国際・政治

検察改革による「大混乱」で文大統領の支持率低下に拍車がかかっているワケ

    検事総長の任命式が行われた2019年7月25日、青瓦台での文在寅大統領(左)と尹錫悦氏=青瓦台提供
    検事総長の任命式が行われた2019年7月25日、青瓦台での文在寅大統領(左)と尹錫悦氏=青瓦台提供

    「大統領に司法が牙をむいた、韓国に三権分立はない」

    「私たちの社会に正義が生きている証拠で、大切なクリスマスプレゼントだ」

    2020年12月24日、韓国のSNS(交流サイト)にはこんな両極端の書き込みがあふれた。

    クリスマスの話題ではない。この日の夜10時に、ソウル行政裁判所が「回復困難な損害を与える」と尹錫悦(ユンソクヨル)検事総長に下されていた「停職2カ月」という懲戒処分の効力停止を決めたことへの反応だ。

    尹氏を批判してきた者たちはショックを受け、応援してきた者は安堵(あんど)した。

    この結果を受け、尹氏は職務に復帰した。だが韓国メディアには「文政権にレームダックの可能性」「検察だけでなく、法院(裁判所)までも反旗」という言葉が躍った。

    尹氏への懲戒処分を裁可したのは他でもない、文在寅(ムンジェイン)大統領だったからだ。

    人権弁護士出身の大統領が進めてきた検察改革は今、大きな山場を迎えている。

    20年の韓国は「検察改革」に明け暮れた年でもあった。

    秋美愛(チュミエ)法相が1月に就任すると、文在寅政権の人脈関与が疑われるファンド詐欺事件捜査団を解体し、尹氏の側近を地方に左遷した。

    さらに、資産運用会社による政官界へのロビー疑惑事件などについて捜査指揮権を発動し、尹氏に対して捜査指揮を中止するよう指示した。

    また、文政権に批判的な報道機関と不適切に接触したことや、曺国(チョグク)前法相の職権乱用など主要事件を担当する判事の政治的傾向に関する情報を収集したことなどを理由に、「政治的中立を毀損(きそん)している」と主張。

    法務省の懲戒委員会が停職2カ月とする処分を決めたことに対し、尹氏側が「不当」だとして処分の停止を求め、仮処分申請する異例の展開をたどっていた。

    忖度しない「ヒーロー」

    尹氏はそもそも、文在寅政権の「顔」とも言える人物だった。

    朴槿恵(パククネ)政権下の13年、大統領選挙で世論工作を行った疑いがある国家情報院に対し、特別捜査チーム長として 検察上層部の反対を押しのけて強制捜査に踏み切り、「私は人に忠誠を誓わない」と述べて権力に忖度(そんたく)しない検察のヒーローとして名を上げた。

    さらに、朴大統領の退陣を求める100万人規模の「ろうそくデモ」が最高潮に達した16年には、特別検事チームの中枢として朴氏を巡るさまざまな疑惑を追及。

    朴氏は17年3月に収賄などの容疑で逮捕され、国民は留飲を大いに下げた。

    そして17年5月に文政権が発足するや出世街道を駆け上がり、19年7月に検事総長となった。

    任命する際、文大統領は「青瓦台(大統領府)でも政府、与党であろうが権力型の非理(法律違反)があるならば、厳正に臨んでほしい」と尹氏に述べるなど、「法の番人」としての役割を期待していた。

    だが、そんな蜜月も長くは続かなかった。同じ年の8月に文大統領が曺国氏を法相に指名したところ、尹氏は検察の総力を挙げて曺氏とその一家を捜査し、さまざまな違法行為の疑惑を世の中に明かした。

