経済・企業 新首相と日銀の出口
次の首相が誰になっても「アベノミクスのツケ」に苦しむことになる 困難を極める金融政策の「4つの出口」
次期総理となる自民党新総裁は、1年の任期の中で東京オリンピック開催の是非という大きな政治的決断を迫られる。ここに相当なポリティカル・キャピタル(政治的資本)を費やさざるを得ない新総裁は、金融政策にはあえて触れたがらないだろう。とりわけ、短期的に不人気になりやすく、また発言自体が市場を揺り動かしかねない出口政策に言及する可能性は低い。新総裁は安倍政権の金融政策との関係を継続する流れがすでにできており、この流れを超えた発言が得にならないこともわかっているので、「日銀に任せてある」という言い方が基本になるだろう。
今の市場は公的介入に慣れきっており、「困ったら日銀が買いに出てくれる」ことが織り込まれてしまっている。こうした状況で出口のメッセージを出すのは、誰にとってもリスクが大きく、度胸のいる決断になる。
出口は日銀の責任
政治の側が「日銀にはデフレ脱却を頼んだが、手段は任せている」という言い方を続けていることは、手段の選択もその出口も、責任(ボール)は日銀に投げられていることを意味する。日銀としても、自らのバランスシートの膨張は、自ら採った手段の結果ということになり、「アベノミクスの一環」とは言いにくい。
日銀へのプレッシャーは「値下がりしたものを買え」という形で表れる。債券が下がれば債券、株が下がれば株、外貨が下がれば(円高になれば)外貨を買えと。そして、「買う」という決定はだいたい歓迎される。しかし逆に「もう買わない」「売る」という決断は市場に衝撃を与えかねないし、不人気となりやすいことは政治家も認識している。それは日銀の責任でやってもらいたいと考えるだろう。
日銀がいずれ直面する四つの出口
日銀が考えなくてはならない出口は、採ってきた手段に応じて四つある。
まず、日銀のバランスシートに積み上がる国債をどうするか。
中央銀行が自国の国債(ソブリン)を売ることは市場に相当な衝撃を与えるので、現実的には国債を抱え続けながら償還を待つしかない。
日銀は40年債まで買っており、出口には数十年かかる。量的・質的緩和が導入された13年以降に日銀が買った国債は徐々に償還を迎えるため、新たに買う量を減らせば、保有国債の残高も徐々には減らせる。その間、日銀は当座預金への付利により金利調節を行うことになるが、これは日銀が「短期調達・長期運用」という形で金利リスクを抱え込むことを意味する。
この金利リスクは、インフレ率や金利がゼロに近い状況では顕在化しないが、インフレ率が本当に2%に達するような状況では表面化する。
すなわち、日銀は保有国債のファンディングのために当座預金の付利を引き上げる形になり、そうなると逆ザヤになる。このように量的緩和は、拡大期には日銀の収益を増やすが、出口にかけては逆に減らす方向に働く。この結果「国庫納付金が納められなくなる」、さらには「日銀の資本が不足する」ことも予想されるが、そこは割り切ればよいとの主張もある。
しかし、海外の事例をみると、中央銀行が資本不足に陥った国々では、経済のパフォーマンスもよくないことがほとんどである
マイナス金利からの出口の障害は円高懸念
二つ目は、16年初に導入されたマイナス金利からの出口。
マイナス金利は本質的に、「量」と相性がよくない。当座預金の「量」の限界的な増加部分にマイナス金利を賦課している以上、銀行側からすれば、これを回避するには「量」を増やさなければ良いことになるからだ。
日銀は最近、コロナ対応の貸し出しを増やした金融機関に、その増加に応じてマイナス金利賦課から実質的に逃れられる特例を設けた。
このように日銀は、「マイナス金利」を旗印に掲げ続けつつも、実際にはマイナス金利があまりかからないように腐心しているといえる。
この面を見れば、実は日銀は、マイナス金利からの出口をステルス(目に見えない形)ですでに試みていると言えなくもない。少なくとも、日銀が実際にはマイナス金利の政策効果を追求する意図があまりないことを示唆している。
国際的にも、マイナス金利の政策効果に対しては懐疑的な声が強まっている。しかし、マイナス金利を明示的に止める上では、「日銀が利上げに転じた」「日米金利差縮小」と市場で受け止められ、円高になることへの懸念がハードルとなる。
したがって当面は、「マイナス金利を旗印に掲げ続けつつ、現実にはあまりかからないようにする」という対応がとられやすいだろう。もちろん、自ら採用した政策の効果に自ら懐疑的であるような説明はしにくいため、積極的には言わないだろうが。
