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経済・企業 インタビュー

コロナワクチン配布にも応用?経済理論を社会実装する「マーケットデザイン」に東大が本気で取り組みはじめたワケ

保育園の待機児童や研修医の偏在など現実の社会問題について、米国仕込みの最先端経済学で解決を目指す気鋭の若手経済学者、小島武仁・東京大学マーケットデザインセンター長が研究への熱い思いを語った。

(聞き手=浜條元保/市川明代/白鳥達哉・編集部)

── 専門とされている「マーケットデザイン」とは何なのか、教えてください。

■経済や社会のさまざまな問題について、そこに参加する個人や企業は、互いに相手の行動を読み合い、自分にとって何が最適かを考えながら動いています。

それぞれをゲームのプレーヤーと見立て、状況を分析するのが「ゲーム理論」という学問です。

そのゲーム理論の知見を生かし、各プレーヤーが好き勝手に行動する際に、法律や制度をどう設計しておけば、うまくいくのかを考えるのが「マーケットデザイン」です。

机上の空論にとどまらず、実際の経済社会の制度設計に踏み込んでいくというのが大きな特徴です。

── 保育園の待機児童や研修医の偏在などの問題の解決にも使われているそうですね。

■例えば研修医のマッチングは、「就活市場」の特殊な例とも言えます。

日本の就職活動では、優秀な人材を早期に獲得しようとする、いわゆる「青田買い」が横行し、結果的にミスマッチが起きています。

その解決に成功しているのが米国の研修医マッチングです。

1950年ごろから、一人一人の研修医にどんな病院を希望しているのか、病院側にはどんな人材を欲しているのかを聞き取り、コンピューターを使ってマッチングすることで、青田買いの問題を解消しています。

日本でも2003年から導入されています。

グーグルが人事に活用

── 仲介者が間に入って決めるのと違って、どんなメリットがあるのですか。

■全員に希望を聞き、それをどういうルールで処理しているのかも公開されるので、非常に透明度が高い点が挙げられます。

例えば米グーグルの社内人事の一部で、研修医と同じマッチングが使われています。

「あなたに合っているのはこの部署だから、行きなさい」というのではなく、各人に希望を聞いたうえで、公平な仕組みを使って配属先を決めることで、従業員が納得するようになったといいます。

── 日本は経済学の知見を社会実装するという点で、遅れているように見えます。

■確かに日本が立ち遅れているのは事実だと思います。

例えば、20年のノーベル経済学賞を受賞した米スタンフォード大学のポール・ミルグロムとロバート・ウィルソンの主要業績の一つは、電波周波数帯のライセンス割り当ての競売に使われる「オークション理論」の発展に貢献した点ですが、先進国で電波オークションを導入していないのは日本だけです。

なぜ日本が遅れているのか、はっきりとした理由は分かりません。

ただ、米国は特に経済学者の層が厚いということは言えます。

米国でも、今ではマーケットデザインの重鎮といわれるような研究者たちが、90年代前後にかなり苦労して成功例を作ってきました。

オークション理論は米国でも最初は机上の空論と思われていました。

そこである大御所研究者は、理論が実際に有用であることを示すために、外部からプログラマーを雇って、自分が良いと思うオークションのアルゴリズムを基にプログラムを書いてもらい、それを見せて説明したそうです。

米国では、先人たちがそういう地道な努力を重ねてきたということ、そして、それが早かったということです。

日本も今後、同じように積み上げていくことで、変わる可能性があります。

「保活」の実体験が根底に

── 経済を机上の学問にしておくのではなく、実社会に役立てようという小島先生の高い志は、どのようにして生まれたのですか。

■私が米ハーバード大学に留学した03年当時、マーケットデザインの理論を実社会に応用しようという話が盛り上がり始めていました。

大学院の友人や私の指導教官が、米国の学校選択制度に応用したり、腎臓移植のドナー交換のシステムを作ったりして、身近なところで次々に成功事例が作られていったということがあります。

