事情を聞かせられては、生来の音楽好きの氏はじっとしていられない。

    東京で多忙な仕事が待っていたにも関わらず、急遽、予定を変更してチェコ滞在は3日間ほど延長された。

    「プラハの春音楽祭」は、毎年春にチェコのプラハで開催されるクラシックのオーケストラや室内楽のための国際音楽祭である。

    チェコ・フィルハーモニー管弦楽団創設50周年にあたる1946年に始まり、この音楽祭には世界的にも超一流の演奏家が招かれ、聴衆は世界中からやってくる。

    この「プラハの春音楽祭」にすっかり感動した鈴木氏はいつしか、次のような夢を持つようになった。

    「いつか日本でも市民が喜びや悲しみを分かち合える音楽祭をつくれたら」

    2019年東京・春・音楽祭《さまよえるオランダ人》(写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:青柳聡)
    2019年東京・春・音楽祭《さまよえるオランダ人》(写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:青柳聡)

    「東京・春・音楽祭」

    東京の春の訪れを、音楽を媒介としたお祭りで祝う———

    明治以来、日本における文化・芸術の集積地として発展を続けてきた上野公園を舞台に、桜の美しい時期に約1ヵ月にわたり開催する音楽祭。

    オペラやオーケストラ、国内外一流アーティストによる室内楽をはじめとする演奏会から、街角で気軽に楽しめる音楽との出会いの場まで、200を超える演奏会を開催、様々な音色で東京の春の訪れを彩る。

    www.tokyo-harusai.com

    瀧井敬子(たきい・けいこ)

    音楽学者・音楽プロデューサー。元東京芸術大大学特任教授。

    2020年に第7回JASRAC音楽文化賞を受賞。主な著書に『夏目漱石とクラシック音楽』(毎日新聞出版)など。

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