経済・企業 「結果を出したい人」の哲学
ルソーも、マルクスも……世界のゲームチェンジャーはなぜ「哲学者」ばかりなのか
今「哲学のビジネス活用」が進んでいる。
哲学を学ぶことで「課題解決力を養う」とともに、「常識を越えるクリエイティブな発想力」が身につくと語るのは、小川仁志・山口大教授だ。
フランス革命において啓蒙思想家が果たした役割、マルクス主義がその後の世界に与えた影響……。歴史をひもとけば、哲学者が世界を変えた事例は枚挙にいとまがない。
ではなぜ哲学者はゲームチェンジャーになれるのか。そのカギは「物事の意味を変える」という哲学の大きな力にあるという。
GAFAを中心に、哲学の持つ大きな力を、最先端のビジネス現場に活用する取り組みが進んでいる今、ビジネスに活用できる哲学の「方法」とは、どのようなものだろうか。
「ビジネス哲学研修」の国内における草分けであり、またEテレ「世界の哲学者に人生相談」でも人気の哲学者、小川仁志・山口大教授が、このほど『結果を出したい人は哲学を学びなさい』(毎日新聞出版)を刊行。
「ビジネス哲学」の詳細を小川氏が語る。
「哲学思考」がビジネス向きな理由
これで今哲学が求められているということはよく分かっていただけたと思います。
ただそれだけでなく、まさに哲学こそが、ビジネスにぴったりだということをお話ししたいと思います。
それは流行りの他のビジネス思考と比較するとよく分かります。
たとえば、ここ数年ビジネス思考の定番となったデザイン思考。
今や書店にいけば数多くのデザイン思考の本が並んでいますが、ビジネス思考としてのデザイン思考は、もともとはデザイン会社IDEOの創業者であるデヴィッド・ケリーがスタンフォード大学で応用し始めたのが最初とされます。
私の勤務する山口大学国際総合科学部も、日本ではいち早くスタンフォード大学のd-school に倣い、デザイン思考を教育の核に据えて課題解決教育を開始した草分け的存在です。
したがって、必然的に哲学が専門の私もそうしたデザイン思考ベースの教育にかかわらざるを得なくなりました。
一言でいうと、そこで求められるのはユーザー主体のクリエイティブ・ソリューションです。
行き詰まる経済の中で、イノベーションを生み出すには、そうしたクリエイティブな発想が必要だったのでしょう。
ビジネス現場が求める「哲学思考」
しかし、ユーザー主体である限り、おのずと限界があります。
デザイン思考を使っていると、もっと自由に発想したいのにと感じることがあるのではないでしょうか。
そこで最近では発信側を主体にしたアート思考が台頭しつつあります。
アーティストは自分がいいと思ったことを発信しますから。でも同時にそれが世の中に対する問いかけになっているのです。
したがって、ビジネスにおいてはこれはクリエイティブ・クエスチョンを投げかけることになるのだと思います。
そう考えると、哲学はこのどちらも要素として兼ね備えているのです。
ソクラテスは変な問いを投げかけることで哲学を始めたわけですし、哲学で考えた結果は常識を超えたクリエイティブなものです。
つまり、「クリエイティブ・クエスチョン+クリエイティブ・ソリューション=哲学思考」なわけです。
だから私は、哲学思考は今ビジネスが求める思考そのものだと思うのです。
哲学思考を使えば、私たちが求めるイノベーションが自然に実現できるのです。
ただ、そのためには哲学する態度を持ち続けなければなりません。
哲学の面白さはどこにあるのか
私がいつも研修でお話しする哲学の面白さについてまとめておきたいと思います。
これまでの哲学の特徴を小括するためにも、また何よりこれから具体的なワークに取り組むためのモチベーションを上げるためにも、この話をしておくのが有効だと思うからです。
まず哲学には、誰も考えつかないような問いを立て、考える面白さがあります。
これはノーベル賞級の発見の基礎にもなっています。
ノーベル賞受賞の記者会見を見ていると、つくづくそう思います。
彼らは誰も考えつかないような問いを立て、それを追求し続けてきたからすごい発見をしたのです。
つまり、哲学をしてきたわけです。
また、哲学にはなんでも扱える(対象にできる)面白さがあります。
だから誰でも、どんな業種の人でも哲学ビジネス研修を受けることができるのです。
私がたくさんの本を出せているのもその証拠です。
これまでも常に社会現象と哲学を結び付けてきました。
