「シェール革命は終わった」のか……石油・ガス暴落の中で米国エネルギー産業で進む「ある異変」
米国のシェールオイル・ガス関連企業で、M&A(合併・買収)が相次いでいる。
長引く原油や天然ガス価格の低迷により苦境に陥っていることが背景にあるが、シェール関連企業の株価や権益が割安となったことで、買収企業側には「今が底値で買い時」という判断も働いている。
また、権益の優劣も鮮明化しており、今後の原油、天然ガス価格の動向も見据えての再編が進行している。
米石油大手のコノコフィリップスは10月19日、米シェールオイル生産大手のコンチョ・リソーシズを97億ドル(約1兆200億円)で買収すると発表した。
買収額は今年のシェール企業の買収案件では最大規模で、コノコの原油生産量は日量150万バレル以上となり、メジャー(国際石油資本)以外の独立系の米石油会社として最大となる。
ロイター通信によれば、コンチョの生産量は日量約31万9000バレルで、米国のシェールオイルの主要生産地の一つ、「パーミアン」(テキサス州、ニューメキシコ州)では第5位の生産者。
だが、原油価格の低迷によって2019年12月期は7億500万ドル(約740億円)の最終(当期)損失を計上し、3期ぶりの最終赤字に転落した。
18年1月には160ドル前後だったコンチョ株価も、足元では45ドル付近で推移している。
また、米メジャーのシェブロンは7月20日、米シェールオイル生産大手ノーブル・エナジーを、50億ドル(約5250億円)で買収すると表明したほか、米シェールオイル生産企業デボン・エナジーも9月28日、同業のWPXエナジーと合併することを決定している。
デボンとWPXが合併すれば石油生産量が日量28万バレルとなり、米EOGリソーシズに次ぐ業界第2位のシェールオイル生産企業が誕生する。
他方、シェール事業からの撤退も続いている。
英蘭メジャーのロイヤル・ダッチ・シェルは3月、米国産シェールガスを原料としたルイジアナ州のレイクチャールズLNGプロジェクトから撤退した。
6月には、シェールガス開発の先駆的企業として有名なチェサピーク・エナジーが経営破綻し、連邦破産法第11条(日本の民事再生法に相当)適用を申請している(表1)。
LNG頓挫も続出
米国のシェール事業に積極的に関与してきた日本企業にも動きが出ている。
東京ガスは9月、米国のルイジアナ州のシェールガス権益を当初の見込みより2割程度割安な200億円で取得した一方、住友商事は同月、天然ガス価格の低迷により期待した投資回収ができないとして、米国最大のシェールガス鉱区マーセラスに保有する30%の権益(100億円超)を売却したことを発表した。
現在の米シェール業界の統合・再編・撤退の動きの背景には、長引く原油や天然ガス価格の低迷がある。
WTI(米国産標準油種)先物価格は16年初め、1バレル=30ドル前後の安値から、18年9月には70ドル前後まで上昇を続けたが、米国のシェールオイル・ガス生産量が増加基調をたどる中、今年に入って新型コロナウイルスの感染が拡大。
自動車用ガソリン、航空機用ジェット燃料の需要蒸発などが価格低迷に拍車を掛けた。
今年4月には、サウジアラビアをはじめとしたOPEC(石油輸出国機構)加盟国とロシアなど非OPEC産油国で協議する「OPECプラス」の交渉で協調減産が決裂。
フル生産にかじを切ったことで、世界的な供給過剰懸念が高まり、WTI先物価格は史上初めてのマイナス価格を記録した。
その後、OPECプラスは協調減産を実施し、欧米先進国も徐々に経済活動を再開したため、現在は40ドル前後での推移を続けている(図)。
また、シェールガス事業についても、米国の天然ガス価格の歴史的な下落が直撃した。
米国のシェールガス生産量は過去最高を更新し、シェールガスを原料としたLNG輸出能力も、20年には年間6800万トンを見込む。
しかし、コロナの影響で大口需要家の中国、インドがLNG輸入を一時的にやめ、需給が一挙に緩和。
LNGスポット価格(極東アジア・スポット)は今年4月、100万BTU(英国熱量単位)当たり1・8ドルと過去最低を記録した。
LNGスポット価格の下落により、米国のシェールガスを原料としたLNGプロジェクトでも、FID(最終投資決定)の先送りや撤退が相次ぐ(表2)。
100万BTU当たり2ドルという天然ガス価格は、原油価格換算1バレル=12ドルに相当する。
