経済・企業ガソリン車 ゼロ時代

EVで出遅れる日本 市場奪取へ勝負の10年=市川明代/白鳥達哉

 <第1部 激変する自動車産業>

 ついに日本が「ガソリン車ゼロ時代」に突入する。日本政府は、国内の温暖化ガスの排出を2050年までに「実質ゼロ」(カーボンニュートラル)とする目標と、30年代半ばまでに国内新車市場から純ガソリン車をゼロにする方針を打ち出した。20年12月25日に公表された「グリーン成長戦略」に、実現に向けた投資促進税制などを盛り込んだ。(ガソリン車ゼロ時代)

 背景にあるのは、深刻さを増す気候変動のリスクだ。地球温暖化防止の国際的枠組み「パリ協定」では、世界の気温上昇を産業革命前と比較して2度以下とし、1・5度以下に向けて努力することと定め、各国に排出量削減の目標値の提出を求めている。だが、気温上昇は既に1度を超えており、現状のままでは到底、「2度以下」を達成できないという焦りが広がっている。

 危機意識を持ち始めた国々は、温暖化ガスである二酸化炭素(CO2)の排出削減に向け、主要な排出源の一つであるガソリン車の規制に動き出している。

 自動車で世界一の巨大市場になった中国は、35年までに新車販売の50%をEVやプラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCV)に、残る50%をハイブリッド車(HV)などの低燃費車に限定する。欧州では、17年にフランスが40年までに内燃機関を持つ自動車の販売を禁止すると発表。英国もPHVやHVを含む全ての内燃機関車の販売を禁止する(図)。

 トランプ大統領政権下の15年にパリ協定を離脱した米国は、現時点で販売規制の方針を示しているのはカリフォルニア州のみにとどまっているが、バイデン大統領の下、今後、国全体で規制を強化する方向だ。

EVショック大きい静岡・群馬 部品企業ほど大きな打撃

2050年、カーボンニュートラルは実現するのか…… (Bloomberg)
2050年、カーボンニュートラルは実現するのか…… (Bloomberg)

 日本がカーボンニュートラルを目指す50年まで、残り30年を切っている。自動車の買い替えのタイミングは平均8~9年(自動車検査登録情報協会)。「50年をゴールとするなら、35年時点でHVが規制の対象から外れていることに違和感がある」と、あるシンクタンクの研究員は言う。

 しかし、「HVが飯のタネ」である自動車業界にとっては、「HVが規制から外れること」で命脈を保つことができる。

 豊田章男トヨタ社長は昨年12月、日本自動車工業会長の立場で、国のカーボンニュートラルの方針に賛同しつつも、「電動化=EV化」と捉えられている点にくぎを刺し、内燃機関を持つ車が市場から完全に排除されることへの強い懸念を示した。ネット上には、豊田会長にエールを送る声と、批判する声の両方が飛び交う。

 豊田氏は会見で、日本でEVシフトが難しい理由として、電源を石炭や天然ガスなどの化石燃料に依存する日本のエネルギー事情にも言及した。国際エネルギー機関(IEA)の19年の調査によると、日本は電源の8割近くが化石燃料であるのに対し、フランスでは8割超、英国でも5割以上を原子力や再生エネルギーで賄っている。エネルギー構造の転換は、重要な課題の一つだ。

「脱ガソリン」にもっとも強い危機感を抱いているのはむしろ、サプライチェーンを支える中小の自動車部品企業だ。

 ガソリン車には3万点の自動車部品が使われている。HVの部品はEVより10~20%多いのに対し、EVは逆に1万1000点少ないとされる。必要な部品が減れば当然、淘汰(とうた)される部品メーカーが出てくる。

 自動車部品産業全国シェア3位で、製造品出荷額の4割を自動車関連業が占める群馬県。19年に地元シンクタンクの群馬経済研究所が、EV化による県内産業への影響を独自に試算している。

 県内にある完成車メーカーのEV比率を2・5%、5%、10%とした場合のそれぞれについて、経済波及効果を「直接効果」(完成車メーカーへの効果)と「間接効果」(完成車以外の産業への効果)に分けて算出。その結果、直接効果はいずれもプラスであったのに対し、間接効果はいずれもマイナスで、特にEV比率を高く設定した場合にもっともマイナス幅が大きくなることが分かった。

