地図で見る鹿児島の無人島に米軍基地建設!可否を決める市長選挙に無関心な日本人が知らない東アジアの安全保障の未来
「馬毛島に米軍施設をつくることの重大さに国民はまだ気づいていません。この話をつきつめると、米軍に土地を提供するということなんです。馬毛島(まげしま)のような自衛隊施設もない“まっさらな土地”を防衛省は「生地(せいち)」といいます。戦後、「生地」に米軍施設をつくったことはありません。日本政府はそれをわかっていて自衛隊の施設だと強調する。本質は米軍のためなんです。いまだに日本は米国の植民地です」
鹿児島県西之表市にある無人島、馬毛島。2019年11月に防衛省が地権者と売買合意したことにより、自衛隊基地が建設され、米空母艦載機の飛行訓練が恒常的に移転される計画が現実味を帯びている。種子島では米軍再編交付金をはじめとする基地建設の経済的恩恵を期待する声も強まるが、反対の声は根強い。
再選を目指す元朝日新聞記者
1月31日には市長選と市議選の投開票があり、基地誘致が最大の争点。昨年12月の取材に対し、鹿児島県西之表市の八板俊輔現市長(67)は新基地建設の意味を冒頭にように説明した。西之表市。人口1万5000人の小さな町の選挙は大きな意味を持つ。いま、日本の報道はコロナ一色だが、この選挙は国防政策と直結し、結果は日本の安全保障の歴史的転換点になるからだ。
再戦を目指す八板氏(元朝日新聞記者)に新人の福井清信(71、クリーニング店経営者、西之表市商工会会長)が挑む構図だ。馬毛島に自衛隊基地を建設し、米空母艦載機の飛行訓練が恒常的に移転される計画を恒常的に受け入れるかどうか、で2人の候補者は対立している。
4年前は基地反対派を推薦していたが…
市長として防衛省と話し合いを続けきた八板氏は昨年10月7日、「失うもののほうが大きい」として基地建設を「同意できない」と表明。今回の選挙では地元の「馬毛島への米軍施設に反対する市民・団体連絡会」(三宅公人会長)とも政策協定を結んでいる。
一方、「許容」派の福井氏は基地の建設を受け入れ、政府と条件闘争をしていく考えだ。自民党県連が推薦する福井氏の後援会長には地元の農協の組合長が就任し、商工会、漁協、建設団体と地元有力組織が軒並み支持している。新基地による経済効果を期待しているのだ。
4年前の市長選では今回対立候補の福井氏が会長を務めていた商工会は基地反対派の八板を推薦していた。しかし、その福井氏が基地建設の推進者として擁立され、町の空気は緊迫した。
「市議選も厳しい闘いです。定数14人のうち反対派候補者は7人。全員勝っても過半数には届かない」と反対連絡会の三宅会長は話す。
最大1兆円の経済波及効果か
地元が期待する基地建設による経済効果はまだ明確でないが、馬毛島と種子島への自衛隊施設建設工事、米軍再編交付金(10年程度)と基地交付金(無期限)、漁業補償などあわせ数千億円から1兆円という数字が地元では飛び交っている。
米空母の飛行訓練は硫黄島(東京都)から移設されるが、馬毛島は硫黄島より小さい。そのため種子島内に馬毛島を管理する200人規模の自衛隊員の居住施設が整備され、日常的に隊員らは専用船で通勤する計画だ。
硫黄島で見た米空母の飛行訓練
筆者は1995年頃、米空母の飛行訓練の実施時期に当たる3月の硫黄島に10日ほどの短期アルバイトで訪れた経験がある。仕事は食堂のブッフェの給仕だった。飛行訓練は年数十日だというが、島には米兵専用の食堂、PX(売店)、ジムが整備されていた。馬毛島か種子島にも同様の米軍専用施設が必要になるのだろう。種子島では新基地建設バブルをあてこんだ土地買い占め疑惑も浮上している。
自衛隊誘致を期待する自治体
八板市政と異なり、種子島のほかの自治体は自衛隊誘致に前向きだ。
積極的なのが種子島中部に位置する中種子町。2020年10月には「自衛隊誘致推進協議会」を結成している。南部の南種子町は様子見だが、11月には自衛隊水陸機動団の上陸演習を受け入れている。馬毛島新基地を管理する自衛隊員の居住施設が所在すれば、米軍再編交付金の交付対象になり、物資調達や隊員と家族がもたらす経済効果も期待できる。
米軍再編交付金を得るためには国への協力的な姿勢も自治体は問われてくる、というわけだ。日本中にある基地、原発、ダムのように種子島もカネと政治によって分断されようとしている。
南西諸島の防衛ラインを完成させたい防衛省
国は地権者から馬毛島を160億円で売買合意をしたが、「いまだに60億円程度しか支払われておらず、所有権も80%程度しか取得していない」と政府関係者は話す。しかしながら防衛省にとって馬毛島の国有地化、新基地建設はもはや既定路線のようだ
20年3月に防衛省は新基地主要施設の設計図に関して入札を実施、35億円でJVと契約している。ところが地元・鹿児島県に報告したのは12月。環境アセスメントを実施する前でもある。塩田康一鹿児島県知事も「地元への説明が不十分」と遺憾を表明したほどだ。
そもそも防衛省は米軍の訓練のため、という大義名分で馬毛島を取得したとはいえ、馬毛島新基地を使用した陸海空自衛隊の年間訓練を計画しているうえに、南西諸島の防衛ラインを完成させるという野望すらある。
ここ10年、防衛省は九州南方から台湾北東部の島しょ群にかけ、いわゆる「南西諸島の軍事基地化」に前のめりだ。
南は与那国島、石垣島から沖縄本島、奄美大島までミサイル部隊など配備増強が着々と進んできている。自衛隊配備への激しい反対運動が起きている島もあるが、この南西諸島の防衛ラインで穴になっていたのが、西之表市の馬毛島と種子島だった。
新基地賛成派が市長になれば防衛ラインは円滑に整い、東アジアの軍事的な地政学が大きく変わる一歩になる。
(平井康嗣・ジャーナリスト)