日本円の地位が低下する一方、人民元の影響力が強まっている・・・「ドル安」の理由と背景を考える
2021年の為替見通しについてはドル安を予想する声が多いようだ。
ドル安予想の根拠としては第一に「米金利の低位安定」、第二に「ドルの過剰感」が持ち出されることが多く、いずれも説得力はある。
このように為替市場、とりわけドル相場の展望は米国の要因から議論するのが一般的だ。
しかし、為替は常に「相手がある話」である。時にはドルの裏側で起きていることにも目を向け、展望に還元していく視点も面白いものだ。
表はドルの名目実効為替レート(NEER)に対する各国通貨の寄与度を見たものである。
NEERはドル全体の強弱を示すものだと思ってほしい。20年を通じてドルのNEERは4.1%下落しているが、このうち1.6%マイナス分は人民元の上昇、1.5%マイナスはユーロの上昇に起因している。
すなわち、ドル安の8割弱がこの2通貨の上昇で説明されるイメージになる。
この2通貨と比較すれば見劣りするが、これに次ぐのが円の0.4%という寄与度である。
この3カ国・地域には共通点がある。それは経常黒字大国ということだ。
厳密にはこれらは世界の経常黒字3大国であり、ユーロ圏と中国は世界の貿易黒字2大国でもある。
もちろん、為替は経常収支や貿易収支・財政収支といった需給だけで決まるわけではないが、金利という為替相場における主要な変動要因の影響度合いが低下した状況では、為替需給に関わる基礎的経済指標の影響力が増している可能性は高いと筆者は考えている。
こうした分析を踏まえると、今年のドル相場を展望する上で人民元やユーロの動きは非常に重要という見方もできる。
とりわけ米中関係の再構築が注目される中、人民元の帰趨(きすう)には注目したい。
20年、人民元相場が上昇した背景には、一つには米中金利差(中国金利−米国金利)の拡大、二つ目に中国の貿易黒字拡大、三つ目に親中路線とおぼしきバイデン政権への期待という要因があった。
元高要因は剥落へ
紙幅の関係で詳述は避けるが、米中金利差については実体経済の改善に応じて米金利が上昇することが予想される21年には、むしろ金利差は縮小すると筆者は考えている。
2点目の中国の貿易黒字拡大は、コロナにいち早く倒れて復活したという経緯から中国が他国の輸出を代替していたという側面も指摘されていた。
21年はそうした代替効果は従来ほどは見込めないであろう。そもそもこれほど人民元が上昇すれば、輸出の伸びにはブレーキがかかるはずである。
バイデン政権の対中政策も現状では確たることは言えない。
トランプ前政権と比較すれば対中姿勢は軟化が予想されるものの、漏れ伝わってくるワシントンの雰囲気を踏まえれば、急激な対中姿勢の軟化は考えにくい。
米国の対中国観の根幹にあるのは、近年の中国における露骨な領土的野心の高まりや希薄な人権意識といった根深い価値観の相違と考えられ、政権が代わったからといって簡単に溝が埋まるとは思えない。
こうして20年に人民元相場を押し上げていた要因が剥落する中、元安の潮流が鮮明となれば今度はドル相場を押し上げる話になるという見方もあり得る。ドル相場を相手方から分析する視点も時には重視したいところだ。
(唐鎌大輔、みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト)
(本誌初出 米ドルの裏側 強まる人民元の影響力 日本円の寄与度はわずか=唐鎌大輔 20210216)