教養・歴史鎌田浩毅の役に立つ地学

「もし月が存在しなければ地球の1日は8時間だった」は本当か

明るく輝くスーパームーン=札幌市東区で2016年11月14日午後8時10分、手塚耕一郎撮影
明るく輝くスーパームーン=札幌市東区で2016年11月14日午後8時10分、手塚耕一郎撮影

月は質量が地球の100分の1、直径が地球の4分の1という巨大な衛星である。

太陽系を回っている他の惑星衛星と比べても飛び抜けて大きい衛星なのだ。

その月は地球を飛び出して以来、毎年3センチずつ地球から遠ざかっており、地球の自転速度を遅くする重要な働きをしている。

月が誕生した当時の地球は、現在よりも速く自転しており、1日は4~6時間ほどだった。

一方、地球が太陽を回る公転速度は変わっていないので、当時の1年は1500~2000日ほどになる。

すなわち、いまより4~6倍の速さで1日が終わり、四季は4~6年でやっと巡ってくるというわけだ。

その後、現在まで40億年以上もかかって地球の自転速度を遅くしたのは、地球と月の間で働く引力である。

これによって地球上の海では潮の満ち引き、すなわち「潮汐(ちょうせき)」が起きた。

海水が潮汐で大量に移動すると、海底との間で摩擦を起こし、地球の自転にブレーキをかける。

その結果、地球の1日はしだいに長くなり、現在の24時間となった。

地軸が傾き四季発生

もし月がなければ、地球の1日は8時間だったというシミュレーションがある。

この場合、地表では東西方向に絶えず強風が吹き荒れる。

同じ状況は木星や土星の大気に見られるが、大型ハリケーンが何百年も連続して吹き荒れる状況だ。

こうした強風は生物の生存を大きく変える。

植物は風から身を守るため地中深く根を張り、太陽エネルギーを効率的に受け取る葉が進化するだろう。

また、動物は強風でも呼吸を維持して乾燥から身を守るため、特別な器官を発達させる。

人類も現在とは全く異なる進化を遂げていたに違いない。

月の形成時に巨大な天体が地球に衝突した影響はもう一つある。

地球が自転する地軸が傾いたのだ。

衝突の際、それまで太陽を回る公転面に対して垂直方向であった地球の地軸に23・4度の傾きが生じた(図)。

この結果、地球には四季の変化が訪れた。

北半球で夏が暑く、冬が寒いのは、地軸が傾いているためである。

もし、地軸が公転面に垂直(0度の傾き)であれば、赤道上はいつも灼熱(しゃくねつ)の夏で、極地は常に氷に閉ざされた厳冬である。

いずれも季節のない単調で厳しい気候だ。

一方、地軸の傾きが23・4度ではなく90度になっていたらどうなるか。

この場合には極地域では6カ月の夏と6カ月の冬が交代し、他の地域でも灼熱の夏と極寒の冬が目まぐるしく変わる極めて不安定な気候となる。

このように現在の地軸の傾きは、地上に安定した環境を生み出すため重要な要素だった。

こうして45億年前の月の誕生は、地球上で生命が進化するための貴重な条件を整えてくれたのである。

(本誌初出 もし月がなかったら 地球の1日は「8時間」に?/25 20201103)


 ■人物略歴

かまた・ひろき

 京都大学大学院人間・環境学研究科教授。1955年生まれ。東京大学理学部卒業。「科学の伝道師」を自任し、京大の講義は学生に大人気。

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