資源・エネルギーガソリン車 ゼロ時代

脱炭素の落とし穴 道誤れば「ブラウン管」の二の舞い ガソリン車・HVは“次”への原資=長内厚

    国内メーカーは2000年代から液晶テレビに資源を集中させ、ブラウン管の生産を打ち切った
    国内メーカーは2000年代から液晶テレビに資源を集中させ、ブラウン管の生産を打ち切った

     脱炭素化は、地球環境にとって喫緊の課題ではあるが、ガソリン車だけを目の敵にして規制することが、果たして最善策と言えるのだろうか。(ガソリン車ゼロ時代)

     日本政府は、2030年代半ばまでに国内の新車市場におけるガソリン車販売を禁じ、全てEVなどの電動車に切り替える方針を打ち出した。ハイブリッド車(HV)が規制の対象から外されたことについて、賛否両論を耳にする。筆者は、この方針を妥当と考える。日本から内燃機関を持つ自動車をなくし、全てをEVとすることは、日本企業の競争優位性を失わせる恐れがあるからだ。

     日本の自動車産業は、内燃機関の技術開発を積み重ねることで発展してきた。環境負荷の低いガソリンやディーゼルのエンジンを作るのにたけた企業が多く、結果的に、高い国際競争力を有している。

     米国で1970年に改正された大気浄化法(マスキー法)は、76年までに窒素酸化物の排出量90%削減を求めるという厳しいものだった。世界の自動車各社が「実現は不可能だ」と嘆く中、ホンダの「CVCC」エンジンが72年に世界で初めて基準をクリアした。

     HVは、低燃費というEVのメリットを活用しつつ、バッテリー残量が不足すると走れなくなるというEVの問題点をガソリンエンジンによって補う、環境面と性能面をバランス良く融合させた日本のお家芸ともいえる技術だ。

    新興国にEVは尚早

     現在、世界の特に先進国市場で家電のトップブランドといえば、韓国のサムスン電子だろう。サムスンが、家電やスマホでトップの地位を築くことができたのはなぜなのか。そこに、今回の問題のヒントがあるように思える。

     サムスンの歴史をひもとくと、日本メーカーから技術供与された白黒テレビに行き着く。当時、日本は既にカラーテレビの開発に資源を集中し、白黒テレビは過去のものと切り捨てていた。かたやサムスンは、白黒テレビを大量に作り、それをカラーテレビが普及していないアジアや中南米などの市場で販売し、大きな原資を得た。

     00年代、サムスンは既に世界有数の電機メーカーに成長し、液晶テレビで世界のトップシェアを握っていた。日本企業各社はブラウン管の生産を早々に打ち切り、液晶テレビやプラズマテレビに資源を集中させた。だが当のサムスンは、ブラウン管事業を容易には手放さず、平面ブラウン管のカラーテレビをインドなどの新興国市場に大量に投入していたのである。ブラウン管から完全撤退したのは、日本企業の数年後だ。

     サムスンの事例から何が言えるか。既存技術や既存事業は将来の技術や事業のための投資の原資になる。日本企業、とりわけ製造業は、新しい技術を追い求めるあまり、既存技術とそこから得る収益を軽視しがちだ。日本の低燃費でクリーンな内燃機関技術を古いものとして手放すのは、日本の自動車産業の次の一手に必要な研究開発投資の原資を奪うことにつながる。結果的に日本の産業競争力が落ちるという本末転倒な事態だけは、避けなければならない。

     仮にEVが本格的に普及し始めれば、それに伴う電力需要の増加をどうするか、リチウムイオン電池の再利用や、環境負荷の少ない廃棄方法をどう考えるかなど、新たな問題が出てくるだろう。結果的に、EVはポスト内燃機関の本命ではなくなるかもしれない。水素自動車やその他の技術が伸びてくる可能性もある。

     そもそも筆者は、全ての車がEVに置き換わるという考えには懐疑的だ。EVが活用される地域や場面は増えるだろう。しかし、他の選択肢も残ると考えている。

     ガソリンはためておくことができるエネルギーだ。一方、電気は発電したタイミングで消費するか電池に充電できなければ、単にロスになる。

     更に、EVは内燃機関を持つ自動車のようにエンジンの発する熱を利用した暖房が使えないため、寒冷地には適さない。ガソリン車は、緊急時に備えて携行缶などに燃料を入れて積んでおけば、大規模災害の発生時でもすぐに走らせることができるが、EVは充電ができなくなると、走らせることができない。また、立体駐車場の多い都市部のマンションでは充電設備をどこに置くのか、といった問題も残る。積極的にEVへの置き換えが進む市場もあるだろうが、おそらく内燃機関はHVも含めて相当期間残り続けるだろう。

     不確実性の高い時代には、既存技術を含め、いくつものビジネスを用意しておくことが重要だ。

    粗悪なエンジンの拡大も

     天然ガス、プラスチック製品の原料、航空機のジェット燃料やロケット燃料など、全ての石油由来の製品を代替技術で置き換えるような、石油関連産業の大変革を世界全体で行わない限り、ガソリンは必ず世界のどこかで使われ続ける、という点にも注意が必要だ。

     日本では過去にディーゼル車の公害が問題になり、軽油の使用量が大幅に減ったが、余った軽油は韓国などに輸出されている。ガソリンも軽油同様、他の石油製品を精製する過程で必ず出てくるものであり、日本国内で使われなくなっても、その分、必ずどこか別の国で消費されるだろう。

     その際、日本の環境負荷の低いエンジンが失われていたら、ガソリン車が残る新興国、つまり我々の見えないところで、より環境負荷の高いエンジンが回り続ける恐れがある。

     最後に、日本が欧州と同じ環境政策を採ることにも、疑問を呈したい。例えば原発依存度の高いフランスでは、CO2排出量の41%を交通部門が占め、ガソリン車がターゲットになりやすい(図)。一方、日本のCO2排出量は発電部門や産業部門の割合が大きく、交通部門は19%にとどまる。

     世界の潮流に乗って、ただただガソリン車を狙い撃ちにするのでは能がない。内燃機関に代わる技術が本当に現在の自動車と同等かそれ以上の性能が得られるようになるタイミングをしっかりと見極め、日本にとってベストな政策を打ち出していく必要がある。

    (長内厚・早稲田大学大学院経営管理研究科教授)

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