たとえば最近でも、働き方改革が問題になれば働くための哲学の本を出し、人生100年時代が話題になればそれと哲学を結び付けてきました。
考えてみれば、哲学はもともと古代ギリシャの時代には万学の母だったわけですから、当たり前なのかもしれません。
ぜひ皆さんも自分の仕事と哲学を結び付けてみてください。
頭さえあればいつでもできる
さらに哲学には、頭さえあればいつでもどこでもできる面白さがあります。
特別に時間をとる必要はないのです。通勤の時間でも、お風呂に入っている時間にも、哲学はできます。
忙しいならそれで十分でしょう。やらないよりましです。
哲学は頭さえあればできます。今時Wi-Fi がなくてもできるのは哲学くらいじゃないでしょうか。
哲学が生み出す結果の面白さについても触れておきましょう。
それは、世界の意味を自分でつくれるという面白さです。
世界を新たな言葉でとらえ直すということは、この世の物事に意味を付与するという神様のような営みです。
自分が物事に意味を与えるというのは、ちょっとした全能感を味わえます。
あたかも世界の一部を自分がつくり上げたような感覚です。
私は常にそれを仕事としているわけですが、たとえばロングセラーになっている私の著書の一つに『ジブリアニメで哲学する』という作品があります。
これはジブリアニメに出てくるキーワードを、作品の文脈の中でとらえ直していったものです。
「となりのトトロ」ではバスが重要な役割を果たします。
通常私たちはバスとは大勢の人を運べる大型の乗り物だと思っています。
でも、この映画の中では、バスは待つものとして描かれています。
トトロとサツキが並んでバスを待つシーンは物語の重要な場面です。いつまでたってもバ
スは来ない。来るはずなのに。
そう、バスはなんでも予測できる現代社会において、まだ不確実なものがあることを感じさせてくれるほとんど唯一の存在なのです。
といった感じで新たな意味を付与していったのです。
するとそれが人々の共感を呼び、みんなその通りといってこの本を支持してくださったのだと思います。
哲学は世界を変えられる
こうしてもし私が次々と物事の意味を変えていき、みんながそうだそうだと賛同してくれたとしたらどうなるでしょうか?
もしかすると、私は世界の土台をも転換しうる可能性があるのです。
そう言うと大げさに思われるかもしれません。
でも、哲学が世界の土台を転換した例はいくつもあるのです。
フランスの哲学者ルソーは、絶対王政はおかしいと言って人民が自分たちで世の中を統治するための社会契約説を唱えました。
人々がそれに賛同したから、その後フランス革命が起こったわけです。
あるいは、ドイツの哲学者マルクスは、産業革命によって広がる不平等をおかしいと感じ、社会主義を唱えました。
人々がそれに賛同したから、一時期は地球の半分が社会主義国家になりました。
こんなふうに哲学は本当に世界の土台をも転換するポテンシャルを持っているわけです。
だから哲学を使えば、誰もがゲームチェンジャーになれるといっても過言ではありません。
私自身もそうです。NHKが初の哲学のレギュラー番組をやるという時に、わざわざ田舎の大学教授に声をかけてくれたのはなぜか?
雑誌で哲学の特集をするとなると必ず声をかけてもらえるのはなぜか?
リクルートマネジメントソリューションズが初めて哲学ビジネス研修をやるという時に私に声をかけてくれたのはなぜか?
それは私自身が一般の人に哲学を伝えるという分野において、ゲームチェンジャーになったからにほかなりません。
ですから、皆さんもご自分の分野で、職場で、ゲームチェンジャーになることは十分可能です。
哲学思考を身に付けさえすれば。
そのための具体的トレーニングの方法については、書籍『結果を出したい人は哲学を学びなさい』で詳しく解説しています。
小川仁志(おがわ・ひとし)
1970年京都府生まれ。哲学者・山口大学国際総合科学部教授(公共哲学)。20代後半の4年半のひきこもり生活がきっかけで、哲学を学び克服。この体験から、「疑い、自分の頭で考える」実践的哲学を勧めている。『結果を出したい人は哲学を学びなさい』(毎日新聞出版)など著書多数。
「小川仁志の哲学チャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UC6QhXJZtGm7r287kam1Z1bg