マーケット・金融

地銀再編報道のどさくさで日銀がマイナス金利解除に道筋をつけていた件

     日本銀行が11月10日に発表した「地域金融強化のための特別当座預金制度」の導入に対して、「日銀が政府と一体になって地域金融機関の再編を後押しする」との報道が相次いだ。新制度が「地銀再編に対し、日銀が0.1%の利息を付ける事実上の“再編促進補助金”ではないか」といった報道だ。

     だが、日銀の狙いは地域金融機関の再編促進ではなく、「信用秩序の維持」にあり、それは取りも直さず、日銀の政策目標が現在の「物価安定のための金融政策」から「信用秩序の維持のための金融システムの安定」に舵を切ったことを示している。

     マイナス金利解除に道筋をつけた、といっても過言ではない。

    総裁選前から地銀再編を叫んでいた菅氏

    地銀再編の意向を示している菅義偉首相=首相官邸で2020年10月9日、竹内幹撮影
    地銀再編の意向を示している菅義偉首相=首相官邸で2020年10月9日、竹内幹撮影

     菅義偉首相は自民党総裁選の前から首相就任後の現在に至るまで「地銀は数が多過ぎるのではないか」などと発言してきた。これにより地銀の再編圧力が一気に高まった。

     折しも、11月27日から同じ地域の地銀同士の統合・合併を独占禁止法の適用除外とする特例法が10年間の特別措置として施行された。これは合併で市場占有率が高まった地銀が不当に貸出金利を上げないよう監視し、利用者保護を徹底する規定を盛り込むという特例法だ。菅首相が官房長官時代に官邸で主導した肝いりの政策だ。次に政府は金融庁を所管として、地域金融機関の合併・経営統合の費用の一部を国が負担する「資金交付制度」を検討する方針も決めた。これらの政策と相まって、地銀に0.1%の付利を行う新制度は、あたかも日銀が政府に同調したかのような印象を与えた。

    日銀の狙いは再編促進ではない

    閣議前に言葉を交わす菅義偉首相(左)と麻生太郎財務相兼金融担当相=首相官邸で2020年9月29日午前10時、竹内幹撮影
    閣議前に言葉を交わす菅義偉首相(左)と麻生太郎財務相兼金融担当相=首相官邸で2020年9月29日午前10時、竹内幹撮影

     だが、日銀が新制度を導入した狙いは、発表文にも記されているとおり、「地域金融機関の金融仲介機能を円滑に発揮していくための経営基盤の強化」だ。

     新制度は「経営基盤の強化」もしくは「経営統合等」のいずれかを条件に、地銀や信金の日銀当座預金に0.1%特別金利を付けるものだ(写真参照)。「経営基盤の強化」を先に出していることでも、日銀の狙いが再編促進ではないことは明らかだ。経営統合や合併は選択肢の一つにすぎない、という考えだ。

    本筋は「経費を減らし粗利を増やせ」

    日本銀行本店=東京都中央区で、後藤豪撮影
    日本銀行本店=東京都中央区で、後藤豪撮影

     日銀が地銀や信金に求めている“本筋”は、「一定の経営基盤の強化」の条件として提示されている「OHR(Over Head Ratio)」等の向上」にある。OHRとは、預金を集めて融資を行う金融機関の「本業で得る利益に対する経費の割合」だ。経費を削減するか、粗利を増やすか、両方を同時に行うか、を日銀は金融機関に求めているのだ。

     言うまでもなく地銀の経営は苦しい。少子高齢化や人口減少により市場の縮小均衡が進んでいることに加え、黒田東彦日銀総裁の就任から継続している“未曾有の低金利政策”と「マイナス金利」で、収益の源泉である利ザヤが縮小しているからだ。

    政府に同調したわけではない

     加えて、新型コロナウイルスの感染拡大により、融資先の経営破綻リスクが高まり、コロナ対応の融資が将来返済不能となるリスクも抱えている。これに対し、地銀は引当金の積み増しを行っているが、2020年9月中間決算で上場地銀78社のうち約6割が減益か赤字。その立て直しこそが日銀の狙いなのだ。

     付利の条件として「経営基盤の強化」を最初に打ち出したのは、日銀が「中央銀行とし独立性を保ち、政府に同調しているわけではない」という意思の表れともいえる。

    密室の政策委員会で議論されたワケ

    金融政策決定会合を終え、記者会見する日銀の黒田東彦総裁=東京都中央区の日銀本店で2018年4月27日午後4時1分、手塚耕一郎撮影
    金融政策決定会合を終え、記者会見する日銀の黒田東彦総裁=東京都中央区の日銀本店で2018年4月27日午後4時1分、手塚耕一郎撮影

