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資源・エネルギー

100年たっても終わらない福島原発事故 子どもたちの被ばくを見て見ぬふりできない=小出 裕章

最新刊『原発事故は終わっていない』 は、事故10年を機に、原子力の恐ろしさと政府の無責任ぶりを指摘した一般向けの解説書だ。
最新刊『原発事故は終わっていない』 は、事故10年を機に、原子力の恐ろしさと政府の無責任ぶりを指摘した一般向けの解説書だ。

 2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震が発生し、その地震とそれが引き起こした津波によって東京電力福島第1原子力発電所1号機から4号機が全交流電源を奪われた。なす術なく炉心が熔融、膨大な放射性物質が大気中と海に放出された。事故発生当日、「原子力緊急事態宣言」が発令され、緊急事態を理由に被ばくに関するそれまでの法令がほごにされた。それから10年たった。原子力緊急事態宣言は、解除できないまま続いているが、今では多くの日本人はそのことを忘れさせられている。人間とは自分に火の粉が降ってくれば払おうとするが、他者に降り注ぐ火の粉は気にせずにいられる生き物のようだ。

原爆168発分の死の灰

 原子力発電所でウランを核分裂させると核分裂生成物、いわゆる死の灰が生まれる。それはおよそ200種類に及ぶ放射性物質の集合体である。そのうち、人間に最大の危害を加えるであろう放射性物質はセシウム137である。大気中に放出されたその量は、広島原爆がまき散らした量に比べると168発分になると日本政府は言っている。

 日本の法令によれば、1平方メートル当たり4万ベクレル以上に放射能で汚れている場所は「放射線管理区域」に設定し、一般人の立ち入りを禁じなければならない。その面積は東北地方・関東地方の約1万4000平方キロメートルに達した。そのうち約1100平方キロメートルの地域は1平方メートル当たり60万ベクレル以上という猛烈な汚染を受けた。国はその地域から15万人を超える人たちを避難させたが、残りの汚染地には人々を棄てた。

 避難とは、それまでの日常生活を根こそぎ破壊され、奪われることである。はじめは体育館のような避難所の床で寝、その後、仮設住宅、災害復興住宅、みなし仮設住宅などに転々と移動させられることになった。大家族でゆったりと生活していた人々が家族のつながりを破壊され、地域のつながりも破壊され、生業も失って流浪化した。あまりのつらさの中で死んでいく人もいたし、自ら死を選ぶ人もいた。

 でも、放射線管理区域の基準以上に汚れている土地に棄てられた人たちも悲惨であった。特に放射線感受性の高い子どもを持っていた人たちの苦悩は深かった。逃げなければ、被ばくによって健康に被害を受ける。逃げれば、仕事を失ったり、家族がバラバラになったりして、心が潰れる。

廃炉作業が続く東京電力福島第1原発
廃炉作業が続く東京電力福島第1原発

100年後も解除できない

 放射線管理区域とは、かつての私がそうであったように、放射能や放射線を取り扱って給料を得る大人「放射線業務従事者」だけが立ち入りを許される場である。しかし、その場に入った途端、水を飲むことも食べ物を食べることも禁じられる。管理区域の中にはトイレもなく、排泄すらできない。そんな場所に、事故直後から子どもを含め一般の人々が棄てられ、水も飲み、食事もし、排泄もするという普通の生活を強いられた。日本が法治国家だというなら、本来ならやってはならないことを国が行った。

 さらに、2017年3月以降は、曲がりなりにも行ってきた避難者に対する住宅の支援を打ち切り、一度は避難した人たちを汚染地に帰還するよう仕向けている。大地を汚染している放射能の主成分はセシウム137であり、その半減期は30年である。事故から10年たった今でも約8割が大地に残っているし、100年たってようやく10分の1に減る。しかしそうなったところで、福島県内には放射線管理区域の基準を超えて汚染が残る地域が300平方キロメートルも残る。原子力緊急事態宣言は100年後にも解除できない。

