国際・政治

中国人観光客がいなくなったイタリアで、それでも反中感情が高まる理由

    「カフェ・フローリアン」入り口
    「カフェ・フローリアン」入り口

    「世界最古の老舗カフェ」の危機

    新型コロナウイルスのパンデミックが原因で、ベニスの老舗カフェ、「カフェ・フローリアン」が廃業の瀬戸際に立たされています。

    「カフェ・フローリアン」は1720年12月29日創業。2020年に開業300周年を迎えた、ベニス最古の、おそらく世界でも最古のカフェの一つです。

    ベニスでも最も華やかなサンマルコ広場にある「カフェ・フローリアン」は、歴史と文化と物語に彩られた美しい店です。荘重な雰囲気に満ち、単なる飲食店を越え、古都ベニスにおける欠かせない観光資源といえます。

    店内には大理石のテーブルがならび、金箔に彩られる壁には、絵画や年代ものの装飾品などがかけられています。その中を完璧な正装のウエイターたちが忙しそうに行き交っています。

    サンマルコ広場側にもテラス席があり、昼夜と問わず、バンドの生演奏を楽しむことができます。

    このカフェを訪れた世界の有名人は枚挙に暇がありません。

    あの「カサノバ」に始まり、バイロン、ディケンズ、ヘミングウエイ、チャップリン、ワグナー、そしてアンディ・ウォーホルなど、など。

    ベニスを訪れる世界中のセレブが、必ずと言っていいほど訪れるお店なのです。

    歴史を感じさせる「カフェ・フローリアン」店内
    歴史を感じさせる「カフェ・フローリアン」店内

    中国人観光客に眉をひそめるイタリア人

    そんな「カフェ・フローリアン」も、近年はおびただしい数の中国人観光客で埋めつくされていました。

    特に2019年以降は、その傾向に拍車がかかりました。

    それには理由があります。

    2019年3月、イタリアは中国と、一帯一路構想の「覚書」を交わしました。

    インフラや農業、エネルギーなどで両国が協力するとともに、観光・文化においても、イタリアと中国の協力関係を深めることになりました。

    その結果、中国人観光客へのビザ承認が簡略化され、中国からイタリアへの直行便も増加します。

    ただでさえ増加傾向の中国人観光客が、爆発的に増えていったのです。

    イタリアはGDPの13%を観光業が占める観光大国。裕福な中国人観光客の増加はまさに「恵みの雨」でした。

    もちろん、いいことずくめではありません。

    中国人観光客のマナーの悪さに眉をひそめるイタリア人も増えたのです。

    中国人観光客の重さでベニスが沈む?

    ベニスは狭い街です。大型観光バスでおしよせる中国人によって、ベニスの街は埋め尽くされました。

    ベニスといえば街中に張り巡らされた運河で有名ですが、その運河に飛び込み、水浴びをする不埒な中国人観光客まであらわれました。

    観光客で混雑するベネチア(2019年5月10日)
    観光客で混雑するベネチア(2019年5月10日)

    「カフェ・フローリアン」もたちまち中国人で溢れかえりました。

    ベニスの街は地盤沈下に悩まされていますが、「中国人観光客の重さで沈下速度が倍増した」という「噂」すら流れたほどです。

    むろんこれは悪いジョークに違いありません。

    ですが、ジョークというものは事の本質、人間の本音をあらわしたものでもあります。

    中国人観光客に音を上げたベニス当局は、街を訪れる人に入場料を課すと決定したほどです。

    イタリアの有名観光地の多くはホテルを介して訪問者から観光税を徴収しています。ベニスはそれとは別に新税を課したのです。

    観光で生きているベニスが、中国人をはじめとする観光客を締め出す目的で入場料を取るのは矛盾であり、偽善であり、悪政以外のなにものでもありません。

    とはいうものの、そんな話が出るほど、中国人観光客への対応に苦慮していたのも事実です。

    日本イナゴvs中国イナゴ

    かつては日本人こそ、群れをなして世界中の観光地をあらしまわる「イナゴ」として悪名をとどろかせていました。

    ただ、いまや中国人が完全にとってかわったことは、世界の常識といえるでしょう。

    すねにキズを持つ(?)日本人のひとりとして、筆者は中国人観光客を責めるに責められない気持ちではあります。

    ただ、中国人観光客のマナーについての、欧州の人々の「批判」にはうなずかざるを得ません。

    個々人のマナー以前に、人数がケタ違いに多いのです。ベニスを愛する一人として、少々遠慮してほしいと思ったりもします。身勝手かもしれませんが。

    チャイナタウンを街ごと移転?

