「上手な作品が並ぶ中に下手な作品があるとめちゃくちゃ面白いんです」ポプテピピックでブレイクのAC部が語る「違和感へのこだわり」
強烈な作風で知る人ぞ知る存在だったAC部。テレビアニメに参加したことで、一気にファンを増やした。
(聞き手=花谷美枝・編集部。この記事は2018年5月に本誌掲載したものです)
「僕たちの仕事は『違和感』を作り出すことです」
「アニメーションの感覚でどんどん絵を見せる。それが高速紙芝居です」
── 高速紙芝居とは何ですか。
安達 スケッチブックに描いた絵を2人で声を当てながら見せる紙芝居です。
通常の紙芝居と違うのは、アニメーションと同じくらいの枚数でどんどん絵を見せていくことをコンセプトにしている点です。
── どうやって「高速」にするのでしょうか。
安達 めくりです。
映像作家にとって「間」は見ている側や作品のテンションが冷めてしまうのですごく怖い。
アニメーションとして見せる時に一番大事なのは声のリズムです。
それに紙をついていかせるには、速く紙をめくる必要があるんです。
板倉 速くめくるためにいろいろ工夫しています。
例えば、スケッチブックの横にタブをつけて、見ないでめくれるようにしています。
また通常の紙芝居は前から後ろにめくりますが、めくり終わるまでに時間がかかる。
高速紙芝居では後ろから前に紙をめくります。
次のページを90度まで持ち上げて待機できるので、速く次の場面に移ることができます。
動画の発想の紙芝居
── 動画作品が多いAC部にとって、2人が実演する高速紙芝居は異例の作品です。どのような経緯で生まれたのですか。
板倉 「無差別級紙芝居」という映像作家や映画監督、漫画家などクリエーティブな職種の人たちが参加して紙芝居で勝負するイベントで披露するために作りました。
── どんな手順で作るのですか。
板倉 ギミック(仕掛け)や紙芝居をどう動かすかのアクションまでを含めたコンテをまず描いて、そこから分担して筆ペンで描き進めます。
二つ、三つのスケッチブックを縦や横に並べることもあるので、10分弱の上演時間の作品で20冊、30冊くらいのスケッチブックを使います。
── 2月にテレビアニメ「ポプテピピック」(1月から3月放送)で高速紙芝居を実演して話題になりました。なぜ、アニメ番組で高速紙芝居をやったのでしょうか。
安達 神風動画(アニメの制作会社)の人がもともと僕らの高速紙芝居を知っていて、7話の「ヘルシェイク矢野」で高速紙芝居をやってほしいと依頼がありました。
板倉 ヘルシェイク矢野は、原作の4コマ漫画の最後の1コマに登場するキャラクターです。
髪形と服装くらいしかヒントがなかったので、自由に内容を考えることができました。
楽器を使ったキャラクターで高速紙芝居を作ったら面白いだろうと、ギタリストの設定にしました。
── 制作日数は。
安達 描くのに4日、練習に1日かけました。
使ったスケッチブックは10冊くらいです。時間がなかったので徹夜で仕上げました。
── 2人でページをめくりながら声も当てていたので、紙芝居の実演はとても難しそうです。
安達 3分間の尺に収まらなくて、収録では10回くらい撮り直しました。
台本の時点ではいけると思ったのですが、実際にやってみると1分くらい縮める必要がありました。
めくる動作を極限まで効率よくして、どんどんタイムを縮めていきました。
放送前は不安だった
AC部はテレビアニメ「ポプテピピック」で、「ボブネミミッミ」のコーナーを担当した。高速紙芝居の回を除いて、基本は1本30秒間の短い動画のコーナーだ。形が崩れたキャラクター、ゆがんだ線、予想不能な展開で、「中毒性がある」とインターネット上でファンを増やした。
── 「ポプテピピック」は大きな反響を巻き起こしました。
安達 僕たちはクリエーティブ業界という狭い世界ではそこそこ知られていましたが、一般的な知名度は低く、それが活動の壁になっていると常々感じていました。
ポプテピピックはSNS(交流サイト)などで従来とは比較にならないくらいの反響があり、だいぶ裾野が広がったという感覚があります。
板倉 当初はこれだけ気に入ってもらえるとは予想していませんでした。
昨年12月、放送に先行して行われた上映会では、まったく反応がなかったんです。
その時にはすでに全12話分の制作が終わっていたので、「終わったな……」と不安でした。
── 他の映像作家は基本のキャラクターデザインを踏襲していましたが、「ボブネミミッミ」はキャラクターもタイトルも本編とはまるで違っていました。
板倉 制作会社から、とにかく何かぶっとんだものを作ってほしいと依頼されました。
いろいろな作家が参加するさまざまなテイストのショートコーナーを詰め合わせた番組にしたいということだったので、僕らも自分たちの味をしっかり出すつもりで作品を作りました。
安達 キャラクターの作画も、できる限り原作から引き離そうと試行錯誤しました。
キャラクターデザインはいっぱいあって、コマごとに変わったりします。
作画がころころ変わることに視聴者は違和感を抱くだろうということを意識しました。
── 本編ではプロの声優が声を担当しましたが、ボブネミミッミだけはAC部の2人が声を当てました。
板倉 プロの声優さんに任せるとアニメ全体の中に埋もれてしまうかもしれないと思ったんです。
普段の作品も自分たちで声を当てることが多いので、その方が特徴のある作品になると感覚的にわかっていました。
2人で練り上げた画風
── AC部結成のいきさつは。
安達 ACは、とあるゲームの略称で、学生時代に友人3人でそのゲームで遊ぶ非公式の部活を作ったのが始まりです。
部員募集のポスターを作って学食の掲示板に貼る活動をしていたのが、今につながる原点になりました。
── 卒業後、そのままプロの映像作家になったのですか。