天然ガスの暴落ぶりは原油の下落より激しく、経済性が低下したチェサピークや住友商事のシェール開発は、経営破綻や権益売却を余儀なくされた。
パーミアンの優位性
こうした状況の中で進む米シェール業界のM&Aには、二つの特徴が見られる。
第一に、原油価格の低迷によって米シェール企業の株価や権益が割安となり、「今が底値で買い時」という企業が現れていることだ。
シェブロンが買収したノーブル・エナジーの株価も、今年初めの半値程度だ。
米シェールオイル開発で、エクソンモービルの後塵(こうじん)を拝するシェブロンにとっては、同事業拡大の絶好の機会となった。
シェブロンはノーブル買収により、米国のシェールオイル権益とイスラエルの油田権益を合わせ、生産量で日量36万バレルを手に入れることになる。
人員配置の適正化、設備の共用などで年間3億ドル(約315億円)のコスト削減を見込んでいる。
デボンとWPXの合併でも、原油価格の低迷により低下した財務体質を強化し、5年間で20億ドル(約2100億円)の合理化効果を見込んでいる。
第二に、開発する鉱区の優劣が明らかになっていることだ。
コノコが買収するコンチョだけでなく、シェブロンが買収するノーブルや、デボンもパーミアンに生産拠点を有している。
パーミアンはノースダコタ州の「バッケン」、テキサス州の「イーグルフォード」と並び、シェールの鉱区の「ビッグ3」と呼ばれている。
シェールオイルが含まれる地質構造が複雑ではなく、地層の深度が浅いことが特徴だ。
また、パーミアンはテキサス州で製油所が集まる地域にも近く、生産・輸送コストが安価でもある。
原油価格が1バレル=40ドル程度の水準でも新規油田の開発が可能な地域で、現在の原油価格でも十分に採算を取ることができる。
米国の原油生産量は回復基調にあるが、生産拡大の大部分はパーミアンに集中している。
現在まで続く原油価格の低迷は、一面でこうしたパーミアンの経済性の高さを浮き彫りにもしている。
一方、生産条件が劣位にある鉱区のシェールオイル・ガス生産は苦戦している。
シェールオイル生産事業では、バッケンやニオブララ(ワイオミング州など)、イーグルフォードなどの鉱区は地質構造が複雑で、パーミアン鉱区に比べて生産コストが割高だ。
経営破綻しているシェールオイル生産企業の多くは、パーミアン鉱区以外に権益を持っている。
日本企業は足踏み
では、今後の石油・ガスの世界需給はどうなるのだろうか。
英メジャーBPは9月14日、「脱炭素社会へのシナリオを前提とすると、新型コロナウイルスの感染拡大、人々のライフスタイルの変化などにより、世界の石油需要は19年がピークであったという可能性がある」という衝撃的な見通しを発表した。
他方、OPECは10月8日、途上国の石油消費の増加により、世界の石油需要は日量1億バレルを超え、40年まで増加するという強気の予測を行っている。
見方が割れているが、筆者は蓄電池の性能向上や再生可能エネルギーの発電コストの低減は、当初の予想ほど簡単なものではないと考えており、世界の石油需要は今後も増加を続け、原油価格が再び上昇する可能性が強いと考える。
ガスについて言えば、日本や韓国に加えて近年は中国やインドがLNGの一大需要国となっており、中国やインドの需要は今後も増加を続けると見込まれるため、アジアでのLNGスポット価格も長期的に上昇を続けると予想される。
米国のメジャーや大手シェール開発企業は、シェールオイル・ガス開発に一日の長があるが、日本企業は目の前の原油価格低迷に足がすくんでいる。
原油価格が比較的高く、シェールブームが到来した00年代後半~10年前半、権益の高値づかみを繰り返し、その後の原油価格低迷によって総合商社などで多額の減損損失を計上した。
これを受けて投資判断を厳格化したことが原因とみられる。
米メジャーは、かねてから米国の中堅・中小企業のシェール権益取得に狙いを定めてきた。
原油価格が低迷している今が底値と見て、割安な権益を探し、収益力を強化し、株価の引き上げに動いている。
今後も、資金力、技術力、情報収集力で優位に立つ米メジャーが、シェールオイル・ガス業界の統合・再編の主役となることが予想され、日本企業の目利き力が問われる。
(岩間剛一・和光大学経済経営学部教授)
(本誌初出 資源 石油・ガス暴落が引き金 米シェール企業でM&A活発化 「今が買い時」も選別は厳しく=岩間剛一 20201117)