東日本大震災から10年の3月11日に開かれた脱原発会議で講演する小出裕章さん
東日本大震災から10年の3月11日に開かれた脱原発会議で講演する小出裕章さん

困難な炉心の後始末

 一方、福島第1原子力発電所敷地内の事故収束も困難な状況が続いている。原子炉建屋やタービン建屋は本来なら放射線管理区域として外界から遮断されていなければならないが、巨大な地震によって破壊され、地下水が建屋内に流入している。事故当初は毎日400トン、10年たった今でも毎日100トンを超える地下水が流入し、放射能汚染水がどんどん増えてきた。

 東京電力はそれをタンクにためてきたが、その総量はすでに130万トンに達する。東京電力は放射能除去装置を使って汚染水の中から放射性物質を取り除く努力を続けてはきた。しかし、トリチウム、別名三重水素は酸素と結びついて水そのものになっており、どんなに頑張っても取り除くことができない。国と東京電力はその汚染水を海に流そうと画策している。

 そして何より大切なのは溶け落ちてしまった炉心の始末である。国と東京電力はロードマップ(工程表)を作成し、溶け落ちた炉心をつかみだして容器に封入し、福島県外に運び出す、それが事故の収束で30年から40年かかると言っている。しかし、10年たった今も、溶け落ちた炉心がどこにどのような状態であるかすら分からない。それどころか、曲がりなりにも行われてきたこれまでの調査により、国や東電が描いた楽観的な状態ではないことが次々と分かってきた。

 やむなく国と東電は炉心のつかみだしに関するロードマップを書き換えたが、福島県に約束した30年から40年で事故を収束させるとの期限は変更しない。だれも責任を取りたくないという思惑の下、ずるずると日を先延ばしにしている。炉心のつかみだしなどもともとまったく不可能であり、100年経ってもできない。それを一刻も早く福島県に伝え、謝罪し、実行可能なロードマップを作成する必要がある。

誰も責任を取らない

 日本では、国が「原子力の平和利用」の夢をばらまき、原子力損害賠償法、電気事業法などを作って、電力会社を原子力発電に引き込んだ。その周囲には、三菱重工業、日立製作所、東芝など巨大原子力産業が利益を求めて群がり、さらにゼネコン、中小零細企業、それらで働く労働者の組合、マスコミ、裁判所、学界など、すべてが一体となって「原子力ムラ」と呼ばれる巨大な権力組織を作り、原子力を進めた。

 彼らは、放射能を閉じ込める格納容器はいついかなる時でも壊れないと言い、格納容器が壊れる事故は想定不適当として無視した。そのうえ、東京電力は政府の地震調査研究推進本部による津波の予測さえ無視し、破局的事故を招いた。

 福島原発事故は人災であり、「原子力安全神話」は崩れ、膨大な被害と被害者を生んだ。ところが、事故を起こしたことに責任がある原子力ムラの高学歴エリートの誰一人として責任を取ろうとしないし、処罰もされていない。彼らは、福島原発事故は「想定外」だったと主張し、裁判所すら彼らを免罪した。彼らは無傷で生き延び、マスコミと教育を支配し、被ばくしても安全だと「被ばく安全神話」を振りまき始めた。彼らは、放射線業務従事者に対してようやくに許した1年間に20ミリシーベルトの被ばくを被ばく感受性の高い子どもにも許容するという。私は、彼らは犯罪者だと思うので、彼らを「原子力マフィア」と呼ぶようになった。

 原子力はもともと人間の手に負えないものだ。誰だって事故など願わないが、事故は人知を超えて起きるから事故と呼ばれる。そして、今、子どもたちが被ばくさせられている。それを見て見ぬふりをするなら、そんな私を私は許せない。福島原発事故の被害者の苦難を少しでも軽くすること、そして原発を廃絶するために、私に残されている力を使おうと思う。

(小出裕章・元京都大学原子炉実験所助教)

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