経済・企業 知らないと恥?最新ヒット事情
「大人が熱狂する“映え”アニメ」テレ東の「PUI PUI モルカー」はどうして大ヒットしたのか
「モルモットが車に」奇想天外な設定のストップモーション・アニメ
モルモットが車になった世界を描くTVアニメ「PUI PUI モルカー」をご存じだろうか。
つぶらな目とモコモコな体の「モルカー」が活躍する、火曜朝放送のキッズアニメだ。
1月の放送開始直後からSNSを中心に大人の間でもブームを巻き起こしている。3月23日には最終話を迎えたが、ブームはますます拡大中だ。
第11話はYouTube上で130万回再生を突破。12話もぐんぐん再生回数を伸ばしている。
いわゆる「ニチアサ(日曜朝に放送される特撮・アニメ番組)」のような番組が、子ども向けをうたいながら、“大きなお友達”をも熱狂させるケースは、もともと少なくはない。
ただ、「モルカー」の場合は、少し様子が異なる。
かつてないほど幅広い層の大人ファンを巻き込むことに成功しつつあるように見えるのだ。
なぜ、それだけ広いファンを開拓しているのか。
背景には、可愛らしい世界観と相反する、絶妙な毒気や不穏さという作品自体の魅力と、最近のアニメ視聴環境の変化という、二つの面があるようだ。
「東京藝大大学院卒」の俊英が監督
「モルカー」は「ストップモーション・アニメーション」というジャンルの作品である。
人形や切り絵などを1コマずつ動かして撮影し、この静止画を連続させることで動画に仕立てている。
日本ではNHKのクレイアニメ「ニャッキ!」などが著名だ。
「モルカー」では、羊毛フェルト製のモルカーやジオラマ用の人形が使われている。
原案・アニメーション制作を手掛けているのは、「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」で知られるシンエイ動画だ。
しかも、テレビ東京系列で放送されており、子ども向けアニメとしては一見オーソドックスな布陣と言える。
ただ、この座組の中で異彩を放っているのが監督に抜擢されたアニメ作家・見里朝希さんの存在である。
見里さんは2018年に東京藝術大大学院(映像研究科アニメーション専攻)を修了した若手クリエイターである。
ただ、その修了制作作品「マイリトルゴート」で、パリ国際ファンタスティック映画祭グランプリをはじめ、国際的な賞をいくつも受賞している。
児童向けが多いストップモーション・アニメへの先入観を裏切る異色な作風で、当時から既に映像業界では注目の存在だった。
「マイリトルゴート」は、童話『狼と七匹の子山羊』を翻案したショートアニメだ。
モルカーと同様にフェルト製だが、血にまみれたり身体が欠損したりした愛らしくもグロテスクな子ヤギたちが登場する。
示唆されるテーマも、児童監禁に性的虐待とかなりヘビーなもの。
童話と同じく終盤で“狼”は退治されるものの、果たしてハッピーエンドだったのか、見る者の心をざわつかせる作品だ。
Twitterでトレンド入り
今回の「モルカー」ははあくまで地上波放送のキッズアニメとして作られている。
可愛いモルカーたちがネコを助けるために一騒動起こしたり、時にはゾンビやサメ型マシンと戦ったりと、ハリウッド映画張りの活躍を見せる。
ただ、こうした明るくほのぼのした世界観の裏には、やはり見里さんらしい毒気や風刺、そして視聴者の「考察欲」をかき立てる仕掛けがたくさん埋め込まれている。
例えば第4話「むしゃむしゃおそうじ」では、ポイ捨てした紙屑をモルカーが食べることに気付いた運転手の男が、調子に乗ってゴミを大量廃棄。
結果、食べ過ぎでお腹を壊したモルカーは、今度は男を体(車)内から外にゴミごと「排泄」してしまう。
番組の放送終了後は、Twitter上で「モルカー」がトレンドに浮上するが、必ずといっていいほど「人間は愚か」「闇が深い」などのコメントが飛び交う。
また「モルカーの体の構造はどうなっているのか」「我々の知るモルモットから進化したのではない?」などと、裏設定について大マジメに考察する人も続出している。
このように、キッズアニメらしからぬ深さやブラックユーモアを備えた「モルカー」は、まさにTwitter上でネタになりやすいコンテンツだ。
イラストや漫画、フェルトで再現したぬいぐるみなど、ファンアートを作りたくなるようなキャラデザインも、「映え」が重視されるSNSとの親和性が高いと言える。
YouTubeをはじめネット配信で人気に
さらに、アニメ視聴環境の変化も本作の「バズり」の追い風になった可能性がある。
「モルカー」は地上波放送に加えてWeb上でも積極的に配信されている。
YouTubeでは最新話のみ無料公開している上、Amazon Prime Videoやバンダイチャンネルなど25の動画配信サービスで視聴できる。
3月25日からはNETFLIXでも配信予定だ。
アニメのBlu-rayやDVDなど、いわゆる「円盤」の売り上げが振るわない昨今、他の多くのコンテンツでも、動画配信プラットフォームと連携する動きが進んでいる。
特に「モルカー」は平日朝の児童番組という大人にアプローチしにくい放送枠であり、いつでも視聴できる動画配信が果たす役割は小さくない。
実際、マーケティング調査を手掛けるGEM Partners(東京都港区)が2月20日、全国の約7000人に「定額制動画配信サービスで1週間以内に見た動画のタイトル(実写作品も含む)」について調査したところ、12位に「モルカー」がランクインした。
「鬼滅の刃」や「呪術廻戦」「進撃の巨人」といったトップ3のメガヒット作品に比べると、ちょっと見劣りする順位ではある。
ただ本調査は15~69歳の男女が対象で、「モルカー」の本来の視聴者層である児童は含まれていない。
動画配信サービスが、視聴者のすそ野をある程度広げたことは間違いない
1話あたり2分40秒という「モルカー」の短さも、「ネット動画で繰り返し見て考察(妄想)し、SNSで議論して盛り上がる」という今時のアニメの楽しみ方と結果的にマッチしている。
「やはり人類は愚か」など、キッズアニメとは思えない様々な教訓や考察を(ちょっと深読みしがちな)視聴者に投げかけた「モルカー」。
大人を唸らせるその尖ったセンスに加えて、今時のアニメコンテンツのバズり方という視点でも今後、ますます注目が集まりそうだ。
ハコオトコ
東京都生まれ、ライター・編集者。日本経済新聞社で記者職を経験後、現職。本の情報サイト「好書好日」や「小説すばる」などで執筆。専門は経済と文芸・サブカル。