「一部の大金持ちだけがいい教育を受けられる」は哲学的になぜ不正義と言えるのか(小川仁志)
Q コロナ自粛で給料が激減、子供の塾代が払えず教育格差が心配です A 公教育改善の声を上げ、その実現法を考えよう
コロナ自粛で残業代が減り、小学生の子供2人の塾や英会話などの費用が捻出できなくなりました。
それでなくても日本は教育格差が大きいです。
これが正しい世の中なのでしょうか?
(営業職・36歳男性)
私も、いや、多くの親たちが同じ悩みを抱えていると言っていいでしょう。
一部のお金持ちを除いては。
今、日本では塾に行くのが当たり前ですし、英会話を習っている子供たちもたくさんいます。
なぜか? それは学校の教育だけでは不十分だからです。
しかしそうすると、親の収入によって教育の格差が生じ、人生の選択肢が減り、ひいては子供の将来が決まってしまうのです。
この状況が正しいのかどうか、そしてどうすれば正しい世の中になるのか、ロールズの正義論に照らして考えてみればわかります。
アメリカの政治哲学者ロールズは、正義の二原理を提起することで、公正をその基礎とする正義の実現の方法を世に問いました。
競争の機会均等
まず第1原理として、政治的な自由や言論の自由など人権面の基本的な自由については、皆平等でなければ正義は実現できないと言います。
これは「平等な自由の原理」と呼ばれます。
次に第2原理ですが、さらに二つに分かれています。
一つ目は「格差原理」です。
不平等の解消は、最も不遇な人が便益を受けるようになされなければならないというものです。
二つ目は「機会の公正な均等原理」です。
そもそも就いている職業などにかかわらず、誰もが機会均等に競争できる前提がなければいけないのです。
ここで明らかなように、教育費については職業によって年収なども違い機会均等に競争できる状況にないのが現実で、今生じている不平等は正義とは言えないのです。
逆に言うと、その点を改善することではじめて、正義を実現することが可能になるわけです。
結局、社会の仕組みを変えることでしか、この悩みは解消しませんが、でも、公教育にもっと予算を使うよう大勢が一丸となって署名活動をするなど何らかの声を上げ行動に移すことはできるはずです。
このコーナーに相談を寄せていただくのも、その一つかもしれませんね。
実は、ロールズは公民権運動に影響を受けて正義論を唱えました。
その公民権運動のきっかけを作ったのは、バスの運転手の命令に従わず、白人に席を譲らなかった黒人女性ローザ・パークスの勇気ある行動だったのですから。
(本誌初出 コロナ自粛で給料が激減、子供の塾代が払えず教育格差が心配です/54 20201103)
(イラスト:いご昭二)
ジョン・ロールズ(1921~2002年)。アメリカの政治哲学者。公正としての正義を本格的に論じることで政治哲学の復権に貢献した。著書に『正義論』などがある。
【お勧めの本】
仲正昌樹著『いまこそロールズに学べ』(春秋社)
難解なロールズの理論が平易に解説されている
読者から小川先生に質問大募集 eメール:eco-mail@mainichi.co.jp
■人物略歴
小川仁志(おがわ・ひとし)
1970年京都府生まれ。哲学者・山口大学国際総合科学部教授(公共哲学)。20代後半の4年半のひきこもり生活がきっかけで、哲学を学び克服。この体験から、「疑い、自分の頭で考える」実践的哲学を勧めている。
「小川仁志の哲学チャンネル」 https://www.youtube.com/channel/UC6QhXJZtGm7r287kam1Z1bg