 スズキのお膝元・静岡県の静岡経済研究所は、自治体別の「EVショック度」を独自に算出している。「工業統計調査」の自動車関連製造品出荷額のうち、内燃機関関連部品の出荷額の割合を数値化したもので、19年調査を基に編集部が試算したところ、最もショック(打撃)が大きいのが静岡県で53%、次に群馬県で52%となった。完成車メーカーや「ティア1」と呼ばれる1次下請けの部品大手の存在感が大きい愛知県は、18%にとどまった(図3)。

 一気にEV化しても、EV化に立ち後れて市場を失っても、結果的に影響を受けるのは部品企業だ。東海財務局が管轄する岐阜、静岡、愛知、三重県の中小自動車関連企業を対象に実施したアンケートでは、自動車産業の構造変化への対応を「検討している」と回答したのは38%で、40%は「取引先(受注先)企業の動向・方向性にゆだねる」と答えている。

EV先駆者・日産の誤算

 各国がEVシフトを進めるのは、EVが原料採掘から製造、走行、廃車までのトータルで、ガソリン車より環境に優れていると見られているからだ。つまり、両者のCO2総排出量を比べると、後者の方が少ない、ということだ。今後、EV向け電力が再生可能エネルギーで発電されるようになれば、EVは「究極の環境車」となる。

 富士経済などの試算では、EVは、35年に世界の自動車新車販売の2割を占めると予想される。だが、現時点の世界の大手自動車メーカーのEV販売台数を見ると、日本は欧州や中国に大きく水をあけられている。

 そもそもEVで世界の先陣を切ったのは、10年に世界初の量産型EV「リーフ」を発表した日産自動車だ。07年にはNECと合同で、EVの心臓部であるバッテリーを作るための企業を設立した。ところがこの会社を、両社は18年に中国企業に譲渡してしまう。背景には、当時EVの開発に総力を挙げていた中国政府の「中国国内でEVを製造する場合、バッテリーは国内で調達すること」とする方針があったとされる。

 その後、中国はバッテリーの量産、低コスト化に成功し、EV市場で確固たる地位を築き上げた。自動車業界に詳しいジャーナリストは「(バッテリー会社の譲渡が)日本がEVで差を付けられる分岐点になった」と分析する。

 一方、トヨタは、HVにこだわってきた。

 トヨタは1997年にガソリンエンジンと電動モーターの両方で駆動するHV「プリウス」を発表して以来、HVを普及させることでCO2の総排出量の抑制を目指すなど、環境対策で世界の自動車業界のトップを走ってきた。

 環境への取り組みに熱心なEUは、自動車メーカーの新車販売について、21年から1キロメートル走行当たりのCO2排出量上限を95グラムとし、違反した企業に高額の罰金を科すという厳しいルールを設けたが、達成の見込みがあるのは、環境車として優れたHVを持つトヨタだけだとする分析を、英国の調査機関が発表している。

 

 しかし、その一方で、英国、フランスをはじめ欧州各国は、ガソリン車だけでなくHVをも自動車市場から閉め出す方針だ。欧州には、HVで日本から主導権を奪うことが難しいため、クルマの主流をEVに転換し、そこで先行することで優位に立ちたいとの思惑も透けて見える。

 そうした思惑以上に、人類の永続性を考えたとき、温暖化をはじめとする環境問題は「最優先の政策課題」とする世界的潮流が、環境負荷の少なさでガソリン車を上回るEVへの移行を不可避なものにしている。この流れに逆らって日本が内燃機関にこだわれば、クルマの世界標準から取り残され、市場を失う恐れもある。

 脱ガソリンの流れの中で、日本の自動車業界は新たな市場を獲得できるか。「勝負の10年」が始まった。

(市川明代・編集部)(白鳥達哉・編集部)

※お詫びして訂正します。「EUは、…21年から1キロメートル走行当たりのCO2排出量上限を95キログラム」とあるのは「95グラム」の誤りでした。

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