板倉 3人とも就職しましたが、すぐにAC部として仕事の依頼がきました。
最初の仕事は、テレビドラマ「フードファイト」の番組宣伝用のCMの制作でした。
クリエーターが好きに宣伝動画を作るという企画で、深夜に放映されました。
AC部ですぐに仕事をもらえたので「これはいける」と思い、ゲーム制作会社を入社後3カ月くらいで辞めて、バイトと映像制作の生活に切り替えました。
安達 その後も大学の先生のツテで2カ月に1回くらいのペースで仕事がありました。
僕はデザイン会社、テレビのCG制作会社と合計2年半くらい務めていたので、板倉とどちらかの家に泊まりながら作業して、そこから仕事に行く生活でした。
── 普段はどのような仕事をしているのでしょうか。
板倉 今は、NHKのEテレの子供番組「ビットワールド」で、視聴者の子供が送ってきたアイデアを僕らが加工してアニメにするコーナーを毎週担当しています。後は、テレビのタイトルや、ミュージックビデオ(MV)、CMの制作です。最近はウェブ動画の依頼も多いですね。
── 絵はどちらが描くのですか。
安達 2人の合作で、互いの絵を自然と取り入れあいながら描いています。
2人とも、もともと自分の描いていた絵とは違う絵です。
── あのちょっとゆがんだ独特の絵はどのように生まれるのでしょう。
安達 わざと崩しています。
わざとらしくなく、自然に下手に描いたように見せたいのですが、結構難しいです。
最初からズバッと決まることはあまりありません。
描きながら少しずつ崩したり、戻したりしながら手の“爆発力”を待ちます。
板倉 見た人が違和感を抱くように意識しながら、AC部で面白いものを作ろうといろいろ描いていった結果、今の画風になりました。
── なぜ違和感を狙うのですか。
板倉 原体験は学生時代のデッサンの講評会です。
上手な作品が並ぶ中に、下手な作品があるとめちゃくちゃ面白いんです。
下手な絵って、デッサンが狂っていたり、顔が漫画っぽくなったりするんですね。
それで僕らがわざと下手に描いて提出したら、講評会で見た人がクスクス笑ったり、笑いをこらえたりしていた。
これは面白いと思いました。
── それが今につながっている。
板倉 例えばMVを作る場合、他の作品と並んだ時にどう見えるか比較対象を常に考えます。
ポプテピピックもアニメの枠の中でいかに変なものをやるか、嫌われない程度の違和感をぶつけることを狙いました。
── 2月から3月に「みんなのうた」(NHK)で放送された「おばけでいいからはやくきて」は絵本風のかわいらしい絵柄で、いつものAC部の作品とは違う印象でした。
安達 「みんなのうた」という番組にあった形にしようと、あの雰囲気にしました。
あのキャラクターはハムスターで、正面から見ると普通の形をしていますが、横から見ると顔の部分が平らなんです。
そういった部分で、AC部らしさを出しています。
オリジナルキャラに意欲
── 思い出深い作品を一つ挙げるとしたら何ですか。
板倉 (ミュージシャンの)グループイノウの「THERAPY(セラピー)」(2010年)のMVです。
当時、スランプに陥っていて、ここらでキレのあるものを作らなきゃと思っていたタイミングで出せた作品でした。
── 極彩色の色遣いと、歌詞とは直接関係のないイラストの連続がエレクトロミュージックに合っていて、一度見たら忘れられない強烈な印象のMVでした。
内容は2人で決めたのでしょうか。
安達 どの作品も、基本的に2人で考えます。
THERAPYの時は、好きなものを作ってほしい、締め切りも定めないと依頼をいただいたので、ちゃんと面白いものを作りたいと時間をかけて考えました。
板倉 締め切りがない仕事はめったにありません。
僕らのファンだと言ってくれて、信頼して依頼してもらえました。
結果的に評価もついてきて、頑張ったかいがありました。
── 映像に限らず、その人の作風でお願いしますと仕事を任されるクリエーターは一握りです。
板倉 外から見ると自分たちのテイストで作家性を出してやっているように見えると思いますが、僕らは作品に反響があることを一番重視しています。
自分の好きな絵を描くとはほど遠いところにいて、とりあえず違和感を作ることをやっている。
ある意味で仕事をしている感じです。
安達 与えられたお題にどう返すかを毎回考え、その返し方の集合体が作風になっています。
ずっと同じだと古くなるので、違和感が陳腐化しないようコントロールしています。
── 今後の活動は。
板倉 お題に対して何か作っていくのがAC部のスタンスでしたが、最近は自分たちからコンテンツを発信することに興味が湧いてきました。
安達 フリーランスなので仕事を断るのが怖くて、どんどん受けてきたので、自分たちから発信するコンテンツに割く時間がありませんでした。
でも、自分たちでキャラクターを作り、それを消費者が買う経験が蓄積され始めて、ただ受注するだけじゃない仕事の仕方が少し見えてきました。
一般的なものに対するカウンター的な立ち位置をキープしつつ、お客さんが「これ、欲しいかも」というものを作り出せるかもしれないと思えるようになってきたと感じています。
(本誌初出 /692 高速紙芝居でブレーク=AC部・映像作家 20180501)
●プロフィール●
AC部
多摩美術大学在籍中の1999年に結成。現在は安達亨(1976年神奈川県生まれ)と板倉俊介(1976年千葉県生まれ)の2人で活動している。主な作品にORANGE RANGE 「SUSHI 食べたい feat.ソイソース」などのミュージックビデオ、「鳩に困ったら雨宮」などのCMなど。高速紙芝居「安全運転のしおり」が2014年文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出。