    また、文大統領が9月に任命を強行しようとするや、大統領府に直接電話し「ここまでやっているのになぜ諦めないのか」と直言したという話があるほど、異様で強硬だった。

    その背景には文大統領と考えを共有する曺氏が進めると見られた検察改革への拒否感があったとされる。

    結局、曺氏はわずか35日で長官職を退かざるを得なかった。

    その後も尹氏の捜査のメスは前出のファンド詐欺事件や地方選挙への介入、さらに原発早期閉鎖への関与に至るまで、青瓦台が関わる疑惑に正面から挑んでいった。

    文政権の支持者にとって尹氏は「大統領に従わない暴走機関車」であっただろうし、それ以外の有権者にとっては「権力の腐敗に切り込む勇者」だった。

    「公正」が時代のキーワードである韓国の世論は、圧倒的に後者が優勢だった。

    「二重基準」の批判

    俗に韓国の検察は「世界最強」と言われる。捜査と起訴に関するあらゆる権限を独占し、その調書は警察よりも高い証拠能力を持つと決められているためだ。

    ただ、もともと韓国検察の権限はこれほど強大ではなかった。87年の民主化以前は対立する者に「アカ」や「スパイ」といったレッテルを自在に貼ることで軍事独裁権力の維持を図ってきた国家安全企画部(現国家情報院)や警察の「でっち上げ」を追認するだけの組織だった。

    それが、民主化とともに過去暗躍した機関への市民の監視の目が強まるに従い、強い権限を合法的に扱える組織として地位が急上昇した。

    検察はさらに自らも権力化していく。2000人の検察官と6000人の検察捜査官を擁し、検事総長は大統領の下手人ではなく権力を共に維持する「パートナー」として存在。

    5年任期の大統領と異なり、上意下達による一枚岩の組織として存在し続ける検察の影響力は強まるばかりになった。

    その検察には、常に時の政権次第で捜査の判断を変える「ダブルスタンダード」の批判も付きまとう。

    一例を挙げると、李明博(イミョンバク)元大統領を巡って07年、大規模な株価操作事件を巻き起こした投資会社「BBK」と、これに巨額を投資した自動車部品会社「ダース(DAS)」の実質的な所有者ではないかとの疑惑が持ち上がったことへの検察の対応がある。

    当時の検察は、野党の有力な大統領候補で当選確実と見られていた李氏を「嫌疑なし」とした。

    しかし、文政権発足後の17年には再捜査に乗り出し、20年10月に懲役17年が確定した最高裁判決では「DASは李明博の所有」と認定している。

    文政権が大ナタを振るったのは、まさにこの「ダブルスタンダード」の部分であり、民主化の本質が権力の分散であるならば、検察こそが「最後の民主化対象」であるはずだった。

    さらに故・盧武鉉(ノムヒョン)元大統領が、退任後に収賄容疑で検察から受けた侮辱的な取り調べに耐えかねて自死を選んだことが、文大統領と政権幹部、そして文氏の中心的な支持層の高いモチベーションとなっていた。

    昨年12月には、大統領や国会議員、検事などを捜査する独立捜査機関「高位公職者犯罪捜査処」の設置法案や、検察の捜査権を警察と分け合う法案が国会で成立し、文政権は検察改革への前進を止めない。

    だが、秋氏は混乱の責任を取って辞意を表明したばかりか、ソウル東部拘置所での新型コロナウイルス感染拡大を巡り、市民団体などから職務放棄の疑いで告発されており、秋氏への責任追及が今後本格化する可能性がある。

    職務に復帰した尹氏と文政権の斬り合いは今後も続く見通しで、尹氏の力を利用したい野党も巻き込んで波乱含みの情勢となる。

    新型コロナへの対応が評価され、文大統領を支える与党・共に民主党は昨年4月の総選挙で大勝した。

    しかし、検察改革の混乱だけでなく、不動産価格抑制策の失敗や、記者会見を開いて直接国民と語らない「疎通」への不満などから、足元では支持率低下に歯止めがかからない。

    来年3月の次期大統領選も控え、韓国政界はさらなる混乱に拍車がかかることになる。

    (徐台教・「ニュースタンス」編集長)

    (本誌初出 「検察改革」の大混乱 文大統領の支持率低下に拍車=徐台教 20210119)

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