テスラ解剖 自動運転に特化し10年先行 「スマホ化する車」の標準へ=中尾真二
2019年、テスラの量産型電気自動車(EV)「モデル3」に搭載された自社開発の統合ECU(電子制御ユニット)が、業界に衝撃を与えた。
ECUとは、エンジンの燃焼制御、燃費管理やAT(自動変速)、エアバッグ、車間距離制御など、自動車のさまざまなIT機能を制御するコンピューター(マイコン)だ。一般的な自動車には、ECUが20~30台搭載され、それぞれが個別に働いている。これらを中央で一括管理する統合ECUは、その概念こそ10年以上前から業界内にあるものの、当面は実現が難しいとされてきた。 (ガソリン車ゼロ時代)
全ての制御が相互連携
統合ECUとは一体何なのか。自動運転を例に挙げると分かりやすい。
仮に、フロントカメラの映像から前方の事故を検知、または衝突を予測したとする。ブレーキで速度調整しながら止まるのが難しければ、空いている進路を探してすり抜けるほかないが、それには前方の空きレーンだけでなく、サイドミラーカメラの映像(またはレーダー、超音波センサー)で左右の後方接近車両をも検知するなど、総合的に対処する必要がある。
既存の自動車では、自動ブレーキ(衝突被害軽減ブレーキ)のためのECUと、サイドミラーの下にあるカメラや超音波センサーが後方車両を検知して警報を出すECUは、原則として連携していないため、こうしたロジックを実現するには、ソフトウエアやカメラ、センサーの改修に加え、場合によってはECUそのものの再設計が必要になる。
テスラが持っているのは、こうした単機能のECU群やセンサー群を統合制御するECUだ。独自開発した深層学習用のニューラルネットプロセッサーも搭載し、自動運転に特化させている。これによって、「走る」「曲がる」「止まる」という基本性能をつかさどるパワートレーン、サスペンション、ブレーキ、ハンドルといった主要部品をも連携しやすくしている。
現在、テスラのオートパイロット(自動運転)機能は、ドライバーが運転に注力する必要がある(運転責任を持つ)とされる「レベル2」相当だが、実際にはレベル2以上の制御機能も実装している。レーン変更、信号の認識、交差点の右左折なども自動で行えるほか、自動車以外のバイク、歩行者も識別して動きを制御する。道路の三角コーンも認識し、工事などによる車線規制時にも正しい進路を選択できるほどだ。
自動運転の開発競争にしのぎを削るトヨタ自動車などの主要メーカーも、統合ECUの導入を目指すが、車種やモデルごとに最適化・カスタマイズされた既存の車両への展開は簡単ではない。そこで各社は、既存のECUを生かしながら、それぞれを連携させやすくするため、車種やモデルの違いによらない車載ソフトウエア基盤“ビークルOS”の開発も急ぐ。
ただ、巨大サプライチェーンを持つ自動車業界では、各社の思惑が干渉しやすい。メーカーはこれまでソフトウエアを含めて部品の一つとしてECUを調達してきた。例えば独フォルクスワーゲン(VW)はグループ各社のECUを自社OSに対応させ、コストダウンとソフトウエア開発のスピードアップ・効率化を図っている。だが、ボッシュ、コンチネンタルといった部品大手も、自社のビークルOSでメーカーとの対等関係を維持したいというのが本音だろう。
テスラのECUは、最初から自動運転ありきで設計され、プロセッサーから全て内製しているため、こうしたパワーゲームにも巻き込まれずに済むというわけだ。
「売って終わり」でない
テスラは「自動車のスマホ化」を早めたと言われる。「スマホ化」とは、単に自動車を情報端末にするというだけでなく、ハードウエア、ソフトウエア、サービスのエコシステムを構築することを意味する。つまり、機能やサービスの「土台」となり、関連企業全てが収益を得られる、いわゆるビジネスのプラットフォーム化だ。アップルのiOSを例に挙げれば分かりやすいかもしれない。
既存の自動車メーカーにとって、それが難しいのは、ビジネスモデルが新車販売を中心に組み立てられているからだろう。自動車は、開発・製造して売るまでが勝負だ。トヨタ、VW、ダイムラーなどはカーシェアや保険サポート・メンテナンスに車両ビッグデータを使ったサービスを展開しているものの、一般向けのプラットフォームビジネスで収益構造を確立するまでには至っていない。
テスラは、エンターテインメントなどのコンテンツのほか、自動運転でプラットフォーム化を進める。将来的な完全自動運転までのアップデートを保証する自動運転ソフトウエア「FSD」は、1万ドルの追加料金で購入可能だ。テスラの自動運転機能は現時点でレベル2だが、利用者の実走行データを集約して研究開発にフィードバックし、随時新たな機能をアップデートしている。アップデート情報は、利用者の間ですぐにSNSや動画サイトのユーチューブにアップされ、拡散されるのだ。
テスラが更にユニークなのは、EVのインフラともいえる充電器網をも自ら構築している点だ。テスラ専用の充電規格「スーパーチャージャー(SC)」は、日本発の急速充電規格「CHAdeMO(チャデモ)」や欧州の標準規格「CCS」などと互換性がなく、こうした充電器の10倍近い大出力(最大250キロワット)に設計されている。テスラの売りのひとつである長い航続距離を支える大容量バッテリーは充電にも時間がかかるため、オーナーはより充電効率の良い専用SCを好んで利用する傾向にあり、テスラは充電ステーションや施設内の充電設備を世界各地に広げている。
各国の自動車メーカーは、充電インフラは協調領域として国や国際標準に委ねている。社会インフラである燃料を利用し、車体のみを製造して発展してきた自動車業界としては、むしろ当然の発想だ。だがテスラは、EVにおける充電は利便性や商品価値、顧客ロイヤルティーに直結するとして、あえて競争領域に位置づけている。
販売店網を持たず、広告宣伝費ゼロを掲げるテスラは、その分の原資を他に回すことができる。オンライン直販とSCネットワークの整備によって、これまでにない新たな顧客網を形成しようというわけだ。
伝統ある自動車業界が積み上げてきたサプライチェーンや販売網は、確かに強じんだが、時代とともに土台となる前提条件が変われば、新たに作り直したほうが合理的かつ効率的になる。テスラの強みは「しがらみのない身軽さ」にあると言えるだろう。アップルもEVへの本格参入を目指す。こうした企業が次世代車の世界標準を作る可能性は十分にある。
(中尾真二・ITジャーナリスト)