経済・企業 食品
ついに日本でも!「ゲノム編集トマト」発売開始の衝撃
2020年12月11日、筑波大学発のベンチャー企業「サナテックシード」(東京都港区)は、ゲノム編集技術で誕生したトマトの販売・流通を厚生労働省と農林水産省に届け出た。
このトマトは、血圧を下げ、心をリラックスさせる成分の「ガンマアミノ酪酸(GABA、アミノ酸の一種、通称ギャバ)」を多く含む。
商品名は「シシリアンルージュ・ハイギャバ=写真)」。むろんゲノム編集食品の届け出第1号である。
同日、東京都内の記者会見で竹下達夫同社会長は「インターネットでの申し込みを通じて、苗を無料で希望者に配る」という驚きのデビュー戦略を公表した。
その狙いは、当たった。すでに4000人に迫る申し込みがあり、予想以上の人気ぶりを見せている。
遺伝子組み換え食品が、いまだに嫌われているのと対照的だ。その人気の高さの背景は、何だろうか。
外部からの遺伝子ではない
そもそもゲノム編集とは、何か。
ゲノムとは、生命の設計図ともいえる全遺伝情報のことだ。
ゲノム編集は、読んで字のごとく、生物がもっている遺伝子を効率よく編集する(書き換える)技術だ。
昨年、ノーベル化学賞を受賞した米国とフランスの2人の女性科学者が2012年に発表した「クリスパー・キャス9」という手法が、ゲノム編集技術の代表的な存在だ。
ガイド役の分子(クリスパー)が狙った遺伝子のところへ案内し、キャス9(たんぱく質)という“ハサミ”酵素がその狙った部分を切断して、動植物に新たな性質(ゲノム編集トマトの場合はGABAを増やすこと)をもたらすという技術だ(図)。
扱いやすいため、世界で一気に普及した。
このゲノム編集食品は、外部から遺伝子を組み入れていない。
遺伝子組み換え作物が外部の生物の遺伝子を組み入れているのと大きく異なる点だ。
ゲノム編集トマトでいえば、もともとトマト自身がもっている遺伝子の組み合わせを変えただけである。
じつは、生物自身がもっている遺伝子配列の変化は、従来の品種改良でも起きているし、太陽光線や宇宙線(放射線)によっても、生物の遺伝子配列に突然変異が生じている。
人が意図的に放射線を当てたり、化学薬品を与えても、遺伝子に突然変異は起きる。
たとえば、市販されているコメの「ミルキークイーン」は、人が化学薬品で意図的に突然変異を生じさせて誕生した品種である。「ミルキークイーン」を食べて危ないかと言えば、そんなことはない。
この説明で分かるように、今回のゲノム編集トマトは、外部から遺伝子を入れていないため、従来の品種改良と変わらない。
このため、遺伝子組み換え作物と異なり、あえて安全性を審査する必要はないと国は判断した。
一方、表示に関しても、従来の品種改良による遺伝子の変異と区別がつかないため、義務化は見送られた。
事前相談で安全性確認
では、規制が全くないかというと、そうではない。
国は開発者に対して、事前相談と任意の届け出を求めている。
ゲノム編集トマトの場合、国と企業、学者の間で研究データの精査を兼ねて事前相談が行われた。
その結果、「外部の遺伝子が入っていない」「アレルギーなど有害な物質が生じていない」など安全性が確認された。
つまり、制度としての安全性審査はないが、実質的に国が安全性を確認するという仕組みが日本の特徴だ。
こうした関門をクリアして登場したのが、ゲノム編集トマトである。
その大きな特色は、通常のトマトに比べて、血圧を下げる成分が4〜5倍も多いことだ。
毎日、2個程度の小さなトマトを食べるだけで、血圧を下げる効果が期待できる。
同トマトを研究開発した江面浩筑波大学教授は「世界には高血圧による疾患が多い。このトマトは人々の健康向上に貢献できる」と夢を語る。
こうした消費者のメリットをうたう点がゲノム編集食品の特徴でもある。
すでに国内では、「毒のないジャガイモ」「肉厚のタイ」「高収量のイネ」「(養殖場の網に激突しにくい)おとなしい性格のマグロ」などがゲノム編集技術で誕生している。
これら国内のゲノム編集食品は、主に国や大学の研究者が研究開発を担っている。
遺伝子組み換え作物では、海外の巨大多国籍企業が開発の主体なのと対照的である。
いまのところ、国内の大手食品企業がゲノム編集食品の開発に乗り出す気配はほとんどない。
そういう意味では、国産のゲノム編集食品は、いわば研究者の夢が詰まった日本の知的財産である。
情熱的な学者の研究のため、批判の声を受けにくいことも強みである。
さらに農水省が多額の予算を投入して、世界に通用する国産ゲノム編集食品の普及を後押ししている点も支援材料となっている。
無料配布でどう反響
先行きは明るいと楽観するほどではないものの、遺伝子組み換え作物ほど悪いイメージはない。
要は消費者が受け入れれば、農家は安心してトマトを出荷できる。
そういう観点から見て、大きな意義をもつのが苗の無料配布だ。
竹下会長は「まずは消費者が栽培して、食べてみて、なじみをもってほしい。ゲノム編集に抵抗のある消費者の選択を確保するためにも、『ゲノム編集トマト』だと分かる表示ラベル(写真)も考案した」と、消費者の選択に配慮した販売戦略を強調する。
農家への種子販売(直接販売)は今年の夏〜秋になりそうだ。
同社では「価格は未定」としている。
今後、日本でゲノム編集食品が定着するかどうかの成否は、苗の無料配布がどんな反響を呼ぶかにかかっている。
無料配布の反応がよければ、種子を買う農家が多く出てくるだろう。
(小島正美・「食生活ジャーナリストの会」代表)
(本誌初出 国産初の遺伝子編集食品 トマトの種子を今夏にも発売=小島正美 20210126)