アメリカ 日本式(?)「生きがい」論ブームの原因=冷泉彰彦
アメリカにおける日本文化のブームは、アニメや食文化などがけん引していたが、ここへ来て理念的な内容へと関心が広がっている。そんな中で、「生きがい(“IKIGAI”)」という概念がそのまま流行するに至った。2017年に発刊された『外国人が見つけた長寿ニッポン幸せの秘密』(エクスナレッジ)はロングセラーとなり、アマゾンではレビューが1万近いことから部数は100万部前後に達していると推測できる。
この本はエクトル・ガルシアという日本在住の原子核物理学者と、フランセスク・ミラージェスという著述家の共著で、2人ともスペイン人であり原著はスペイン語で書かれたものだ。内容は、滅びゆくものを愛(め)でることを「一期一会」の思想であるとか、生活の隅々まで意識して楽しもう、ライフスタイルそのものを「アート」にしようといったものである。日本人の視点からは特に違和感はないが、日本文化への関心と傾倒が理念的なレベルに及んでいるというのには感慨を覚える。
類書も含めてこの「生きがい」がブームになっているのには、三つ理由がある。一つは、ミレニアル世代が中年に差しかかることで、特にITや金融の現場で走り続けてきた生き方を反省して、人生後半の「生きがい」を考え直す時期に差しかかっているということだ。二つ目は、インスタグラムなどのSNSで発信するライフスタイルを、よりスタイリッシュで一貫性のあるものとしたいという願望である。この点においては、デンマークのライフスタイル「ヒュッゲ」(人との交流を通じて心地いい時空間を大切にする)の流行と競合しつつ相乗効果の関係にある。
三つ目としては、何よりもコロナ禍による在宅勤務が丸1年に迫る中で「巣ごもり」生活をより充実させ、それに意味を持たせるというニーズが高いということだ。その意味で、当初はインテリアや食文化を中心に「ヒュッゲ」が優勢であったが、ここへ来て「生きがい」陣営も、アンチエージングの食生活やミニマリズムによるインテリアなどを提案しており、いい勝負だと言えよう。相変わらず人気のある近藤麻理恵氏の「片づけ」理論もアメリカではこの「生きがい」というライフスタイルに関連付けて理解されつつある。
(冷泉彰彦・在米作家)
この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。