際立つ強靭さ 米企業の「アニマル精神」は不変 コロナで加速したイノベーション=青木大樹
米国の株式市場はバブルなのか。投資家から、よく聞かれるようになった。(最強の米国)
新型コロナウイルス禍の移動規制が続く中、株式市場をみればS&P500種株価指数は既に3900台が定着し、4000台をうかがう勢いである。
一部銘柄の株価上昇は、急すぎるとも言える。米テスラの時価総額は、欧州、日本、米国に上場している主要自動車メーカーの合計を超えた。新規株式公開(IPO)市場は20年以上ぶりの活況を呈し、公開初日のパフォーマンスは平均で40%に達している。
耐久財を中心としたモノの消費も、コロナショック前と比べ10%程度高い水準で推移している。高所得者層の消費も旺盛だ。例えば、定価300万円のスイスの腕時計が500万円に値上がりしているという話も聞く。財政拡大によるインフレ懸念も浮上しているが、経済全体の物価への影響は限定的でも、実際にお金が流れているところでは、資産でもモノでも、既に価格高騰が起きている。
だが筆者は、株式市場全体ではバブルであるとは考えていない。金融政策・財政刺激策が支援材料となっているのは確かだが、今回の上げ相場には、それを支えるしっかりとした要素があるからだ。
7割が決算予想超え
まず、米国ではワクチンの接種比率が既に20%まで拡大している。このペースでいけば7~9月期にも、集団免疫とされる60~70%程度の普及率に到達するだろう。先に普及率が80%を超えているイスラエルを例にとると、接種率が25%を超えたあたりから新規感染者数の減少傾向が明確になっており、米国でも、感染者数の減少による経済正常化への期待が高まり始めている。
また、米国の実体経済は予想以上に堅調だ。2020年10~12月期の企業決算は、10%程度減少すると見込んでいたが、ふたを開ければ前年比4・0%増となっている。実に71%の企業で市場のコンセンサス予想を上回る結果となった。21年1~3月期の企業収益見通しの上方修正も相次ぐ。UBSでは21年の企業収益の伸びを26%、22年を11%と予想しているが、これは19年の企業収益の水準をそれぞれ6%、18%上回る水準だ。
もちろん、すべての産業がコロナ前の水準に戻るわけではない。コロナ後の世界に対応できる企業、新しい需要や技術を創出できる企業がコロナ後の経済をけん引していく。コロナ後の企業収益、実体経済の成長の強さは、企業のイノベーションにあると考えてよいだろう。
筆者はこの企業のイノベーションに向けた態度を示す指標として、米国の企業経営者の態度(CEO信頼感指数)と中小企業の楽観度(NFIB中小企業楽観指数)に注目する。CEO信頼感指数は、景況感や雇用、所得状況などに関する企業トップへのアンケートを基に作成する指標だ。米国の中小企業は経済のイノベーションの源泉となりうる技術や発想を持っていると考えられており、その中小企業のセンチメントもまた、経済の先行きを示す指標となる。
経済学者ケインズの著作に、企業家の経済・経営活動やイノベーションに対する野心的な意欲や原動力を示す「アニマル・スピリット」という言葉がある。筆者はCEO信頼感指数と中小企業楽観指数の二つの指標を組み合わせることで、企業の前向きな投資や行動を表す「アニマル・スピリット指数」を独自に算出している。この指数は、民間企業の設備投資に先行して動くことが示されている。
コロナ禍では08年のリーマン・ショック時と異なり、この指数の低下がほとんど見られない(図1)。つまり、企業のマインドが死んでいないのである。米国の企業家はコロナ禍での新しい仕事、生活スタイルへの需要や5G、グリーンテクノロジーといったイノベーションの活用加速をビジネスチャンスと捉えているのだろう。
S&Pは年末4100も
さて、21年の米国経済、市場をどうみるべきか。
ワクチンの普及に伴って移動規制が解除されれば、景気、特にサービス業は大きくリバウンドするだろう。21年の経済成長率は6・3%と予想する。株式市場では、低い実質金利に支えられ、S&P500のPER(株価収益率)は21倍程度と現状とほぼ変わらない水準で推移すると予想される(図2)。企業収益は26%の上昇を想定しており、年末までにS&P500の水準は4100に到達するだろう。ワクチンの普及が想定以上の速さで進み、経済の正常化が早まった場合、4300まで上昇する可能性もある。
今後の米国株式市場の特徴は、下値の堅さが意識されるだろう。その大きな要因となるのは、米国の個人投資家の存在の高まりだ。通常、米国の家計は年間1・2兆ドル程度を貯蓄するが、昨年は貯蓄増加額が3兆ドルを超える規模となった。米国ではコロナ以降の追加支出額は既に3・4兆ドル規模まで膨れ上がり、バイデン大統領が公表した「1・9兆ドル」の経済対策を含めれば5・3兆ドルに上る。その内訳は、失業保険給付の加算や一時給付金を通じた家計への支援が大部分を占める。
日本では現金給付を受けると3割を消費、残り7割を銀行預金に回すという印象があるが、米国では投資にも資金が流れる。実際、株式市場の売買高に占める個人投資家の割合は20年は19・5%と、10年前の約2倍に拡大している。
1月末に見られたヘッジファンド勢による特定銘柄に対する大規模な空売りは、多額な貯蓄を持つ個人投資家によって買い支えられ、結果としてヘッジファンドが大きな損失を被ることとなった。買い支える資金が潤沢になる中、株式に代わる投資対象はない状況が続きやすい。そうなると、過去の平均値から大きく乖離(かいり)したからバブル、などといった議論は意味をなさなくなる。米国の名目金利が2%を超えるような水準までいかない限り、本質的に株式の優位な状況は続くとみている。
ただし、22年以降の市場は勝者と敗者がくっきりと出てくるだろう。コロナ禍で、新たなイノベーションが加速する一方、家計や企業の将来に備えた貯蓄も恒常的に上昇すると考えられる。経済水準は21年中にコロナ前の水準に回復するが、それはすべての産業が元に戻るという意味ではない。今のうちに、今後10年を見据えた勝者・敗者をしっかり見極めておくことが重要である。
(青木大樹、UBSウェルス・マネジメント日本地域最高投資責任者兼チーフエコノミスト)