     黒田総裁も11月18日の衆院財務金融委員会で「新制度は金融システムの安定が目的だ」と強調している。

     新制度が決定されたのは外部に審議内容が公開される「金融政策決定会合」ではなく、密室の「政策委員会」の通常会合で議論された。金融政策決定会合は、日銀の政策目標である物価安定のための金融政策を検討する会合で、政策委員会は、日銀にとってもう1つの重要な政策目標である「信用秩序の維持」や金融政策以外の検討を行う場だ。

     検討事項には日銀の組織や業務、金融機関の経営危機などセンシティブな問題も含まれているため非公開なのだ。

    「財政か、金融か、それが問題だ」

     しかし、それ以上に今回の新制度は、中央銀行である日銀が実施する上で“微妙な”問題を内包していた。

     新制度が財政か、金融か、“グレーゾーン”だったのだ。

     世界の中央銀行を見ても、中央銀行が地域金融機関の経営統合の支援を行うのは極めて異例だ。日銀が当座預金への付利という形を通じて、“事実上の補助金”を経営破たんの危機があるわけでもない個別の金融機関に供与するのも日銀史上では初めての政策なのだ。

    0.1%の付利で布石を打っていた日銀

     実は日銀は5月に、新型コロナの感染拡大の影響を受けた個人事業主や中小企業などの資金繰り支援を行う「新たな資金供給手段」を開始していた。この制度では、実質無利子・無担保融資とそれに準じる金融機関独自の融資に対して、日銀が資金供給を行った上で、融資の実績に応じて各金融機関の日銀当座預金に0.1%の付利が行われる。

     政府が新型コロナ禍にある中小企業などを支援するという目標を立て、その一端を日銀が担ったのであれば、それは政府の財政政策の中の政策金融に日銀が加わったという捉え方ができよう。 しかし、融資の実績に応じた各金融機関の日銀当座預金への付利は“相当に微妙な仕組み”ではないだろうか。

    特定の業界を対象にした補助金なのか

     そして問題は今回の新制度「地域金融強化のための特別当座預金制度」がより一層“グレーな仕組み”であることだ。

     政府が「地域金融機関の救済」という方針を打ち出し、政策金融として地域金融機関に資金供給を行うのであれば、それは政策金融と理解できる。

     だが、新制度は資金供給ではなく、付利という形での“補助金”であり、地域金融機関という特定の業態を対象にしたものであり、明らかに政策金融の範疇を超えている。

     中央銀行として立場、日銀法からの逸脱とさえ見えてしまう。

    「政府のお墨付き」を得る方針を欄外に明記

     日銀もこの点は相当に議論を重ねたのであろう。その形跡が日銀の新制度の発表文である「『地域金融強化のための特別当座預金制度』の導入について」の2ページ目の欄外に「本制度を実施するうえで必要な認可についても検討等を進めていく」という文言に表れている。

     日銀はこの新制度を実施するにあたって、前述のような問題を指摘されないように、政府の“お墨付き”を得る方針なのだ。

    日銀の「地域金融強化のための特別当座預金制度」リリース2枚目にひっそり書かれた文言
    日銀の「地域金融強化のための特別当座預金制度」リリース2枚目にひっそり書かれた文言

    マイナス金利との矛盾

     さて、冒頭、日銀は政策目標を現在の「物価安定のための金融政」から「信用秩序の維持のための金融システムの安定」に舵を切ったと述べた。それは、「新たな資金供給手段」や新制度で「日銀当座預金への0.1%の付利」という手段を選択したことに表れている。この方法は、政策金利をマイナス0.1%としている現在の金融政策スタンスと明らかに矛盾している。見方によっては “事実上の利上げ”でもある。

    8年を経っても達成できない2%

    記者会見する日本銀行の黒田東彦総裁=日銀本店で29日(代表撮影)
    記者会見する日本銀行の黒田東彦総裁=日銀本店で29日(代表撮影)

     2013年3月に就任した黒田総裁は、デフレ経済からの脱却として「2%の消費者物価」を目標として掲げた。18年4月に総裁に再任され、任期は23年4月まで延びたとは言え、総裁就任以来8年近くを経過しても、「2%の消費者物価」は達成の見込みすらない。

    安定のためのマイナス金利を解除

     目標こそ取り下げていないが、もはや期待感も薄れてしまった。経営悪化に苦しむ地域金融機関に新型コロナ禍という災厄が加わり、その経営支援に日銀が乗り出すことで、政策目標を「物価安定のための金融政」から「信用秩序の維持のための金融システムの安定」に切り替え、支援方法として「日銀当座預金への0.1%の付利」という手段を採用することで、金融政策のマイナス金利解除の布石を打ったのだと言えよう。

    *   *   *

     菅首相の地銀のオーバーバンキング問題提起は、政策目標の変更を検討していた日銀にとっては、“渡りに船”だったのではないだろうか。

    (鈴木透・ジャーナリスト/金山隆一・編集部)

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