経済・企業2020年の経営者

「10年に一度の大物財務次官」勝栄二郎氏はなぜIT企業社長に転身したのか=編集長インタビュー

Interviewer 藤枝克治(本誌編集長) Photo 武市 公孝 東京都千代田区の本社で
Interviewer 藤枝克治(本誌編集長) Photo 武市 公孝 東京都千代田区の本社で

ネット接続の老舗、通信量は拡大中

 Interviewer(藤枝克治・本誌編集長)

── 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、在宅勤務が広がっています。インターネット接続サービス(ISP)への需要が増えているのでは。

勝 自宅などオフィスから離れた場所で仕事をこなす「リモートワーク」に関連したサービスの引き合いが多いです。通信量も非常に増えていて、特に昼間はそれまでに比べて約3割増です。

── IIJには追い風ではないでしょうか。

勝 日本全体でコロナ禍がどの程度続くのかによって状況は違ってくると思います。感染拡大の第2波、第3波があるかもしれません。経済活動は需要が“蒸発”している状態で、大企業を含めて財務の健全性が損なわれる問題が出てくる可能性があります。

── 通信量が増えても企業の設備投資が冷え込んでいく、と。

勝 IIJはすでに契約している通信サービスなどから継続的に入る収益が全体の約8割あります。これである程度しのげるとは思いますが、企業が設備投資を控え、企業の情報システム構築を請け負う「SI(システム・インテグレーション)」など新しい需要が減少すれば、痛手になると思います。

携帯は300万回線

── 近年はモバイル(携帯)系のサービスに注力しています。

勝 2008年に、大手通信事業者から回線を仕入れて顧客に販売する「MVNO(仮想移動体通信事業者)」のサービスを始めました。当初は消費者向けが中心でしたが、2年前に法人需要に対応するために「フルMVNO」というサービスを始めました。3月末で約300万回線の契約を抱えており、MVNOとしては最大のシェアを持っていると思います。

── 「フル」がつくMVNOとそうではない事業者との違いは。

勝 自社で顧客管理が可能かどうかという点です。フルMVNOは、加入者を特定するSIMカードを独自に発行することができます。この仕組みだと、携帯端末の回線の開通、停止などを自由に設定でき、利用しない場合は一時停止して課金しないなど、利用者も余分な料金がかからずコスト削減につながります。料金体系も柔軟に設定することが可能です。

── MVNO事業者は多数います。IIJの強みは。

勝 販路が広いことも強みです。イオン系列の「イオンモバイル」向けに当社の回線を卸売りするといった「MVNE(仮想移動体通信支援サービス)」としてもシェアを伸ばしています。

── 20年3月期は営業利益率が4%と高いとはいえません。MVNOの事業で大手通信事業者(キャリア)への接続料(回線使用料)の問題など、独立系には厳しい経営環境があるのですか。

勝 この問題はいつも愚痴になります。接続料は予算を組む年度当初は確定せず、年度末になってキャリア側が通告してきます。コストの大部分を占める接続料が予見できず安定した経営ができません。ただ、今年度からはデータ伝送にかかる接続料について3年先の将来原価を合理的な前提に基づいて予測して、実績値との乖離(かいり)分を事後に精算する制度に変わりました。総務省は通信の規制緩和を推進してきましたが、接続料で独立系通信事業者が苦境に陥ったのは行政として問題だと思います。

── IoT(モノのインターネット)の重要性を強調しています。

勝 去年から本格的に事業部を作り力を入れています。工場の監視システムの構築や、水田の水位・水温の把握といった農業分野でネットワークが稼働しています。食品の衛生管理にも展開しようと準備をしています。

── そのほかの注力事業は。

勝 デジタル通貨の取引・決済サービスを手掛ける「ディーカレット」を18年1月に設立しました。当社が35%出資し金融機関や商社などの資本参加を得ました。日本ではみずほ銀行のスマートフォン決済「Jコインペイ」や、三菱UFJ銀行のデジタル通貨「coin(コイン)」といったサービスが話題になっていますが、現状では互換性がありません。そうしたサービス間の「両替」ができないのか、勉強会を始める予定です。

IT企業社長は想像外

── 財務事務次官からIT企業社長への転身でした。

勝 私も想像しませんでした。ただ、経営者でも行政官でも目標を立てて、どうやって到達していくのか、手法や資源の投入量をどうするのか企画立案が重要です。

── 日本におけるネット接続の草分けとしてIIJを創業した鈴木幸一会長との役割分担は。

勝 鈴木会長は技術を見ていて、私はマネジメントを見ています。二人三脚はうまくいっていると思います。会社が大きくなり、組織化とイノベーションへのチャレンジ精神をどう調和させるかが私の仕事だと思っています。

(構成=浜田健太郎・編集部)(2020年の経営者)

横顔

Q 若い頃で印象深い仕事は

A 大蔵省官房文書課企画官だった41歳に証券不祥事がありました。あるべき証券行政を考え、92年に証券取引等監視委員会が発足しました。

Q 「好きな本」は

A 乱読派で洋書が多いです。最近読んだ“Good Economics for Hard Times”(邦題:『絶望を希望に変える経済学』)は面白かったです。

Q 休日の過ごし方

A 時々ゴルフをするか、読書やクラシック音楽ですね。ベートーベンやモーツァルトが好きです。


 ■人物略歴

かつ・えいじろう

 1950年生まれ、獨協高校卒業、東京大学法学部卒業、75年旧大蔵省(現財務省)入省、主計局長などを経て2010年財務事務次官。13年6月から現職。埼玉県出身。69歳。


事業内容:インターネット接続サービス、システムの構築、運用保守など

本社所在地:東京都千代田区

設立:1992年12月

資本金:229億円

従業員数:3583人(2020年3月末、連結)

業績(19年3月期、連結)

 売上高:1924億円

 営業利益:60億円

(本誌初出 ネット接続の老舗、通信量は拡大中 勝栄二郎 インターネットイニシアティブ(IIJ)社長 2020/6/9)

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