個人的な事情もあります。

第1子が15年に誕生し、翌年夏に一時帰国した際に、日本では子どもを保育園に預けるのも非常に大変だと知り、より興味を持ちました。

研修医のマッチングでも、米国では最近女性の研修医が増え、夫婦で一緒にマッチング(同じ病院に勤務)させる必要が生じています。

私自身、妻と共働きで同じ問題を抱えています。

実体験から気になっていることを数学の言葉に直していく作業は非常に面白いです。

自身も2児の父で、保育園探しには苦労した(本人提供)
自身も2児の父で、保育園探しには苦労した(本人提供)

── 今秋、設立された東京大学マーケットデザインセンターの所長に着任されました。

米国の大学から日本に戻ってくることに、迷いはありませんでしたか。

■確かに、スタンフォード大学は研究環境が非常によく、迷いはありました。

ただ幸い、政治学者である妻と私と夫婦そろって良いポジションを用意してもらうことができました。

さらに、東大から「新しくマーケットデザインの研究所を作るからどうか」という話があったことも決断を後押ししました。

これまでに日本の研修医のマッチングや保育園の待機児童問題について、具体的な制度を提案する論文を書いてきましたが、米国にいるとなかなか実現できず、フラストレーションがたまっていました。

厚生労働省の担当者も、理解はしてくれるのですが、実際の政策に結びつけるとなると、やはり日本に常駐していないと交渉が難しく、個人の研究者レベルでは相手の実務的な疑問にも応えられないわけです。

研究機関であれば、所属するメンバーや研究助手が手伝ってくれます。チャンスだと思いました。

宇沢弘文先生は「神様」

── もともと東大理科1類のご出身ですね。

理系出身で、米シカゴ大の教授から40代前半で東大に戻られた数理経済学者の宇沢弘文氏の経歴と重なります。

■私自身は教養学部を終え、学部の振り分けの時に友人から、後の恩師でもある松井彰彦先生のゲーム理論の教科書を教えてもらい、読んだところ、数学を使って社会の役に立てるというのが面白くて、経済学部に進みました。

実は、宇沢先生が日本に戻ったのが40歳、私も41歳になったばかりです。

宇沢先生は私にとって神様のような存在ですが、おそらく何か転機があって、決断されたのだろうと思います。

自分自身もこれまで米国でやってきたのと違うところで、世の中の役に立つことをしたいと強く思いました。

宇沢先生が東大に戻った時は助教授(現准教授)でしたが、幸い、いま東大は、研究者の米国への一極集中でなかなか人材を獲得できないことに危機感を持っています。

昔では考えられなかったような気配りをし、機動的に動いてくれました。感謝しています。

── 20年末に帰国し、来年からいよいよ本格スタートになると思いますが、目標は。

■まず、具体的な政策課題について、社会実装に向けて動いていきたいと思います。

既に、自治体の保育園の入園選考のほか、企業内の人事配置などで、実際に話が進み始めています。

二つ目は研究を極めること。三つ目は学生を育てることです。

日米の大きな違いとして、日本は女性の経済学部における存在感が小さいという点があります。

経済学は面白く、社会に有用なはずなのに、女性が興味を持てずにいるのです。

センターで雇用する研究員、スタッフ、研究助手として女性に積極的に声をかけるなど、小さなことから改善していくつもりです。

世界で新型コロナウイルスが猛威を振るっています。

医療機器の配分、今後はワクチンの配布の問題が出てきます。

09年の新型インフルエンザの流行時にもワクチンをどう配布するかが大きな問題になりました。

医療資源に代表される、価格メカニズムだけでは解決しない問題について、どう制度を設計すればうまくいくか、考えていきたいと思っています。

(本誌初出 小島武仁 東京大学マーケットデザインセンター長 最先端の経済理論で制度設計 ワクチンの最適な配布はできる 20201222)


 ■人物略歴

小島武仁 こじま・ふひと

 1979年生まれ。2003年東京大学卒業(経済学部総代)、08年ハーバード大学経済学部博士。エール大学博士研究員、スタンフォード大学教授を経て20年より現職(経済学部教授兼務)

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