教養・歴史アートな時間

映画 日本独立 現憲法の成立過程を描写 監督念願のテーマが実現=野島孝一

 山本薩夫監督や今井正監督が亡くなってから、日本映画は社会派と呼ばれる気骨のある作品がめっきり少なくなった気がする。伊藤俊也監督は、「女囚さそり」シリーズや「誘拐報道」など娯楽映画を数多く手がけてきたが、東条英機の東京裁判を回顧した「プライド 運命の瞬間(とき)」を1998年に製作した。すると「東条英機の映画を作るなんて実にけしからん」と左翼にさんざんたたかれた。

「プライド」は東条英機を英雄視した映画ではなかったのに、目の敵にされた。私はめげることがない伊藤俊也監督を尊敬していた。その伊藤監督が東京裁判と並行して描きたがっていたのが、「日本独立」だった。脚本の原型はそのころできあがっていたという。

 45年8月15日、日本はポツダム宣言の受諾を発表して敗戦が決まった。後にGHQ(連合国軍総司令部)の最高司令官となるマッカーサー元帥が厚木に降り立ち、昭和天皇と並んで立った写真が新聞に掲載され、日本国民に衝撃を与えた。

 外務大臣として戦後処理に当たったのは吉田茂だった。吉田は旧知の白洲次郎を呼び寄せ、GHQとの折衝に当たらせた。白洲次郎は英ケンブリッジ大学に留学した秀才で、英語力は抜群だった。日本の敗戦を早くから見越しており、終戦時には東京郊外で農業をして暮らしていた。正子夫人は随筆家で文化人として知られている。

 GHQとの折衝に当たった白洲次郎は理路整然として物おじせず、連合国将校たちを驚嘆させた。そうしたエピソードから日本国憲法をめぐるGHQと日本政府の確執までを、白洲次郎を浅野忠信、正子を宮沢りえ、吉田茂を小林薫という配役で描いていく。中でも吉田茂は小林薫がそっくりな特殊メークをしていて驚かされた。

 日本国憲法については、改憲と護憲で世論が真っ二つに分かれている。改憲を主張する人たちは、「進駐軍に押しつけられた」と理由付けしているが、そのいきさつが描かれた作品だといってよい。日本政府は松本烝治国務大臣を中心に、憲法学者たちが集まって憲法改正試案を作成していた。ところが、GHQは独自に草案を作成。日本側の草案を退け、いわゆるマッカーサー草案を日本側にのませたとされる。

 白洲次郎はGHQのごり押しが我慢できず、吉田茂に怒りをぶつける。吉田は若い白洲をいさめるように「GHQに従うふりをする。早く独立することで、また憲法も変えられる」というシーンがあるが、こんなに長く憲法が存続するとは、吉田茂は想像もしていなかっただろう。

(野島孝一・映画ジャーナリスト)

監督 伊藤俊也

出演 浅野忠信、宮沢りえ、小林薫

2020年 日本

12月18日(金)より TOHO シネマズ シャンテ他全国順次公開


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