マイナス金利からの出口に踏み切るとすれば、以下の二つのケースだろう。まず、円高ではなく円安が懸念される状況となる場合。もう一つは、金融システムが不安定化し、「マイナス金利が銀行システムの体力を奪っている」という批判が強まるケースだ。
長期金利コントロールの問題は物価目標達成局面で先鋭化
「10年物長期金利が0%程度」といった長期金利コントロール(イールドカーブ・コントロール=YCC)からの出口はさらに難しい。
現実の物価もインフレ予想もゼロに近い状況では、長期金利にも上昇圧力はかかりにくい。上昇圧力が強まるのは、物価が目標である2%を達成するような局面である。
すなわち、本来であれば出口を考えるべき局面になるほど、長期金利コントロールを外すことに伴う金利急騰のリスクも高くなってしまう。しかし、市場安定のために金利コントロールを続けると言えば、市場参加者は日銀に国債を売り浴びせてくるだろう。
2人のFRB議長が辞任した出口
米国では、第2次世界大戦中に開始された長期金利コントロール政策からなかなか出られなくなり、出口を模索するFRB(米連邦準備制度理事会)とこれを続けさせたい政府との間で泥沼の論争となった。長期金利コントロール政策は51年に、財務省とFRBの共同宣言(アコード)によってようやく出口を迎えたが、この過程で2人のFRB議長が辞任を余儀なくされている。
米国のFRBが最近のFOMC(連邦公開市場委員会)で長期金利ターゲット政策について消極的な見解を示しているのも、このような自らの歴史や、上述のような問題を考慮したためであろう。
「株式に償還はない」という現実
最も大変なのはETF(上場投資信託)買い入れの出口。
株式は債券と違って償還はないので、出口に行くには売らなければならない。大規模な金融緩和を行っている海外中央銀行がエクイティは買っていないのは、資源配分の非効率化というリスクに加え、出口の大変さがわかっているからだ。
中央銀行が株を売るのは大変な決断。株の売却が株価下落や、さらには経済悪化のトリガーになってしまうことを恐れるからだ。実際、日銀が13年に量的・質的緩和を始めて以降、株式市場は世界的に上げ相場が続いたが、この中で日銀は株式を売るどころか、むしろ買い続けている。
日銀があらゆる企業の株式を買いつくせばもはや自由主義経済とは言えず、ETFの買い入れは長期的にはサステナブル(持続可能)ではない。
しかし、日銀自身がこれまでの上げ相場でも売れなかったのであるから、ましてや政治家が株式売却のリスクを進んでとることは考えにくく、出口は先送りされやすい。
当面の現実的な選択肢としては、「いざとなればたくさん買うと言って市場を安心させながら、株価の上昇・安定局面で徐々に現実の買い入れを減らし、市場に慣れさせる」ということになろう。
しかし、いずれは出口を考えなければならないし、その決断は相当な逆風にさらされるだろう。米国で長期金利コントロールをやめる際、2人のFRB議長が辞任を余儀なくされたのは前述の通りだが、「ETFの買い入れを止める」、さらには「売却する」という決断への逆風は、それ以上のものになるかもしれない。
日銀のETF買いに効果はあったか
同時に、ETFの買い入れが現実にどの程度効果があったのか、冷静に評価していく作業が必要だ。
主要中央銀行の中でETFまで買っているのは日銀だけだが、近年の株高は世界的傾向であり、海外と比べて日本の株価のパフォーマンスが非常によいとも言えない。さらに、海外投資家から見て重要な「米ドル換算での株価」をみると、日本株のパフォーマンスはさらに目立たなくなる。
また、エクイティの買い入れは、資源配分のゆがみという問題を伴う(例えば、TOPIX連動型ETFの買い入れは東証上場企業に有利に働くが、真の成長企業は未上場企業の中にいるかもしれない)。
ETF買い入れに大きな効果があったわけでないなら、これをやめても影響は大きくないかもしれない。
そうであれば、これをやめられるかどうかは、短期的な衝撃や批判を耐え忍ぶ覚悟を中央銀行が持てるかどうかに帰着する。
また、主要企業の顔ぶれは、数十年もたてばどんどん入れ替わる。この中で「売れないポートフォリオ」を抱えることは、やはりリスクとなる。
「日銀が抱える株式を直ちに売るのは無理でも、これを投信にして売却する一方で別のETFを買うなど、銘柄の入れ替えを可能にしてはどうか」との意見があるが、このような柔軟性を持たせるのは、長期的な国民の損失を避ける意味で、一つの考え方だろう。
(山岡浩巳 フューチャー取締役、フューチャー経済・金融研究所長、元日銀金融市場局長)