    中国人が欧州で目立つのは、観光客としてだけではありません。

    中国系移民の多さと彼らのビジネスの拡大も強く目を引きます。

    イタリアに限っても、ローマやミラノなどの大都市はもちろん、地方都市にまで進出しています。

    特に飲食店などの零細事業で勢力を急激に拡大しています。

    イタリア人の日常に欠かせないバール(喫茶店兼飲み屋)も、中国人によって買収されていたりします。

    これまたイタリアの日常風景である青空市場にも中国人が入り込んでいて、食料品や日用雑貨などを売りまくっています。

    中国系移民にあまりに頻繁に出くわすので、地元民の癇にさわることも少なくないようです。

    もちろん、中国人は地元経済にお金を落としていますし、安価な製品やサービスを提供して、生活の利便性向上にも一役買っています。

    それを享受している以上、やはり偽善でしかないのですが、それでもイタリアの人々は腹の中に中国に対する反感を隠している、と思うことも少なくありません。

    ミラノでは、チャイナタウンを街ごと郊外に移してしまおう、という案さえ検討されています。

    ミラノのチャイナタウンのお祭り
    ミラノのチャイナタウンのお祭り

    アフリカ・中東系移民によって救われた中国系移民

    2015年、欧州には100万人ものアフリカ・中東系難民・移民が押し寄せました。

    その結果、それまで中国系移民に向けられていた敵意が、アフリカ・中東系移民に向けられることになりました。

    イタリアでは、少なくとも「中国人移民は仕事を持っていてしかも働き者。さらにイスラム過激派のようにテロを起こす“中華過激派”も存在しない」と、好意的に評価する人もいました。

    中国と親和的な左派ポピュリスト「五つ星運動」が、2018年の総選挙で第一党となり、連立政権を樹立したことも親中国派への追い風になりました。

    政治の風向きが変わるとき

    そんな中、新型コロナパンデミックが発生、イタリアは世界でも最悪級の被害を受けます。

    するとそれまで、せっかく収まっていた中国への敵意が、ウイルスが中国由来ということもあって、国民の間に再び高まります。

    冒頭で紹介したように、パンデミックによって、街角で中国人観光客を見かけることはなくなりました。

    ですが、イタリアにおける対中感情は確実に悪化しているといえます。

    共産党政権による香港弾圧、チベット、ウイグル問題、また台湾への高圧的なアプローチへの反感も高まっています。

    こうした反中感情は、中国政府の態度が変化しない限り、おそらく変わりません。

    パンデミックが終息し、再び中国人観光客がイタリアに戻ってきても、彼らへの反感がこのままであれば、不穏且つ不快な状況を生み出す可能性も高いように思えてなりません。

    仲宗根雅則(なかそね まさのり)

    TVドキュメンタリー・ディレクター。イタリア在住。

    慶應義塾大学、ロンドン国際映画学校卒。東京、ニューヨーク、ミラノの順にドキュメンタリー、報道番組を中心に監督、制作。米PBSのド キュメンタリー・シリーズ「Faces of Japan―のりこの場合」により、モニター賞ニュース・ドキュメンタリー部門最優秀監督賞受賞(ニューヨーク)。1990年以降、イタリア・ミラノの番組制作プロダクション「ミラノピュー」代表。フリーランス兼ブロガー(自称)となってからは、方程式【もしかして(日本+イタリア)÷2=理想郷?】の解読にも頭を悩ませている。

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