アメリカ オバマ回顧録の第1部『約束の地』発売=冷泉彰彦
11月17日、バラク・オバマ前大統領の回顧録『約束の地(”A Promised Land″)』が発売された。民主党支持者を中心に今でも絶大な人気を誇るオバマ氏の著作であるし、また2年前に発売された妻のミッシェル・オバマ氏の回顧録『マイ・ストーリー(”Becoming″、2018年)』が空前のヒットとなったこともあり、前評判は高かった。歴代のアメリカ大統領は、退任後に回顧録を書くことが慣例となっており、例えばビル・クリントンの回顧録『マイライフ(04年)』はベストセラーとなったが、話題性としてはこれを上回っている。『ニューヨーク・タイムズ』の報道によれば、版元のクラウン社は米国内向けに340万部、海外向けに250万部、計590万部の初版を用意したという。
まず指摘しておきたいのは大冊ということだ。当初はもっと短い内容を構想していたそうだが、その後、現在のアメリカの政治状況を踏まえて加筆を重ねる中でボリュームが増え、結果的には全2冊という構成になった。本書はその第1部に過ぎないが、それでも紙版で768ページというボリュームになっている。
第2部(未刊)を含めた全体としては大統領制のあるべき姿や、アメリカの「国のかたち」に関する本質的な議論、更には個人的な経験や思考も含めているという。一方で、前半となる本書においては、歴史的な事実とその背景に関する当事者の視点が中心となっており、大統領就任前のシカゴ時代、そして上院議員時代の回顧、そして大統領として8年間の任期中について膨大な情報量が記述されている。
内容については精緻という一言に尽きる。外交の記録においては、例えばアラブの春、ウサマ・ビンラディン殺害、イラン核合意などについて、背景となる国際情勢に関する分析を含めて、大統領として判断を下した根拠について史家の評価に委ねるように詳しく書かれている。リーマン・ショック直後の就任から、経済再生に尽力した記録も貴重だ。
日米関係に関しては、鳩山由紀夫元総理への批判的な記述が話題となっているが、それよりも09年の訪日に際して当時の天皇、皇后両陛下(現上皇、上皇后)に抱いた深い敬意が記されていることに留意したい。
(冷泉彰彦・在米作家)
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