経済・企業 日本車があぶない!
日本人が甘くみている「ガソリン・ハイブリッド車禁止」の現状
世界ではクルマの電動化が加速している。だが、日本でその動向を正しく伝える報道は少ないといっていいだろう。
それだけでなく、EVの現状についての正確な論評も少ないと感じる。
EVはガソリン車と比べて性能的に見劣りする、ガソリン車を好むドライバーは多いので、EVが流行することはない、などなど、いろいろな意見を目にするが、ポイントのズレた議論と感じることも少なくない。
断っておきたいのだが、それらの議論が無用だと言っているわけではない。いろいろな意見があるのは良いことである。
だが、現状を正しく理解した、本質をつく議論もまた必要である。
何をいいたいかというと、EVについて語るうえで、自動車産業の動向だけを考えていては判断を誤るということだ。
クルマの電動化は、地球温暖化の緩和のために必要不可欠なのであり、極論すれば、消費者の好みや、クルマの性能は二の次とも言える。
それほど事態は切迫しているのだ。
「温暖化の被害」は疑いようがない
「100年に一度の台風」が毎年のように来る時代だ。
2019年には、9月9日に台風15号が上陸、千葉県を中心に大きな被害をもたらした。
その1か月後の10月12日には、台風19号が上陸し、筆者の住む長野県でも、千曲川の堤防が決壊し、民家が流され、北陸新幹線の車両が水没するなどの被害が出た。
気象庁は、1時間の降水量50ミリ以上の豪雨の発生件数が、近年は30年前と比べ1.4倍に増えたと推計。今後も短時間豪雨の発生回数は増えると警告している。
「温暖化」は身近なところでも感じられる。
筆者は4年前に東京郊外から軽井沢に引っ越して来たのだが、引っ越す前、地元の人達から「夏は涼しいからエアコンは不要」「その代わり冬はマイナス15℃まで下がりますよ」と言われていた。
しかし、それは昔の話になっている。最近では軽井沢も夏には32℃ぐらいになることが時々ある。一方、冬は−10℃以下になることは滅多にない。
「アメリカがパリ協定に復帰」の意味
異常気象をもたらす主たる原因は、大気中のCO2の増加による地球温暖化だ。
その状況に国際的に立ち向かおうという試みがパリ協定である。
パリ協定は、気候変動抑制に関する多国間の協定であり、2015年12月にパリで開催された第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)において採択され、2016年11月4日に発効した。
協定の目的は、産業革命前との比較で、世界の平均気温上昇を(少なくとも)「2度未満」に抑え、できるだけ「1.5度未満」を目指すというものだ。
そのため、各国はこぞってCO2の削減目標を発表した。
問題はアメリカだった。
オバマ政権時代に協定に参加したのだが、2017年に就任したトランプ大統領が、パリ協定から離脱する意向を表明、2019年11月4日に正式に離脱している。
しかし、幸いなことに、2021年1月20日に政権を引き継いだバイデン新大統領によって、アメリカのパリ協定への復帰が表明された。
これにより、アメリカは温室効果ガスの排出量を2050年までに実質ゼロにする目標を掲げ、自然エネルギーの活用やEVの普及を推進することになった。
これでパリ協定推進の機運が一気に勢いづいた。
慌てたのは日本政府だ。
日本はパリ協定に参加しているものの、アメリカの消極姿勢に便乗し、CO2の削減については特段の施策を採って来なかった。
しかし、アメリカが積極策に転じたのでは日本としても黙ってはおれない。
そこでまず、菅首相が、2020年10月26日に開会した臨時国会の所信表明演説で、「2050年までに温暖化ガスの排出量を実質ゼロにする」という目標を打ち出した。
次いで、その内容を具体化する形で、2021年3月2日、政府が地球温暖化対策推進法の改正案を閣議決定した。
脱炭素社会実現の柱の一つとして注目されているのが、2030年代半ばまでに内燃機関車の新車販売をなくす方針だ。
この結果、新車販売できるのは電動車のみになる。
この発表に対し、一部で「性急だ」という意見がある。
だが、パリ協定が発効してから4年経っているし、テスラが最初のEV「ロードスター」を発売した2008年からだと12年も経っているのだ。
準備期間は十分にあったはずだ。性急という批判は的外れだろう。
「ガソリン車の禁止」が続々決まっている……
日本の動きは「性急」どころか、世界の動きに今頃になって追いつこうとしている状況だ。
中国、米カリフォルニア州などは、ガソリン車・ディーゼル車の新車販売を2030~2040年ごろに禁止する政策を数年前から検討し、打ち出している。
ヨーロッパでも、先頭を走るノルウェーは、2025年までにガソリン車・ディーゼル車の新規販売を禁止する。
イギリスは、これまで、ガソリン車新車販売禁止の時期を2035年としてきたのだが、2020年11月に計画を5年早め、2030年に前倒しした。
注目すべきなのは、日本では「電動車」に含まれているハイブリッド車(HV)に関しても2035年には新車販売が禁止されることだ。
EV化の面で日本は遅れている。EV推進を加速する一方で、ハイブリッド車に頼った環境対策からの卒業、いわば「卒HV」が急務になっている。
世界ではガソリン車とともにハイブリッド車も禁止される方向にある。
仮に、日本市場ではハイブリッド車販売が今後も認められたとしよう。
だが、世界市場のわずか5%に過ぎない日本市場でハイブリッド車を売っていても、日本の自動車メーカーが競争力を維持していくことはまず不可能である。
太陽光発電とEV推進は「車の両輪」
「EV化によって、自動車走行中のCO2排出をゼロにしても、そもそも火力発電の電力で走っている以上、CO2削減効果はない」という議論があるが、これはその通りだ。
国内のCO2全排出量のなかで、自動車が占める割合は約16%だ。
最も多いのは発電用で、40%以上もある。
日本の総発電量にしめるエネルギー源ごとの比率を見ると、3・11と福島第一原発事故の影響で原発の比率が数%まで落ちている。
その結果、火力発電が80%以上に膨れ上がっている。一方、水力を含む再エネは20%にも満たない状況だ。
しかも、日本では火力発電に占める石炭の比率が大きく、世界から非難を浴びている。
2019年12月に開催されたCOP25(国連気候変動枠組条約第25回締約国会議)で、日本は2度も化石賞(Fossil Award)を受賞した。
EVの普及だけでCO2の削減は達成されない。EV化は再エネ発電の増加とセットで考える必要がある。
日本において、再エネ活用の中心になりうるのは太陽光だろう。幸い、太陽光発電は2012年のFIT導入以来順調に伸びてきている。
そのお陰で、2030年には水力を加えた再エネ比率は30%を超えそうだが、今日本はこれを何とか40%まで引き上げようと努力しているところだ。
自動車メーカーも、この動きと無縁ではいられない。ガソリン車やハイブリッド車にこだわり続けるのは、経営戦略上よろしくない以上に、温暖化対策に後ろ向きだと、世界から批判されかねない。
「我々は自動車メーカーであり、電源の問題は政府が考えること」という姿勢ではなく、自ら再エネ発電に乗り出すぐらいの姿勢が必要ではないだろうか。
村沢義久(むらさわ・よしひさ)
1948年徳島県生まれ。東京大学工学部卒業、同大学院工学系研究科修了。スタンフォード大学経営大学院でMBAを取得後、米コンサルタント大手、べイン・アンド・カンパニーに入社。その後、ゴールドマン・サックス証券バイス・プレジデント(M&A担当)、東京大学特任教授、立命館大学大学院客員教授などを歴任。著書に『図解EV革命』(毎日新聞出版)など。